ひとりぼっちだ


・・・


 いつの間にか雨は止んでいた。

 病院から出た後、夕暮れに染まる歩道をとぼとぼと歩く。彼から受け取ったお金は使わず、そのままバッグの中に仕舞い込んだ。
 来週会った時にお返ししよう。
 そう考えながら、彼に貸していたコートを腕に抱えて、バス停までの道を辿る。

 彼と鉢合わせした歩道橋が見えてきた。
 その向こう側には、バス停の看板も見える。
 雨に濡れたアスファルトは独特の匂いを放っていて、ぱしゃ、と水溜りに足を踏み入れたせいで靴が濡れた。
 けどそんなこと、全然気にもならない。
 たとえ様のないやり切れなさだけが、胸いっぱいに広がってた。







 ───人と関わるのが面倒くさい、そう思い始めたのはいつ頃だろう。

 過去に、人間不信に陥るような事があったわけじゃない。引き篭もり体質になったわけでもない。誰とでも、良好な関係を保ってきたつもりだったけれど、それは全て、表面上だけ。深く関わるのは嫌だった。
 仕事が終われば、もう自分だけの時間。
 その貴重な時間を、誰かの為に割くなんて私には考えられなかった。ましてやその誰かが男なら、尚更だ。

 男の人から告白されたのは、何も早瀬先生が初めてじゃない。過去にも何度かあった。
 けれど想いを告げられる度に、私はいつも、相手に対する嫌悪感と強い不快感を募らせた。

 愛想良くしてたのは、社会の輪を乱さない為。
 仲のいい振りをしてたのは、自分の評価を下げない為。
 それなのに勝手に勘違いされて、個人的に興味を抱かれても困るし、気持ち悪いとしか思えない。
 恋愛への興味が薄れてしまったのも、男に対して恐怖心とか嫌悪感があった訳ではなくて、ただ単純に、男に関わってる時間すら面倒だから。それだけだった。

 昔の私はこんな風じゃなかった。
 少なくとも学生の頃は、異性にも恋愛にも興味があった。休日には友達を連れて、色んなところへ遊びに行ったりもした。誰かと一緒にいるのが楽しくて、そんな友人達や好きな人と過ごす時間のひとつひとつが、かけがえのない宝物のようにさえ感じていた。

 どうして、こんなつまらない人間になっちゃったんだろう。

 気がつけば、休日もよく1人でいることが多い。
 昔はよく遊んでいた友人達とも、今ではすっかり疎遠になっている。
 誕生日だというのに、プレゼントをくれる友人もいなければ、「おめでとう」と言ってくれる人もいない。

 1人の方が気楽だと思った。
 必要以上に人と関わらないようにしてた。
 好意を寄せてくる人は全て拒絶した。
 そして今、私はひとりぼっちだ。




 バス停の時刻表を確認すれば、運のいいことに、遠くからバスが向かってくる。
 停留所で待ってる人は、他に誰もいない。
 私はひとり、その場でバスが停まるのを待つ。

「……いいのかな」

 本当に、このまま帰ってもいいのかな。

 別れ際の早瀬先生のあの態度は、明らかな私への拒絶だった。今まで人と距離を置いた生き方をしてきた私だからこそ、彼の僅かな異変に気づけた。
 好意を寄せていた相手に想いを告げたのに、面倒だからという理由で拒まれて、挙句、一方的な主張で罵られて最低な一言を浴びせられた。
 彼の心情を思えば、私を拒絶したくなる気持ちもわかる。最悪な女だったって、嫌われてしまったんだろう。

 だから、いいんだよね。
 彼だって、もう顔も見たくないほど嫌いな人と、一緒にいたくないよね。
 だから、帰ろう。
 一緒にいても、もっと仲がこじれるだけだ。



 目の前でバスが停まる。
 ゆっくりと扉が開いた。
 誰かが降りてくる気配はない。

「………」
「……お客さん、乗らないのかい?」

 運転手さんの声が耳に届く。

 乗らなきゃ。
 乗って、寮に戻って、また来週からいつも通りの日々を過ごすんだ。

 もう、あの人に振り回されることも、ない。

「……お客さん?」
「………あの、」









「───ごめんなさい、先に行ってください」

mae表紙tugi

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