確信3 - 佐倉side


「天使さん、その手に持ってるファイル、なんか変じゃない? どうしたの?」

 いびつなファイルに挟まれた書類に、速水は目敏く気付いたようで。

「あ……うん。レバーが壊れちゃって」
「壊れた?」
「うん、新調したばかりなのに……不良品だったのかな」

 膝の上に置いたままのファイルに、天使さんの視線が落ちる。彼女の視線の後を追うように、速水の視線もファイルに注がれた。微妙に顔をしかめている速水の表情が、何を意味しているのかは俺にはわからなかった。

「……そう、なんだ。不良品が混じってたのかもね」
「うん」
「新しいものと替えた方がいいよ。あ、でも替え残ってるかな」
「戻ったら探してみる」
「俺も一緒に探そうか?」
「ううん、大丈夫だよ」

「………。」

 いや俺めっちゃ蚊帳の外。

「佐倉くん」
「……うぇ!?」

 いきなり名前を呼ばれたことに、飛び上がるほど驚いた。素っ頓狂な声を上げてしまって、天使さんが不思議そうに俺を見返す。

「どうしたの……?」
「や、なんでもないよ!」
「……あの、私、そろそろ戻らなきゃ。なにか話があったみたいだけど……ごめんなさい。大事なお話だったかな?」

 その一言に顔が強張る。天使さんは気を遣って俺に声を掛けてくれたんだろうけど、今この場において、その発言は完全にアウトだ。前方から突き刺さる誰かさんの視線が痛い。

「……大事な話?」

 ピリッとした空気を感じ取って身がすくむ。ほら言わんこっちゃない、速水クン声低くなってんじゃん。怖いっての。

「え、あー、いいよいいよ大丈夫! 大した話じゃなくて、ほらあの、ゆっ夕飯! 夕飯誘おうとしてただけだから!」

 焦ってそう口走ってしまって自爆した。いや何言ってんの俺。更に火に油を注ぐようなことを言ってどうするよ。と言っても既に後の祭りだけど。

 夕飯……というか、ラーメンに誘いたいと思っていたのは本当だけど、問題はそこじゃない。天使さんと2人でいた上に、大事な話をしようとしていたことを速水に知られた、それが一番の問題だった。少なくとも速水は天使さんのこと、同僚以上の存在として見てる……と思うから。天使さんと2人きりの状況を作った俺の行動は、速水にとってはかなり気に障るところだと思う。夕飯の誘いだって、デートだと勘違いされてもおかしくはないわけで。
 ……というか、そもそも俺は天使さんのことを特別な目で見てないし、職場の同僚以上の感情なんて持ち合わせていない。勘違いもいいところだけど、勝手にライバル視されて敵意を向けられても正直困る。仲良くなりたいなあ、と思ってるだけなのに。

 そうだ。じゃあ速水も一緒に誘ってしまえばいいんじゃないか。そう思い付いたけど、結局俺が速水を誘うことはできなかった。

「……天使さん、なんか顔色悪くない?」

 速水のその一言が、場の流れを変えた。

 え、と意表を突かれたのは俺だけではなかった。指摘を受けた天使さん自身も、目を丸くして速水を見返している。具合が悪そうには見えなかったけれど、俺が気づかなかっただけで、もともと体調が優れなかったんだろうか。

「天使さん具合悪かったの? 大丈夫?」
「え、全然……大丈夫ですけど……」

 返ってきた返事に嘘は感じられない。言われた本人が一番困惑しているくらいだ、体調が悪いわけではないらしい。速水の気のせいか、内心そう思ったけれど。

「……今朝、俺の部屋から出た時も顔色悪かった。やっぱり今日は休んだ方がよかったんじゃない?」

 ───は……?

「え、」

 速水の言葉が、あまりにも衝撃的すぎて。
 言葉を失って固まっている俺の耳に、ガシャン! と、けたたましい音が鳴り響いた。

 張り詰めた空気を切り裂いたのは、天使さんの膝上から落ちた不良品のファイル。派手に床へと落下して、せっかく綺麗に整えたのにまた散乱してしまった。
 けれど天使さんはそれらに目もくれず、弾かれたように顔を上げて速水を凝視している。絶句している彼女の顔がほんのりと赤く染まっていく様を、俺はただ呆然と見つめることしかできなかった。
 直後脳裏を掠めたのは、彼女の首筋に残された赤い跡。

 ───え、マジで?

「……っ!」

 ふと、傍から視線を感じて。
 恐る恐る顔を上げれば、速水と目が合った。

「……ああ、ごめん。こっちの話」

 だから気にしないで、そう言いながらにっこりと笑う速水は、どこか勝ち誇ったような表情にも見えて。
 その一連の会話の流れに、戦慄が走った。

 今朝、天使さんが速水の部屋を出たということは、彼女が速水の部屋に泊まった、という結論に結び付く。天使さんは速水の言葉に酷く狼狽えていたけれど、否定しないということは事実なのだろう。
 だから気づいた。今の台詞は、わざとだ。本来なら他人の前、しかも異性の前で言うべき言葉じゃないのに、"俺の部屋から"と強調して言う必要があったのは、この場に俺がいたからだ。その意図は考えずともわかる。俺に対しての、あからさまな宣戦布告だって。

 バラバラだったパズルのピースが、頭の中で徐々に形を成していく。深夜のコンビニで、まるで偶然を装ったように鉢合わせた天使さんと速水の姿、そして同じ匂いを放っていた2人。まるで彼女に想いを寄せているかのように話す速水の言葉、白い首筋に映えるキスマーク、そして"昨日は一晩中一緒だった"と匂わせる、この会話。これだけの材料が揃っていれば、この2人の関係性も自ずと答えが見えてくる。じわ、と嫌な汗が浮かんだ。

 悠然と微笑み返す速水を見て、確信した。
 ───こいつら、絶対にデキてる。

mae表紙|tugi

トップページ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -