偽りと本音4


 聡い早坂のことだから、私の秘めた恋心はとっくにバレているんだろう。だから「いつまで待てばいい」という発言に繋がるのだから。そもそも私自身、自分の気持ちを早坂に隠そうともしていない。口で直接伝えていないだけで、態度には出てると思う。
 青木さんと別れてから早坂の気持ちを受け入れたい、そう思う気持ちはあっても、ここまで別れ話が長丁場になるとは正直思ってもいなかった。そればかりか状況はより悪くなる一方で、円満に別れられる予感すらしない。だから告白の返事を長引かせてしまっていることに、申し訳ないと思う気持ちは日に日に強くなっている。

 返事はまだしなくていい、あの日、早坂はそう言った。告白された直後で気持ちの整理がついていない私に対して、"時間を置いて考えて、それから答えを出してほしい"という訴えにも聞こえた。早坂なりの気遣いもあったんだろう。
 あれから日が経ち、早坂を想う時間が増えてきて、互いの心の距離が近づいていることに私も早坂も気付いてる。なのに、進展しない。私はいつまでも青木さんに囚われたままだ。

「……ごめんね。でも、もう少しだけ待って欲しい」

 酷なことを言ってると思う。気持ちは通じ合っているのに、恋人と別れられないから返事ができないなんて自己中もいいとこだ。私がもし逆の立場だったら、きっといい気分はしない。
 それでも、やっぱり自分の手で解決したい。周りにバレるのが怖いし、迷惑もかけたくない。4年間も想い続けてくれた早坂の気持ちに、誠実に応えたい思いも強いから。だって早坂は言ってくれたんだ、「付き合えるなら、私と結婚前提で付き合いたい」って。
 それは私だって同じだ。歳も歳だし、次に付き合う人とは結婚を視野に入れた交際を望んでる。青木さんとの問題が解決すれば、今度は早坂と付き合うことになるんだろうと確信してる。だからこそ、元彼との問題を引きずったまま、結婚前提の交際を受け入れるわけにはいかなかった。

「……もう少しだけって、いつまで?」
「わかんない、けど。ちゃんと別れられるまで努力するから」
「もう努力でどうにかできる話じゃないだろ」

 ぴしゃりと言い切られて言葉に詰まった。早坂の言葉の端々から苛立ちが感じ取れて心苦しくなる。青木さんと話し合いも順調にいかなくて、問題を解決できる鍵を握っている早坂は何も教えてくれなくて、八方塞がりな状況に心が屈しそうだ。

 もう私1人で解決できる問題じゃないって気づいてた。それでも自分の考えを貫きたくて、体裁を守りたくて意地を張り続けてきた。そのせいで精神は追い込まれ、心は疲弊し、周りには心配ばかりかけている。早坂も前に言ってたね、「1人で突っ走った結果、逆に迷惑かけてる」って。

 いつまで経っても頑なで学ばない私。
 それでも早坂は私を匿ってくれて、ずっと一緒にいてくれた。私の考えを尊重してくれていたし、意見がぶつかり合うことがあっても、頭ごなしに否定したりもしなかった。時には叱咤したり激励したりして、絶対に私を見限らなかった。ここまで事態が深刻になっておきながら心が蝕まれなかったのは、いつも隣で支えてくれた存在がいたからだ。

 早坂はソファーに寝転がったまま、私を抱き留めたまま動こうとしない。両腕を解こうとする気配もなくて、離す意思がないことを直に伝えてくれている。その気持ちが嬉しくて、甘酸っぱい感情が胸の奥に浸透していく。包み込まれるような安堵感が全身に広がった。

 早坂の胸に耳を寄せてみる。服越しに聞こえてくる心音は、少しだけ早い速度で一定のリズムを刻んでいる。その静かな鼓動と温度が、頑なだった私の心をゆっくり解かしていくのを感じた。

 私のしたいこと。私の考え。
 奥底に隠した汚い感情。
 それらを全て肯定してくれる早坂に、これ以上自分を強く見せる必要なんて、ないんじゃないのかな。
 それにもう、正直疲れた。ひとりで全部抱える辛さより、頼れる相手が傍にいてくれる心地よさを知ってしまった。
 そうしてやっと、好きな人に甘えてみたいという弱さが私の中で生まれた。

「……ごめん早坂」
「………」
「……助けてほしい」

 口にしたら、心の枷が外れたかのように苦しさが無くなった。抱えていた罪悪感も重圧感も、この瞬間にすっと薄れて消えていく。責任という重い鉛に繋がれていた心は、桎梏から逃れられた解放感で満たされていた。

「……はー……、やっと聞けたわ」

 そんな、ぶっきらぼうな口調すら愛おしくて堪らない。感動でじわりと溢れてくる涙を、自分の意思で止められそうもなかった。濡れた瞼を拭うことも出来ず、静かに肩を震わせる私の背中を、早坂の手のひらが何度も行き来する。

 ───……ああ、落ち着く。
 早坂の声も、匂いも。体温も仕草も全部が好き。好きな人に想われている、守られていることを今更ながらに実感した。

 思えば仕事以外のことで、自らの意思で早坂に縋るのは初めてだ。酒に酔った勢いで青木さんとの惚気を漏らすことはあっても、プライベートでの不満を漏らしたことなんてなかったから。後にも先にもあの日だけだ。早坂が私の部屋に泊まりに来た、あの夜。
 あの夜から全てが始まったんだ。

「……ごめん、ね」
「いーよ。もう諦めて楽になれ」

 気怠げに答える口調に、涙交じりの笑みが浮かぶ。広い胸に顔を埋めながら鼻をすすれば、ふ、と早坂が小さく笑う気配を感じた。

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