誰かこの状況を説明してくれ2


 空気を読めと私に告げる松永さんの言葉は、まるで「諦めろ」とか言われているようで悲しくなる。確かに何の危機感も抱かず、ラブホまで来てしまった私にも落ち度はあるんだろうけど、彼は軽い気持ちで女に手を出すような人じゃないと思ってた。だけど、そんなものは所詮、幻想に過ぎない。彼はモデルでもなければ芸能人でもない、ましてや聖人君子でもない。一般の家庭で育った、普通の会社人で普通の男だ。女と一緒にラブホに行けば、そりゃ普通なら期待するのは当然だ。

 私はなんて滑稽だろう。松永さんはこんな人だと、勝手に作り上げたイメージを押し付けておきながら、理想と違っていたら今度は反感を抱くなんて勝手すぎる。松永さんの立場から見れば、邪なイメージを押し付けたのはそっちだと言われるのが関の山だ。

「……や、ヤるんですか……?」

 震える唇が彼に問う。退く気配のない松永さんの瞳を見つめ返せば、キョトンと目を丸くしていた。私の言葉をゆっくりと理解してから、彼は柔らかく微笑む。

「……ヤる、なんて下品な言い方やめよ? 愛し合うんだよ、これから」
「………。」

 いや同じことやん!!
 綺麗な言い方に変えてもやることは一緒!!!

「……い、痛くしないでください」

 ここまできたら、もう覚悟を決めるしかない。ワンナイトラブなんて初めての経験だし、松永さんとこんな関係にはなりたくなかったけれど。どうしたって逃げられそうにないなら、無駄な足掻きをしたって疲れるだけだ。

 正直言うと、ワンナイトラブは嫌い。もちろんセフレも大嫌い。適当に見つけたトイレで用を足すような行為にしか思えなくて、自分まで不潔になった気がして嫌悪感が凄まじいから。
 だから余計に、一夜限りの遊びに溺れる人間の気持ちがわからない。理解したいとも思わないし、同じ職場で働く女を抱こうとする彼の気持ちも理解できない。それでも一夜だけ我慢すればいい話なのだから、力任せに拒絶しようとも思わなかった。相手が見知らぬ男よりはマシだ。

「あと、……絶対にゴムはして、ください」

 それだけは絶対に譲れない条件だ。一夜限りの遊びで一生の傷を負うなんて冗談じゃない。

「……こっ、こんな状況で萎える発言して申し訳ないんですけどっ」
「そんなことない。ちゃんと自分の身体を大事にできる子は好きだよ」

 好き、その一言に不謹慎にも嬉しくなった。ワンナイトラブなんて嫌だと言っておきながら、ワンナイトラブを仕掛けた男の言葉に胸が高鳴るなんて。自分も大概だな、と思う。

「……いい?」

 最後の意思確認をするあたり、やっぱり余裕があるんだろう。そりゃ松永さんだもん、遊び相手になってくれる女なんて引く手数多のはず。私は何人目なのかなあ、なんて漠然とした不安に包まれながら、小さくコクンと頷いた。
 心臓はずっとバクバクしてるし、緊張で汗すごいし、ワンナイトすることにヘコんでいる自分もいるし、でも松永さんだからいいかなあ……なんてチョロい思考に堕ちている自分もいる。理性も本能もぐちゃぐちゃで、冷静な判断もつかない。でも覚悟を受け入れてしまえば、あとはどうにでもなれ、と諦めの境地に達してしまった。

「……恥ずかしい? 電気消そうか」

 ベッドボードの操作パネルに、松永さんの手が伸びる。天井に設置されたダウンライトは赤っぽい色合いで、明るさを落とせば官能的なムードが漂う。明るい場所だと丸見えで恥ずかしいから、相手の顔がギリ見える程度の薄暗さは有り難かった。

「椎名さん……」
「……なんですか?」
「……律って呼んでいいかな」

 私の両頬を包む、彼の手が熱い。初めて名前を呼ばれたことに、甘い鼓動が胸を打つ。不思議と嫌な気はしなくて、もう一度コクンと頷いた。
 私の承諾を受けて、松永さんが優しく微笑む。

「……忘れられない夜にしてあげる」

 紐を解かれ、ゆっくりとバスローブがはだけていく。露になった肩に、松永さんの唇が触れた。
 徐々に火照りだす身体と与えられる愛撫に翻弄されながら、頭の中で誰かが囁く。「考えるな、感じろ」と。

 ……これ元ネタなんだっけな……。

mae表紙tugi

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