対峙1 「───何してんの吉岡」 ネオンの光が怪しく瞬く夜の街。 ホテルから出た直後、背後から聞こえてきた声は明らかに怒気を含んでいた。 ビクッと肩を震わせた私の隣では、同じように体を強張らせている男の姿がある。まるで浮気現場を見られた男女の光景、周りの人間からはそう思えたかもしれない。 けれど背後に立つソイツは私の恋人でもないし、もちろん特別な関係でもない。ただの同期だ。 それでもこの男の存在は、私が唯一立つことを許された居場所を脅かすだけの、恐ろしい影響力を持っていた。 一気に血の気が引いて、冷や汗が背中を伝う。 心臓が痛いくらいに暴れだして、平衡感覚が失われていく感覚に目眩すら覚えた。 ゆっくりと振り返る。 背後の男と視線が重なった瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。 今まで24年間生きてきて、これほど侮蔑に満ちた眼差しを人から向けられたことは一度もない。 「……秋山」 ───……最悪、だ。 一番見られたくないヤツに見られた。 「こんなところで何してんだって聞いてるんだけど」 「………」 「……あっ、あの」 そう発したのは私ではなく、隣の男。突然現れたイレギュラーを前に、かなり動揺して狼狽えていた。 視線をキョロキョロと彷徨せている姿は、相当不格好で不自然だ。目は口ほどにものを言うとはよく言ったもので、この状況をどう説明しようかと思案しているのがわかる。 それはそうだ、この男にとって私はただの取引相手。契約を結ぶ為の条件として寝ただけの女と、一緒にホテルから出てきたところを目撃されたんだ。しかも場所がラブホテル前となれば、言い逃れも出来そうにない。この事が明るみに出れば、コンプライアンス的に自分自身の立場まで危うくなる。男が危惧するのは当然だった。 「あー……、ええと、それじゃあ俺はこれで……っ」 私を残して颯爽と立ち去っていく姿に、後ろから蹴りを入れたくなった。最悪だ、上手い言い訳もろくにせず、全部私に丸投げして逃げやがった。けれど、こうなる事態を招いたのは全て私に責任がある。自業自得というやつだ。 私にはあの男を呼び止める権利もなければ、追い掛けることも出来やしない。何より、後ろから突き刺さる冷たい視線が、私がこの場を離れる選択を許すはずがなかった。 「吉岡」 「………」 「言い逃げできると思うなよ」 その一言で、私はこの男に囚われた。 トップページ |