彼女の本当の声は 「俺が止めたところで聞かないだろ。七瀬は」 「あー……うん。そうかも」 「俺よりも鈴原に言われた言葉の方が、七瀬の心に響くと思ったから言わなかった。俺の言いたかったことは全部、鈴原が代わりに言ってくれたしな」 「……」 つまり、かなえちゃんから言われた言葉はそのまま、早坂の言葉でもあるんだと捉えることができる。下手な自己犠牲に浸ってるという、あの言葉も。 「それに、」 そこで早坂は言葉を止めた。 私を両腕に閉じ込めながら、次に発する言葉を躊躇しているような沈黙が続く。ふんわりと包み込むように抱き締められて、顔を見上げたくても動くこともできなかった。 「……俺は」 「……うん」 「追い詰められている人間に説教できる程、冷たい人間じゃない、と思ってる」 的を射た発言に、私の表情が凍りつく。 ヒヤリと心臓が冷えた。 「……あは、追い詰められてるって、私が? なんで?」 シラを切ろうとしたのに、明らかに声が動揺してしまって内心舌打ちする。こんな様では、早坂の指摘を自ら肯定しているようなものだ。心の奥底に隠したはずの、醜い感情まで見透かされているような気がして落ち着かない。 「……七瀬。どうして鈴原を事務所に呼んだんだよ」 「……え?」 その問いかけの意味がわからなかった。そんなの、早坂もわかっているはずなのに。 「……だって、あの封筒を見たらわかるでしょ? 青木さんはあの日、かなえちゃんの姿も見てるんだよ。私と早坂の職場が同じだって青木さんは知ってたし、かなえちゃんも一緒に働いてるって知っていてもおかしくない。こんなこと思いたくないけど、青木さんがかなえちゃんに危害を加える可能性も、ゼロじゃないんだよ」 あの封筒の意図が脅しにしろ警告にしろ、かなえちゃんも当事者である以上、彼女にも事情を伝えるのが筋だろう。身に危険が迫っているかもしれないことへの注意喚起でもあるのだから。 「……七瀬の言ってることは、理にかなってると思うよ。俺がもし七瀬の立場だったら同じことを考えたし、同じことをしたと思う」 「だったら、」 「以前の七瀬だったら、あの場に鈴原は呼ばない」 ぴしゃりと言い切られて言葉が詰まる。 出会ってから4年、そのほとんどの時間を早坂と共に過ごしてきた。誰よりも私のことを理解している早坂の言葉は重く、確信めいた響きを纏っていた。 「……あの日からずっと、七瀬は鈴原の前で頑なに青木の話を避けてたよな。昨日、鈴原から青木の話題を振られた時も曖昧に誤魔化してたし、アイツから連絡がきたことも教えなかった」 「……そんなの、言えるわけないでしょ」 本来、あの子は今回の件に全く関係のない子だ。 私に関わらなければ、こんな形で巻き込まれることもなかったし傷つくこともなかった。 「そんなに関わらせたくなかったなら、なんで今日、青木に会うことを鈴原に告げたんだよ。鈴原に言えば、あんな風に止められることくらい想定できたはずだろ」 「……それは」 「本当は止めてほしかったんじゃないのかよ」 核心を突かれて、何も言えなくなった。そんな訳ない、そう言いたかったのに、笑い飛ばしてしまいたかったのにできなかった。早坂の言葉に納得してる自分がいるんだ、青木さんのところへ行くと告げれば、かなえちゃんは絶対に止めてくれると私はわかっていた。 ……そうだ。止めてほしかったの。私は。 人に弱さを見せることができない私は、そうやって相手に不安を煽って心配してもらうことで、一時的な安心感に浸ろうとする。幼稚で、愚かで、卑しい私が必死に隠そうとした、醜い部分。一番触れてほしくない部分を、早坂は容赦なく暴いてきた。 「……七瀬さ、もう限界なんだって。毎日青木の影に怯え続けて、100件近くも執拗にメールを送りつけられて、あんな封筒で嫌がらせまで受けた。そこまでやられたら、普通の人間なら平然としていられない。なのに、なんでまた笑ってるんだよ。怖いんだろ。逃げたくて仕方ないんだろ。「1人で青木に会いに行く」なんて言うなよ。「助けて」って言えよ」 私の頭を自分の胸板に押し付けて、早坂が静かに諭した。 トップページ |