嫌われてるから (早瀬side) 「優さん。じゃんけんしましょう」 ある相談事の為に千春の部屋に訪問したら、何故かじゃんけん勝負を挑まされた。週末前の金曜日のことだ。 千春と香坂さんは夕飯作りに切磋琢磨していて、俺は傍らで2人の手伝いをしている。俺達の足元では、白い子猫が元気に駆け回っていた。 邪魔、と千春の手が飼い猫の首根っこを掴み、そのままキッチンを出ていった。猫をゲージの中に戻しに行ったのだろう。 その後ろ姿を見送っていた最中で、この発言を受けた。 「じゃんけん?」 「私、じゃんけん得意なんです」 「なんで急に」 「あっち向いてホイも得意です」 「………」 理由を問いかけて、自慢話をされたのは初めてだった。 戸惑う俺をよそに、香坂さんの瞳は何やら熱意に燃えている。勝負を挑んだ男の前でも怯むことなく、真っ直ぐな眼差しを俺に向けている。これは、断ろうにも断れない流れっぽい。 「……うん、まあいいけど」 「優さん、最初はグーですよ。パー出しちゃ駄目ですよ。パー出してズル勝ちとか絶対ダメですよ」 「さすがにそんな子供っぽい事しないけど」 「そんな子供っぽい事を平気でする大人がいるから、言ってるのです」 そして香坂さんの視線はリビングへと逸れる。 用件を済ませて戻って来た千春は、香坂さんから向けられる非難の目を真っ向から受け止めて、にこにこと余裕の笑みを浮かべている。俺達の話はリビングまで筒抜けだったようだ。 ……あれか、子供っぽい事を平気でする大人。 「いいですか莉緒。この世知辛い世の中を生き抜く為に、人生の先輩から大事な事を教えてあげます」 なんか勝手に喋りだした。 けど千春のことだから絶対、ロクな話じゃないだろうと推測する。 香坂さんもそれを悟っているのだろう、眉をひそめたまま、千春の顔をじっと見つめている。 「世に置ける勝負事の勝敗は、必ず正義のヒーローが勝つ訳じゃありません」 「………」 「正義感が強い奴でもなく、善良な人間が勝つ訳でもありません」 「………」 「最後に勝利をもぎ取るのは、相手より数で制した奴と、常に悪知恵を働ける奴です」 「先生やってる人の台詞とは思えないの」 ついに千春を見限った香坂さんが、そう吐き捨てながら俺の背後に回った。 隠れるように身を縮めて、じろりと千春を睨みつける。 「今日の千春くんは私の敵です」 「あは。敵扱いされちゃった」 対して千春は全然堪えてる様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。胡散臭い笑顔は相変わらずだ。 この二人はいつもこんな感じなんだろう。 やれやれと呆れる一方で、最後に千春が放った言葉が、深く脳裏に刻み込まれた。 " 常に悪知恵を働ける奴 " 「………」 不意に浮かんだのは、先日、俺に堂々と宣誓布告してきた男の存在。 友永先生の事は、自分は嫌いではなかった。 だからといって好きでもなかったけれど。 けど今は彼女の件で、苦手な人間側に確定してしまっている。 何より、不気味だった。 あの人が何を考えているのか、全くわからないから。 「……ん、すぐるさん!」 「え?」 「できたの」 我に返れば、甘い香りが鼻腔をついた。 目の前にあったのは、こんがり焼けたマカロニグラタン。香坂さんの好物らしく、千春とよく作るらしい。 「優、どうした?」 「……何が?」 「なんか今日、ぼんやりしてるな」 「そうかな」 「あ。優さん、相談があって来たんだよね、うん」 香坂さんが申し訳なさそうに眉を下げた。 「大した用件じゃないから。気にしなくていいよ」 「うう、すぐるさんは優しいの」 「そんなことないけど」 この2人に比べたら、全然だ。 それとさっきから、傍らにいる千春の視線が怖い。 「なんか俺が性格悪い奴に聞こえるんですけど」 「自業自得なの」 ………。同意。 ・・・ 「それで、相談って何だっけ」 グラタンをスプーンで掬いながら千春が言う。その隣では、熱々のグラタンを息でふーふーしながら頬張っている香坂さんの姿がある。 「あついー」 「口の中火傷しないようにね莉緒」 「ふぁい」 涙目になりながら、頑張って食べている姿は見ていてちょっと可愛らしい。 香坂さんの前にさりげなく置かれた水入りコップは、千春が用意したものだろう。 「例の女のヒト? 保健の」 「あ、うん」 「その人がどうした」 「明日、誕生日なんだ」 「へえ」 そう告げれば、香坂さんの瞳がきらりと輝いた。 「なにかあげるんですね!」 「あ、ううん」 「あれ。あげないんですか?」 「あげて、いいのかなって。俺嫌われてるし」 何かあげられたら、とは思ってる。今俺が何を思っているかも、できれば伝えたい。あの人が認める教師になりたい事。 けれど俺は嫌われてるから。 そんな奴から何か貰われても何も嬉しくないだろうから。だから困ってる。 「ていうか、なんで優は嫌われてるわけ?」 「え」 「それは私も気になってます」 「あー……」 さすがに口ごもる。 勢いついでに告白して強引にキスした挙句、部屋に押しかけて睡眠薬飲ませて押し倒した。 なんて、とてもじゃないが2人には言えない。 「……ちょっと頑張って迫ったら、引かれた」 「あらー……やなパターンだな」 千春の、諦めモード満載な一言が落ちる。 けど香坂さんは引かなかった。身を乗り出して俺を説得にかかる。 「押してだめなら引いてみるのです」 「引いたらもっと距離開くと思うよ莉緒ちゃん」 「む……」 「でも、悪くないと俺は思うよ。積極的な愛は重荷になる時もあるからね。引いて、追いかけてきてもらうのもアリじゃないの? まあ今の現状なら追いかけてきてくれそうもないけど」 「千春くんはいちいち一言余計なの」 「事実でしょ」 テーブルを挟んで口論が始まってしまった。 さっきから俺の意見も存在も空気と化してる。 「……あのさ。2人とも論点ずれてる」 「ん?」 「う?」 「誕生日に何かあげた方がいいのかどうか聞きたかったんだけど」 今まで、誰かの誕生日を祝うようなことをした経験はない。何かをあげた事もない。それは過去、彼女がいても変わらなかった。何もあげなかったのは単純に、お金がなかっただけなんだけど。 きっとあの人に何かあげたいと思うのも、ただ話をしたいキッカケを作りたいだけなんだ、単純に。 「……お菓子とか、キーホルダー……とか?」 ぽつり、香坂さんがひとつの提案を下す。 この子の中では、あの人の誕生日に何かをあげる事は決定しているようだ。 「誕生日プレゼントにキーホルダーって、なんかパッとしないね。まあ、でも無難なのかな」 確かに一理あるかもしれない。誕生日に女の人へ贈る物の定義が不明確なら、相手の迷惑にならないものがいいかもしれない。 「千春くんなら、何をあげる?」 「さあね。自分を嫌ってるかもしれない人に、贈り物なんかした事ないから。そもそも俺、嫌いな奴もいないし」 「……私も、今はいないから、わかんないや」 最後に残した香坂さんの言葉は、どこか重い響きを放っていた。 トップページ |