縋りつく3 「……半年前に、主任に昇格した」 事の始まりを、静かに話し始めた秋山の言い分に耳を傾ける。私があの会社に勤務していた頃から、秋山が主任候補の1人だって話はよく耳にしていた。26歳で役職が主任、出世スピードでいえば早い方だ。 「そう。おめでと」 「……上司が上層部の人間に強く推してくれたんだ。俺も嬉しかった。主任クラスなんて、どう頑張っても30歳まで無理だと思ってたから」 ふうん、と薄い反応を示した私の脳裏に、かつての上司の姿が蘇る。秋山を主任に推薦したのは、コイツの才能や素質を買っていたというよりは、自分自身の出世と周囲からの評価を得たいが為に、秋山を利用しただけに過ぎないんだろう。秋山の躍進は自分が優秀だからだとのたまっていたくらいだ。いかにもあの上司のやりそうなことだ。 その裏では出来損ないの部下を散々なじっていたくせに、本当にどこまでも胸糞悪い上司だ。地獄に落ちればいいのに、とすら思う。 主任の重要度は会社によって大きく違う。主任なんてあくまでも肩書きだけで、特別な業務なんて一切ない会社もある。中には主任という役職すら存在しない会社もあるくらいだ。 逆に部署のまとめ役となって、管理者の補佐を行うのが主任の役割だと謳う会社も存在する。後輩や新入社員の育成や指導に力を入れている会社もあるし、大抵は主任が教育係を任される場合が多い。 私が解雇されたあの会社では、主に主任がグループリーダー的な役割を担うことになっている。部署のリーダーとして社員をまとめ、グループが円滑に動くように仕事状況を把握し、時にはアドバイスをする。プロジェクトを立ち上げた際には、そのリーダーとしてチームをまとめる役割も果たす。上の役職との繋ぎ役でもあるから、責任感の強い者でなければやり遂げられないポジションだ。 「26歳で主任って、あの会社では早い方よね。他の先輩方を出し抜いて勝ち取った役職でしょ。反感とか買わなかったの?」 あの会社は典型的な「成果主義」の会社だ。年功序列で人事制度が定まっている会社とは違い、全ては営業成績がものをいう世界。勤続年数も年齢も一切関係ない、たとえ若手であっても実力さえあれば評価される会社だから。 成績の面でも出世の面でも、先輩方を追い越すことは可能だ。本人の頑張り次第では収入自体も大きく変わる。それが社員のモチベーションに繋がるのだから、野心家の秋山にとっては最高の職場と呼べるのだろう。 ……いや。職場"だった"と言うべきか。 「……反感はなかった……と、思ってた」 「………思ってた?」 「俺は、自分のことで頭が一杯だったから……周りの目とか、どんな風に思われていたのかなんて考えたことがなかった。俺を妬んで憎んでいた輩はたくさんいたんだって……今はわかる」 まるで私のことを言われているような気がして何も言えなくなった。秋山の活躍を素直に認めて褒め称えていた人間が、あの部署内にどれ程いたのかという話だ。 秋山は誰の目から見ても仕事熱心で、社内でも高い評価を得ている社員として有名だった。それを妬ましく思う人間は私だけではなかった、という事だろう。 そんな奴らのせいで秋山は地位を堕とされた……という結論で話を進めてもいいのだろうか。 「……そいつらに、嫌がらせでもされたの?」 今までの会話の流れから察するに、そんな風に捉えたのだけど。いわゆるモラスハラスメントというやつ。 秋山は肯定こそはしなかったものの、身を屈めた体勢のまま床を睨み付けていた。 あの秋山が、先輩達から陰湿なイジメに遭っているところなんて全く想像できないけれど、血色を失うほどに握り締められた拳が、何よりも肯定の意を訴えかけていた。 トップページ |