恋愛したくない女VS恋愛させたい男


 ───恋愛なんて、したい子だけすればいいじゃん。
 それが私の持論。

 誰からももてはやされるような可愛い子とか、モデル顔負けの美人さんとか、日々出会いを求めて合コンに足を運ぶOLとか。そんな子達だけが一生懸命、自分の恋愛に励めばいい。女はいつになっても恋しなきゃ駄目だとか、彼氏がいないと負組だとか、己の恋愛観を人に押し付けるのはただの迷惑行為だ。大体、そんな事を人に言われる筋合いもないわけで。
 恋愛や結婚だけが女の幸福じゃない。そんな視野の狭さで恋愛偏差値が上がるわけがないのに、と憐れみすら感じる。今時そんな考え自体、古いのに。

 ……え? 誰のことを言ってるのかって?
 常日頃から結婚願望を押し付けてくるババァ(母親)に言ってます。

 恋愛なんかしなくても、女としての私が失われるわけじゃない。
 男なんていなくても、女は十分1人でも生きていける。
 それに私は、今のイケメン部署で満たされて毎日ウハウハ状態だし! 大満足!!



 ……そう見栄を張って、恋愛を完全に諦めている喪女(私)がここを通りますよ、っと。



・・・



「松永さーん、お風呂、お先にありがとうございました!」

 バスローブに着替え、松永さんが待つ部屋に戻る。ベッドに腰掛けながらフードメニュー表を見ていた松永さんが、私の呼び掛けに反応して顔を上げた。立ち上がり、サイドテーブルにメニュー表を置く。

「ん。じゃあ俺入ってくる」
「はーい、どうぞ」
「お腹すいたでしょ? 先にご飯頼んでいいよ。頼み方わかる?」
「このテレビで注文できるんですよね? わかりますよー」
「そうそう。メニュー表はここに置いておくから」

 そう言いながら浴室へと向かう後ろ姿を見届ける。後輩の癖に、先輩よりも先に入浴してしまったことに小さな罪悪感が湧いた。
 上下関係が厳しい部署じゃないし、松永さんなりに女の私を気遣ってくれたんだろうけど、私より松永さんの方が疲れているはずだから、後輩の私が気遣ってあげるべきだったのに。後で気づいても遅い件。

「あー、ラブホ久々だー」

 ぽすっとベッドに倒れこむ。さっきまで松永さんが座っていた場所を占拠した。ふんわりと体を包み込む、もっふもふの羽毛布団が気持ちいい。
 室内は綺麗なオルゴール調のBGMが流れていて、全体的に白を貴重とした部屋の造りは好感が持てる。高校生の時に初めて行ったラブホは、もう少し装飾が派手だった記憶があるから。

 視線をテーブルに移せば、フードメニュー表とリモコンが見えた。フードの注文方法を知っているということは、松永さん自身も過去にラブホ経験者なんだろう。それ自体は構わないけれど、どこか、私に対してよそよそしさを感じるのは気のせいだろうか。
 ……いや、でも普通に目を見て話せているし、機嫌が悪そうって感じもしない。まさか緊張してる……いやまさか。あの人に限ってそんな。

 それに、緊張してるのはむしろ私の方だ。

 松永さんと2人でラブホに泊まっても平気! なんて思っていたけれど、密室空間に2人きりなんだと自覚すれば意識してしまう。何もやましい事なんて起こらないとわかっていても、やっぱり、少し身構えてしまう。でも、それを悟られないようにしなきゃいけない。松永さんを困らせることだけは避けたかった。

 気まずさを悟られない為に、ご飯をもりもり食べてさっさと寝てしまうに限る。ベッドも広いし、お互い距離を取って寝ても問題ないっしょ。と自己完結させて、勢いよく身を起こした。
 リモコンを手に取り、電源ボタンを押す。フードメニューの注文画面に切り替えた時、浴室のドアが開いた。

「……うわぁ……」

 思わず感嘆の息が漏れる。バスローブを羽織っているだけなのに、神々しいまでに眩い松永さんの姿に惚れ惚れする。男の癖に美しすぎて目ん玉飛び出るかと思った。なんだあの人、国宝級イケメンか? 前世ガンジーだったのかよ? あ??

