急転直下の出来事です。1


「奈々、最近ネイルしてないよね」

 とは、大学で仲良くなった友人の一言。
 甘くて濃厚なバナナジュースをこくこく飲み干す私の指先は、ナチュラルなすっぴん爪だ。

「うん、ネイルやめた。就活中だし」

 大学近くのカフェで、今度は女の子達とランチ中の私。食欲がないから、とりあえずバナナジュースだけを頼んだ。
 隣では友人達が、パスタやイチゴパフェを美味しそうに頬張っている。

「そーなの? でも奈々の爪って綺麗だよね。ちゃんとケアしてるんだなってわかる」

 そう言って笑うのは、一番仲良しの加奈ちゃん。そして向かいの席に座っているのは、かつて一緒に夜遊びを網羅していた裕子こと、ユッコ。もう1人は、大学に通いながらキャバクラで働いているリン。3人とも、私の大事なお友達だ。
 特に加奈ちゃんは、私達とは違って真面目で誠実な女の子。ユッコみたいに夜な夜な遊び呆けたりしないし、お金にもガツガツしてない。水商売にも手を出さない。過去の私みたいに、夜遊びも一切しない。そんな加奈ちゃんは今、高校生の頃から付き合っている彼氏と絶賛同棲中。つまり、そっち方面の経験に関しては私の上をいく、いわば先輩とも呼べる人だ。

「でも、たまにネイルしたくなるんだよねー」

 ネイルアート自体は好き。爪先が可愛いとテンション上がるし、ユッコやリンのキラキラデザインを見る度にネイルしたくなっちゃう。
 でも、今は我慢。ナイトケアパックとキューティクルオイルで保湿するだけ。もちろん爪やすりで形も綺麗に整えてるけど。

 実のところ、ネイル自体は就活以前よりしていなかったりする。卯月さんと出会ってからしなくなった。つけ爪しない方が料理がしやすいって事に気付いたから。

 ……なんて言ったら、ユッコとリンが目をかっ開いて驚いていた。信じられない、とでも言いたげな顔。
 ネイル無しで料理するのって、そんなに珍しいのかな?

「ええっ!? 奈々、料理すんの!?」

 あ、そっちか。

「自炊するようになったの!」
「え、なんで? 奈々の彼氏、料理うまいんでしょ? 彼氏に任せりゃいーじゃん!」

 ユッコの言い分は、多分、卯月さんに出会う前の私ならきっと同意してたんだろうな。

「逆にユッコとリンはさ、彼氏に料理作ってあげたいとか思わないの?」

 加奈ちゃんがそう尋ねたら、2人とも、苦虫を噛み潰したような険しい顔つきに変わった。

「え、無理。絶対イヤ。彼氏の為とか言って手料理アピする女子ってダサくない? いかにも男ウケ狙ってる感じがウザすぎ」
「わかる〜。それに、料理したらネイル取れるじゃん。手汚れるし絶対ムリ」

 リンが爪をカリカリしながら憮然と答えた。ユッコもリンも悪気はないんだろうけど、なんだか嫌味を言われているような気がして萎縮してしまう。2人との温度差がありすぎて、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 別に男ウケ狙ってるわけじゃないし、彼氏の為に手料理振る舞う女の子って可愛いと思うけどな。
 でも私が料理を始めたのも、もともとは卯月さんに褒められたいからっていう、なんとも不純な動機だった。それが今となっては趣味に変わってしまったけど。

「そういえばユッコ、就活どうするの?」

 加奈ちゃんが気を遣って話題を変えてくれたけど、ユッコのマイペースっぷりは変わらずだ。

「えー? 就活なんてしないよ? だってOLの1ヶ月の給料なんて、せいぜい20万程度じゃん。私は毎月お小遣いくれるパパがいるから、働く必要なんてないし。てか働くのやだ」
「あはは……」

 もうレベルが違いすぎて笑いしか出てこない。

「あ、ねえ聞いて聞いて。この間さ〜、1人目のパパと中出しセックスしてあげたら、お礼に100万円貰っちゃった♪」

 ぶはっ!! とバナナジュースを噴出した。

「ちょ、奈々きたなっ!」
「ごめ、ちょ、えっ」

 今、えげつない単語が聞こえた。

 うそ、え、
 な、なかだしで100万……。

「す、すごいね……(色んな意味で)」
「でしょ? ほんとパパ活最高っ」

 と、ここでユッコのパパ自慢が始まってしまった。
 隣に目を向ければ、案の定、加奈ちゃんはゲンナリした顔で呆れ果てていて笑ってしまう。加奈ちゃん、この手の話題が嫌いだもんね。

