対峙2


・・・


「まさかこのご時世に、枕営業なんてしてる女がいるとは思わなかったわ」

 ダブルベッドに腰掛けながら、秋山が鼻で笑う。その表情は私に対する嫌悪感を滲ませていて、口答えすら許してくれないような空気を纏っていた。

 数分前まで過ごしていたラブホの、今度はランクの低い格安な部屋を、私と秋山は利用している。もちろん目的はセックスじゃない。これから何を責められるのか、考えるだけで気が重い。
 固く口を噤んで沈黙を貫く私に、秋山が小さく舌打ちをする。

「最低だな、お前」

 吐き捨てるように言われた。
 仕方ない、自分のしている行為が最低なことくらい、自分が一番よくわかってる。開き直るつもりもなかった。

 枕なんて、最初はするつもりなかったんだ。
 けれど入社して半年以上が経っても私はろくな契約が取れず、営業成績は常に下。上司からはクズ呼ばわりされ、他の社員からも馬鹿にされ、「契約が取れるまで帰るな」という指示のせいで、残業の日々ばかりを送っていた。ビルが閉まる時間ギリギリまでアポ電をかけ続ける毎日に疲れ果て、精神的にもかなり追い詰められていた頃、とあるクライアントから詰め寄られた。

「一晩だけ一緒にいてくれたら、君との契約を結んであげる」

 そんな甘い囁きに、陥落した。

 営業を成功させるためのノウハウも、契約を勝ち取るための話術も戦術も必要なかった。クライアントとたった一晩寝ただけで、あんなに苦戦していた契約はあっさり取れた。女に生まれてきてよかった、なんて穢らわしい感情すら抱いた。
 一度甘い蜜を吸ってしまえば、もう後戻りはできなくなる。ひとつ、ふたつと罪を重ねるうちに罪の意識は薄れていく。バレなければいい、そう開き直った頃には、周囲から笑われない程度の成績にまで這い上がっていた。
 それでもトップにはなれなかったのは、常にこの男───秋山が独走状態だったからだ。

 秋山は私達同期の中でも特に優秀な社員だった。営業成績は先輩方を抜き、常にトップの座に君臨している。上層部からも目をかけられ、主任に昇進するのも早いと噂されていた。
 爽やかで端正な顔立ちの秋山は女からの人気も高い。男の癖に透明感のある肌、営業社員らしい清潔感も持ち合わせ、そしてスタイルも完璧だ。
 取引相手がイケメンだというだけで契約を結ぶクライアントも多いと聞く。秋山にとっては、顔の良さも営業成功の為のステータスに違いない。
 天は二物を与えず、なんて嘘だと思う。いつだって時代は美男美女が得をするようにできていて、例に漏れず秋山も、社内の人気も上司の信頼ももぎ取っていった。まさに順風満帆な人生といったところだろう。

 私はそんな秋山が苦手だった。みんなに好かれていて、いつも自信に満ち溢れているこの男が生理的に受け付けられなかった。秋山の人気に僻んでいると言われれば否定はできないが、性根が腐ってしまった私にとって秋山の存在は酷く眩しく、羨ましく、そして憎らしかった。
 己の実力で営業成績を上げた秋山と、身体を売って営業成績を上げた私。まるで光と闇だ。コイツを見ていると、嫌でも惨めな気持ちにさせられるから嫌いだった。関わりたくなかった、のに。

「否定しないってことは、認めるんだな? 枕やってたこと。何年やってた?」
「………」
「……またダンマリかよ。まあいいや。この事は上に報せるからな。お前の待遇がどうなるかは会社側の判断に委ねるけど、何かしらの形で処分が下されることは覚悟しとけ」

 処分、か。枕営業は会社の信用を失墜させる行為だから、間違いなく解雇は免れないだろう。けれど、ある意味いい機会かもしれない。もとより体力的にも精神的にも限界だと感じていたんだ。
 労働時間は17時まで、なんて就業規則はあって無いようなものだし、営業成績の悪い社員には態度が糞な上司にも嫌気が差していた。契約が取れなかった場合に課せられるノルマも厳しいし、こんな会社に居続けるメリットが私にはない。どんな形であれど、辞められるのであればむしろそれでいいように思えた。もう顧客と寝る必要もないのだと思うだけで肩の荷が下りる思いだ。

「……好きにすれば。どっちにしても、私はもう会社にはいられないし」

 けれど、どうやら私の返答は癪に障ったようだ。秋山の眉間に皺が寄り、更に険しい表情になった。

mae表紙tugi



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