確信2 - 佐倉side


 深夜のコンビニで、天使さんと速水に会ったあの日から怪しんでいた、2人の関係。

『───天使さんからも、焼肉の匂いがした』
『速水と天使さん、2人で夕飯食べに行ってたのかな、って』

 井原はそう言ってたけれど、たまたま同じ匂いがしたというだけでは、2人が一緒にいたという確信には至らない。実際に速水も天使さんも、今まで自分達は一緒にいた、なんて一言も言ってはいなかったのだから。
 週末の夜に一緒にいたとしても、それだけで2人の関係性を怪しむのもおかしな話だ。仕事や恋愛の相談相手として会っていただけかもしれないし、たまたま街中で出会って夕飯を共にした、だけかもしれない。ただの同僚としての付き合いなら、男女で会っていたとしても別におかしな点はない。俺だって、ミキとか同じ部署の子とか、2人で飲みに行くことだってあるし。

 ……いや、でも実際はどうなんだろう。速水は天使さんのこと、異性として好きなんじゃないかと俺は勝手に思っていたりするけれど。その速水がコンビニから出ていく時の、天使さんの寂しげな表情が頭から離れない。あの顔は、何とも思っていない男に向ける表情ではなかった。
 速水が数分遅れでコンビニに来店したのも気になる。ただの偶然にしては出来すぎのように感じて勘繰ってしまう。そして昔から、俺のこういう勘はよく当たる。やっぱりこの2人、何かあるんじゃないだろうか。

 2人がそういう関係だとは考えにくいというか、全く想像ができないのが正直な感想だ。何より速水はあの日、ミキとも内密に会っていたんだ。天使さんと速水がただの同期じゃなかったとしたら、深夜にミキと待ち合わせしていた事実をどう解釈すればいいんだろう。
 あまり想像したくない展開が脳裏を掠めて、他人事なのに頭が痛くなった。だからあまり考えないようにしていたのに。

 ……いや。まだ天使さんの彼氏がアイツだと決まったわけじゃない。証拠だってないし、彼氏が社外の人間だって可能性も十分あり得る。勝手にそう結論付けて自己完結させた。そんなことよりも今は、彼女と話さなければならないことがある。

「あー……、あのさ、天使さん」

 控えめに声を掛ければ、天使さんは頬を赤く染めたまま、ゆっくりと俺に目を向けた。首筋に手を当てたまま、赤い印を必死に隠して。
 さすがにキスマークを他人の男に見られたことは、彼女にとっては耐え難い羞恥があるのだろう。その印を付けた相手が誰なのかは気になるところだけど、だからって問い質すのはデリカシーに欠ける。今は目の前の問題に集中すべく、本来の目的に意識を戻した。

 彼女に異動の意思があるのか、直接問い掛けるのは勇気がいる。それでも時間は押しているわけで、午後の就業時間を迎えれば、天使さんと話せる機会がなくなってしまう。もうストレートに訊いてしまえ、そう腹を括ったその時。意外な人物の声が、俺の思考を停止させた。

「あれ、2人とも何してるの?」

 背後から降り掛かった声に、ギクリと心臓が跳ね上がる。思わず振り返れば、そこには声の主が佇んでいて目を見開いた。

 ……なんつータイミングの悪い。

「あ……速水くん」
「お疲れ様。もうすぐ休憩終わりだよ」
「う、うん。すぐ戻るよ」
「佐倉もお疲れ様」
「お、おー。お疲れさん」

 笑顔を引きつらせながら挨拶を交わす。脳内でずっと悶々としていた原因が、突然この場に現れたのだから挙動不審になってしまうのも仕方ない。
 そんな俺の不自然な様に気づいていないのか、速水は普段と変わらない態度でにこやかに接してくる。穏やかで柔和な笑顔は、逆に不気味な気配すら感じさせた。

 横目で天使さんを見れば、その表情は速水が来る前とさほど変わっていないように見えるけど。首筋は変わらず、手で抑えたままで固まっていた。

「今日、風強いね」

 そう言いながら、速水がさりげなく窓を閉める。そのお陰で隙間風の勢いがピタリと止まり、ふわふわと揺れ動いていた髪も大人しくなった。
 天使さんの黒髪も、今はなびくことなく落ち着きを取り戻している。髪の毛で首筋が隠れたお陰か、恐る恐るといった感じで彼女は手を下ろした。

 ……速水が窓を閉めたのも、実は意図的なんじゃないかと疑ってしまう。彼女の首筋に残る跡を隠す為に、なんて。
 さすがに考えすぎか。

mae表紙tugi

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