 悶々としている私の元に歩いてくる松永さんに、不自然なところは全く無い。よそよそしく感じていたあの違和感は、やっぱり私の気のせいだったらしい。

「松永さん、食べたいものありますか?」
「あれ、何も頼んでなかったの?」
「松永さんが戻ってくるのを待ってました。一緒に食べましょ!」

 いつも通り、いつも通りに接すれば何も問題は起こらない。何度も自分に言い聞かせて、精一杯の笑顔を作る。

「どうしようかな。椎名さんは食べたいものある?」

 松永さんが私の隣に腰を下ろす。テレビ画面を見ながらリモコンをぽちぽちしている彼から、バレないように微妙な間を取って離れた。

「あ、私あれ食べたいです!タコのから揚げ!」

 同時に声を張り上げて画面を指さす。
 松永さんの指が動き、カート画面に『タコのから揚げ』が追加された。

「いいね。タコ美味しそう」
「松永さん、タコのから揚げって自分で作ったことあります?」
「いや、ないな。椎名さんは?」
「あるけど、全然上手く作れないんですよ〜。からっと揚げたいのに、いつもしなしなに仕上がっちゃうから絶望〜」
「ねえ椎名さん」
「なんですか?」
「今、なんで俺から離れたの?」
「うへっ?」

 不意打ちもいいところだ。びっくりして声が裏返ってしまった。
 顔を引きつかせた私に、松永さんはニッッッコリと笑う。

「そんなに俺、近すぎた?」
「いっ、いえ全然! 大丈夫です!」
「大丈夫って何が?」
「えっ? えーと、何でしょう?」
「自分で言ったのにわかんないの?」

 タジタジになっている私を、くすくすと愉しそうに笑いながら眺めてくる。私の知らない素の一面を、前面に押し出してくる松永さんにたじろいだ。

 え、何この人。めっちゃ攻めてくるやん。松永さんってこんなキャラだったっけ?
 いやキャラも何も、お前は松永さんの何を知ってんねんって話になるけれど。社内で見るイメージと隣に居る松永さんが合致しなくて戸惑ってしまう。プライベートではこんな意地悪っぽい面もある、という事かもしれない。

 しかし松永さん、目ざといな。まさかバレてるとは思わなかった。それに距離を空けた理由を問われても、どう答えるのが正解なのかわからない。パーソナルスペースに入ってくる人間を警戒してしまうのは人間の本能だから、としか答えようが無い。なんて理性的で可愛くない返答だ。
 けれど、「近すぎると意識しちゃう☆」なんて可愛い子ぶりっこする勇気はない。

「あの、特に何も意味はないので気にしないでください」
「……ふーん」

 あ。これは全然納得していらっしゃらないお顔ですね。

「そうなんだ。残念」
「は、はい??」
「俺のこと、男として意識してくれたのかと思った」

 突拍子も無い発言に唖然とした。
 言葉を失う私に、松永さんは淡々と言葉を紡ぐ。

「椎名さん、さっきも言ってたじゃん。『男女2人でラブホに入っても、別にどうってことない』って。あれさあ、俺ちょっとムカついたんだよね。俺の事なんか全く眼中にない、って事でしょ?」
「え、」

 ムカついた。その不穏な一言に顔が強張る。頭から冷水を浴びたかのように感じて体が硬直した。
 自分の失言のせいで機嫌を損ねてしまったのかと思うと、今度は違う種類の緊張と不安が襲ってくる。

「あああの、松永さんっ」
「うん?」
「怒らせてしまったならごめんなさい……でも、そんなつもりはなかったんです。松永さんのプライドを傷つけるつもりは全然なくて、」
「うん、わかってる。椎名さんは安易に人を傷つけるような子じゃないから。……でもさ」

 松永さんの手から滑り落ちたリモコンが、コト……とテーブルの上に落ちた。

「あからさまに『男として興味ありません』って言われると、逆に意識させたくなるんだよね」

 ふわっと微笑みながら放った松永さんの告白。
 全身に緊張が走り抜けた。

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