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薬剤師と娘


 家の地下に、私専用の研究室がある。鉄扉で仕切られ、階段を下りた先には、研究用資料の巻物がずらりと並んだ棚や、『材料』を飼うためのケージや水槽、そして薬品を精製するための設備が整っている。暗室で気温や湿度が変化しにくい地下は、薬や材料の保管にはうってつけだった。

 薬箪笥の引き出しをいくつか開け、高い位置は脚立を使って覗きこむ。材料を作業机に集め、精製に必要な器具も椅子の近くに寄せ集める。
 龍地洞に住む毒蛇の卵の皮を乾燥してすり潰したものと、奈良家の鹿の角の粉末。正確に分量を計ったそれらをすり鉢に入れ、そこへ自然エネルギーを多量に含んだ妙木山の水を少しずつ入れていき、練るように混ぜ合わせる。均一に混ざったら更に妙木山水を足してスープ状にし、薬鍋へ移す。バーナーに火を点け、とろ火に調節し、丸く穴の空いた金属の鍋置きの下へ設置する。思い出したように椅子の高さを上げて、掛けた眼鏡がずれたのを手の甲で元の位置に戻し、白衣の袖を少したくし上げる。そして鍋を火に掛け、いくつかある砂時計の一つをひっくり返す。陽チャクラを多く配した右手と、ほんの僅かに土の性質変化を有した左手を鍋にかざす。このままおよそ25分。

 コンコンと、遠慮がちに鉄扉をノックする音がする。目の前の作業から集中を切らさないようにしながら、「開いてるよ」と声を返せば、そうっと扉が開く気配がした。

「母さん、朝だよ」
「……そっか。ごめんね、自分で朝食作ってくれるかな」
「……」

 この工程が終わった後は、冷ましながらまた角の粉末を足して混ぜ、妙木山の蝶の鱗粉とその虫の主食である蓮の蜜とガマ竜特製の蝦蟇油を加工し、これと混ぜ合わせる。その後は水分が飛ぶまで強火で熱し、常温まで冷まして、練り上げて丸くこねる。最後にそれを甘い飴で薄くコーティングしたら完成だ。

「この部屋にもちゃんと時計置きなって、言ったのに」
「針の音が煩わしくてね」
「……デジタルにすればいいじゃん」
「わざわざ買うなんてもったいない」
「……」

 話しながら階段を下り、私の背後にまで寄ってくる。ため息の声がして、それに苦笑いを返す。サラダのわざとらしいため息はかわいらしい。

「……私に手伝えること、ある?」
「ええっと……サラダは土の性質変化はできた?」
「ううん」
「そっか。じゃあ今は無いかな。ありがとう」

 ちょっとの間代わってもらえたら喉を潤しに行けたけど。そんなに緊急でもない。
 何か言いたげに側に立ったままのサラダ。うーん、と他に頼めそうなことを探して、すぐに思い当たる。

「あ、そうだ。飲み物持ってきてもらえるかな」
「あ、うん。いいよ」
「常温の、結露が起こらない温度のものでね。あと、ストローも」
「分かった、待ってて」

 頼まれ事を遂行すべく、さっと部屋を出ていく。あまり見せない子供らしさに、思わず頬が緩む。あっといけない、集中しなくちゃ。

 私が一人で作れる薬の量には限界がある。元々並列作業が苦手なのもあるが、こうやって時間の掛かる工程をしている間に他のことをやれたら、と思ったことは何度もあった。それができないから、こうしてまた気付かない間に徹夜をしてしまった訳で。
 サスケくんもそうしたように、私もそろそろ弟子を取らなければいけない頃合いだろうか。でも、人に教えるのって苦手。相手の分からないことを理解するのが苦手なのだ。

「……弟子、かぁ」

 自分が、誰かの上に立つ。それ自体が未知の領分だ。今までは常に教えられる側であった。そして独立して研究していただけ。誰かに自分の技術を伝授しようなどと、思い至ったことがなかった。ただ、聞かれたことに答えていただけ。

「あ、……」

 だけど、そうか。一人だけ。既に私が上の立場で、物事を教えている子が居るじゃないか。

「お待たせ。お茶、温めて冷たいのと割ったから、結露しないと思うよ」
「サラダ」

 幸い私のしていることに興味もあるようで、よくこっそりと、施錠しているはずのこの部屋にも出入りしているようであるし。今もこうして手伝ってくれる。
 傍らにストローを差したコップを置いてくれたサラダに顔を向ける。こちらを見ると思っていなかったのか少し驚いたように反応して、でも目を合わせてくれる。

「あのねサラダ、お母さんさ」
「?」
「“助手”じゃなくって、“弟子”が欲しいなって、思うんだけど」
「!」
「……サラダ、どうかな」

 手元への集中を切らさないようにしながら、サラダの目をじっと見上げる。青い眼鏡の奥の、真っ黒な瞳。喜色を隠すように瞼を降ろして、考えるふりをして顔をそらす。

「……母さんがどうしてもって言うなら、考えてあげないこともないけど」
「あ、意地悪」
「だってトカゲとかイモリとかカエルとか、気色わるぅいものいっぱい触らなきゃいけないんでしょ」
「あぁ、まあね」
「だから、ちょっと嫌」
「んー、そっかぁ」

 ちょっと、なんだね。
 教えれば教えただけ吸収してくれる脳の記憶容量と、分からなければすぐに問い返してくれる生真面目さと、噛み砕いて理解する賢明さ。そして何より、サラダのことは誰より分かるつもりだもの。弟子としてこれ以上ない逸材だ。

「サラダ以外には考えられないんだけどな」
「……ふーん、そう」
「うん。サラダに、私の弟子になってほしいな」
「……あっそ。じゃ、考えといてあげる」

 そう言うと、ドアのほうへ向かって行く。サラダの“考えとく”は、概ね“オッケー”だ。
 真っ直ぐ素直になれないところがかわいらしく、小さく笑ってしまう。薬鍋に向き直る途中、ストローが視界に映る。くすぐったいような、嬉しい気持ち。ずれた眼鏡を肩で押し上げる。

「あ、そうだ。朝ごはん、お母さんの分も作っておいてあげるから、それ終わったらちゃんと食べに上がりなよ」
「あ、はい」
「それから、そのあとちゃんと寝ること。分かった?」
「……はい」

 ……どちらが親か分かったものではないな。
 面倒見がいいと言うか、口うるさくて若干お節介なところもあるけれど、優しい良い子だ。
 サラダの持ってきてくれたお茶のストローを、首だけ伸ばして口にくわえる。ほんのり温かい、丁度いい温度だった。



 


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