大事にしますね


「え?」

 隣から驚きの声が上がる。
 切羽詰まったような私の頼み事に、彼は怪訝そうな顔をしながらも頷いてくれた。
 車が止まるなり、すぐに助手席から降りる。
 今来た道を逆方向に走っていけば、路肩側にそれは見えてきた。

「あった……!」

 息を切らしながら、その場に駆け寄る。綺麗にラッピングされていた筈の小箱は、雨のせいで酷い有様になっていた。
 可愛かったリボンにも泥が跳ねて、プレゼント用に包装された物だなんてはたから見てもわからない。
 でも、傷ついてるのは見た目だけだった。
 手にとって確認しても、ちょっとヘコんではいるものの、割れていたり潰れてはいない。

「よかった……」

 肩から力が抜ける。安心したせいか、その場にへたりこんでしまった。
 お陰でスカートが濡れてしまったけれど、そんな事気にもならない。手元の物が無事だったことの方が重要だった。

 辺りはもう真っ暗なのに、こんな小さな物を見つけられたのは本当に運が良かったというか、奇跡に近い。ラッピングされた紐が蛍光色だったのが幸いした。
 この暗闇の中でひとつ、きらきらと光る箱が一瞬で視界に映ったから、すぐにそれだと気がついた。

 頭上を見れば、あの歩道橋が見える。
 八つ当たりとばかりに彼の手を払ったせいで、あの高さから落ちてしまった、私宛てへの贈り物。彼は何を思って、このプレゼントを用意してくれたんだろう。

 人へあげる贈り物はただの物じゃない。
 気持ちごと、相手へと手渡される特別なもの。
 そんな彼の思いも、私はあの場から落としてしまったんだ。最低だ。

 目頭が熱くなる。
 彼がくれたものに対しての嬉しさと、自分がしてしまった事への罪悪感が織り交ぜになって、涙という形になって外へと溢れ出ていく。
 私はこれを、受け取ってもいいのかな。
 こんな最低なことをしてしまった私に、受け取る権利なんてあるのかな。
 胸の中はもう、彼への申し訳なさでいっぱいだった。

「……葉月先生?」

 何事かと追いかけてきた彼を振り返る。

「……あの、これ」
「……あ」

 両手で握り締めているものを見せれば、彼は気まずそうな表情を浮かべた。

「……返してください」
「……え、何で、ですか」
「そんな汚いもの、渡せません」
「汚くないです」

 見た目はみずぼらしくても、そこに込められた思いまで汚れてしまったわけじゃない。

「……私の、誕生日プレゼントなんですよね?」
「……そのつもり、です」
「受け取っても、いいんですよね?」
「……受け取って、くれるんですか」

 彼が何を思って、そんな発言をしたのかはわからない。
 わからないけど、その問いかけに対する答えなんて、もうわかりきっている。
 だから私は、その贈り物をぎゅっと両手で握り締めた。

「今度は、絶対に落としませんから」

 そう答えることが正しいのかはわからない。
 でもこれが、私なりに考えた、精一杯な謝罪と感謝の言葉だった。



・・・



「わあ」

 膝の上でラッピングを開けば、何とも愛らしいものが姿を現した。人差し指でツンとつつけば、りん、と涼しい音色を奏でる。
 箱の中にあったのは、色違いのキーホルダー。
 可愛いりんご型のフォルムに、ちょこんと葉っぱの形をした鈴がついている。
 赤と黄色の2つ、並んで収まっていた。

「かわいい。りんごの形してる」
「……どっちがいいのか迷って、結局どっちも。子供っぽいかな、とも思ったんですが」
「そんなことないです。すごく可愛いで……、あれ?」

 よく見れば、2つのキーホルダーのうちのひとつだけ、りんごの端っこが欠けている部分がある。
 きっと歩道橋から落下した時に、地面に叩きつけられた衝撃で欠けてしまったんだろう。

「……やっぱり返してください」
「え。何でですか」
「壊れたものなんて渡せません」
「嫌です。私はこれが気に入りました」
「………」

 彼は表情こそ無だけど、納得していないような雰囲気を纏っている。けどそれ以上は何も言わなかった。

 欠けてるといっても、然程目立つものでもない。ちょっとりんごをかじった風にも見えて、逆に愛らしさが増した気がする。
 世界に1つしかない、私だけのキーホルダー。
 今更返せといわれても、もう返す気すらない。
 だって、私はこれが気に入っちゃったんだから。

「嬉しいです。大事にしますね」

 精一杯の笑顔を向ける。
 彼は少しだけ目元を赤く染めて、はい、と小さく呟いた。






 寮に戻ってから、欠けた部分を少しだけやすりがけした。
 尖った部分が丸みを帯びて、余計可愛くなった。
 失敗した。
 これ以上可愛くなってどうする。

 含み笑いが止まらない。
 なんだろう、このテンションの高さ。
 自分でもおかしいと思うんだけど、今は何をやっても楽しくて、嬉しかった。
 今朝の鬱憤が嘘みたいに、心が優しさで溢れてる。

 何につけようかと迷ったのち、勤務用の鞄に、2つ一緒に取り付けてみた。
 白い素材に、赤と黄色のりんごが映える。

「うん、可愛い」

 同僚から頂いたもの、しかも異性からの贈り物を仕事用の鞄に取り付けるなんて、常識的に間違っているのかもしれない。思わせぶりなことをしているのは、私の方かもしれない。
 でも今は、早く彼にこれを見てほしい気持ちの方が強かった。

 なのに明日は日曜日。
 どうして明日は休日なんだろう。
 会えないじゃない。
 翌日が休みな事を、こんなに恨みがましく思える日が来るなんて思わなかった。

 見せたらどんな反応をするんだろう。
 喜んでくれるかな。
 早く月曜日になってほしい。

 そんな事を思いながら、指先でりんごに触れる。りりん、と2つの鈴の音が重なった。

mae表紙tugi

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