偽りと本音3


 はっきりと、力強い口調で早坂は断言した。八方塞がりな状況を、自分なら打破できると言ってのけた。
 自信に満ち溢れているその一言は、あの青木さんをどう納得させるのが正解なのか、その答えを知っているかのような口振りだ。

「……え、嘘。ほんとに?」

 つい食いついてしまった。穏便に別れられる方法を知っているのであれば話は早い。はやる気持ちを抑えて、期待の眼差しを早坂に向ける。

「ねえ、どうすればいいの? 青木さんとどう話せば別れられるの?」
「さあな」
「え、」

 まさか素知らぬ振りをされるなんて思っていなかったから拍子抜け。早坂は涼しげな表情を保ったまま、ふいと顔を背けた。

「誰にも頼らないで解決したいんだろ。なら1人で頑張れば。俺はもう知らね」

 つっけんどんに言われて目を丸くする。いつも冷静沈着で感情を剥き出しにすることがない早坂の、こんなに不機嫌な様を目にするのは珍しいかもしれない。

「……早坂、拗ねてる?」
「別に」
「拗ねてんじゃん」
「拗ねてねえよ」

 むっとした表情で否定されても全然隠しきれていない。頑なに拗ねていないと繰り返す早坂は、まるで駄々をこねている子供みたいでつい頬が緩んでしまった。
 早坂が機嫌を損ねている理由は間違いなく私にあって、その要因が何なのかもわかってる。「できないことは頼ってくれていい」と、早坂は何度も私にそう伝えてくれていたのに、私が自分の信念を曲げないから、拗ねちゃったのかな。

「……そんなに私から頼られたかったの?」
「………」
「可愛い」
「やかましいわ」

 ニヤけている私の両頬に、早坂の手が無造作に伸びてくる。ぎゅううぅっと軽くつねられて、たまらず小さな悲鳴を上げた。

「ちょ、やら、いひゃい!」
「うるさい黙れ」

 可愛いという言葉は早坂にとって不本意のようだ。なんとも可愛くない悪態をつきながら、今度は手のひらで私のほっぺをぎゅうぎゅうに挟んでくる。お陰でタコ口になってしまって、不細工な顔を晒す羽目になってしまった。
 何するんだと非難の目を向けても、早坂相手に怒りなんて沸き起こらない。むしろ楽しい。こんな風に、早坂とじゃれあっている時間が本当に好きだから。くだらない馴れ合いすら心地よく感じるのは、その相手がやっぱり早坂だからだ。

 日に日にどんどん増していく、早坂への想い。
 たとえば一緒にご飯を食べてる時の顔とか、手を振ったら振り返してくれた時とか、体調を気遣って毎朝声をかけてくれる時とか。挙げたらキリがないけれど、何気ない仕草ややり取りを交わす度に、好きだなあって気持ちが膨らんでいく。募るばかりの想いは最果てが見えなくて、止まるところを知らない感情はブレーキがきかず、ただ加速するばかりだ。

 つい忘れそうになるけれど、早坂のことはつい数日前まで、仲のいい親友程度にしか思っていなかったんだ。もちろん大切な人には変わりないけれど、恋愛感情なんて一切なかったし、男女の関係なんて絶対にあり得ないと思っていた。それ程までに距離が近かった人だから、私がこんなに頑固な奴だと知っても、私を受け入れてくれる早坂の存在って本当に大きいのだと知った。

 自分の存在を肯定してくれる人が傍にいてくれる。その安心感はとてつもなくて、こんなに幸せなことだったなんて全然知らなかった。教えてくれたのは紛れもなく、早坂だ。

 その本人はやっと気が済んだのか、一度私から距離を取って骨張った手を離した。頬に触れていた温もりが遠ざかってしまって、じゃれあいが終わってしまったことに寂しさが込み上げる。まだ足りない、まだ触れていてほしいしまだ構ってほしかった。なら今度は私から仕掛けに行かなきゃ、なんて悪戯心が沸き起こる。

 早坂はまだダッフルコートを着たままで、前を開いた状態で私と対面している。その胸に、思いっきり飛び込んでみた。うお、と小さく呻き声を上げながら、早坂の両腕が私の体を受け止める。でも勢いが過ぎたせいで、早坂に抱きつくつもりが押し倒す形になってしまった。

 とさ、とソファーに2人で倒れ込む。早坂の上から退こうとする前に、頼もしい両腕に引き寄せられて、閉じ込められた。
 ぎゅっと強く抱き締め返されて、柔軟剤の香りがふわりと身を包んだ。

「早坂……?」
「……俺は、いつまで待てばいいんだよ」

 恨みがましく放たれた言葉に、胸が締め付けられた。

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