 ユッコは1年前からパパ活を始めたらしく、マッチングアプリで出会ったパパが現在3人いる。毎月150万以上稼いでいるみたいで、その上、高級なブランド品も買ってもらってるんだって。
 だから、いつも高値のものばかり身につけてる。そりゃ、人に自慢もしたくなるよね。
 しかも、他にパパ候補がまだ数人いるっていうんだから驚きだ。

 正直私には、一緒にご飯を食べたりえっちするだけで大金を出してくれる男の心理がわからない。そのお金を貰ってはしゃぐ女の心理も。

「リンは?」
「私はキャバで稼げるからそっちでやってくー」

 なんてリンは言うけれど、ユッコはいい顔しなかった。

「アンタはキャバで稼いだ金、全部ホストに貢ぐじゃん」
「その為に水商売やってるんだからいいの!」
「いい加減ホストから足洗えって〜」
「やだ! ゆっくんに会えないとリン死んじゃう!」
「メンヘラこわっ」

 嘆くリンを一瞥して、ユッコの視線が再び私に戻る。

「奈々もパパ活すればいいのに」
「そんなに稼げるの?」
「マジマジ。めっちゃ稼げるよ。就活なんて別にいいじゃん、楽して稼げる手段があるのに。ちょっと寝ただけで数十万円貰えるんだよ〜? 就職とかバカらしいって!」







 ・・・



「気にすることないよ」
「え?」
「ユッコの言ってたこと。ほんと、勝手なことばっかり言うんだから」

 カフェからの帰り道。加奈ちゃんと2人で歩いていた際に掛けられた言葉に嬉しさが込み上げる。就活なんてバカらしいってユッコは笑ってたけど、就活を頑張ってる子がいる前で言うべき言葉じゃない、加奈ちゃんはそう吐き捨てながら怒ってた。友達の為に怒れる加奈ちゃんが思いやりに溢れてて泣きそう。
 ユッコもリンも悪い子ではないけれど、2人はどこか、一般的な感覚がズレているところがある。確かにユッコみたいな稼ぎ方もあるんだろうけど、パパ活なんてせいぜい頑張っても20代半ばまでが限界だ。その先のこと、ユッコはちゃんと考えているのかな。
 ちなみに今、ここには私と加奈ちゃんしかいない。ユッコはそのままパパに会いに行ったし、リンはお買い物に出掛けちゃった。私と加奈ちゃんはそのまま大学に戻る予定。

「最近、マジでユッコについていけないんだけど」

 加奈ちゃんの言い分に、私も控えめに頷いた。

「だね〜……。ちょっと心配になっちゃうね」
「リンの場合は、まだ許せるよ。ホス狂はヤバイと思うけど、リンはちゃんと店に勤務して、自分でお金稼いでホストに会いに行ってる訳だし。でもユッコは全然違うじゃん」
「うん……。でも人によっては、パパ活って魅力的に見えるのかな?」
「性にだらしない女とオッサンの象徴にしか見えないけど」

 加奈ちゃんが愚痴るのも仕方ないかもしれない。既に就職先が決まってる加奈ちゃんは、高校生の頃から交際している人と、色んな苦難を乗り越えて同棲するまでに至ったのだから。ユッコの言い分が甘えだって主張も、きっと今までの経験談から出た言葉なんだろう。
 加奈ちゃんとその彼氏は、高校生の頃にバイト先が一緒だったことがキッカケで付き合い始めた。大学に進学して同棲を始めてからも、バイトを続けながら家賃や生活費を2人で遣り繰りして、結婚資金をコツコツ貯めてるって聞いたことがある。その話を聞いた時、すごく素敵だなあって胸がキュンとしたのを覚えてる。
 でもユッコのパパ活の話は、普通にすごいなあとは思うけど、素敵だとは思わなかった。

「私も、自分で使うお金はちゃんと自分で働いて稼ぎたい……かな?」
「それが普通なんだけどね」
「うん」

 私も社会人になって、自分で収入を得られるようになったら、卯月さんと一緒に結婚資金とか貯めてみたいなあ……なんて思って、そして現実に戻る。その前に内定、取らないと。

「う……また気持ち悪くなってきた」

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