だから早く俺のところに堕ちてきて7


 彼の腕がヘッドボードに伸びて、あらかじめ用意されていた小さな袋を掴み取る。何の迷いもなく口に咥えて、私の目の前でピリッと豪快に破いた。慣れた手付きで準備を整える松永さんの姿を、経験の浅い私は呆けながら眺めることしかできなくて。

 ……うん。やっぱりこの人、慣れてるな。

「………、変な顔してるね」
「失礼ですよ!」
「なんか余計なこと考えてるでしょ」
「いや、経験豊富なんだろうなあって」
「……全然だけど」
「いやいや隠さなくていいですよ〜」

 内心傷ついてたけどバレたくなくて、へら〜っと笑いかけて誤魔化した。あの告白に深い意味はないのかもしれないと、そう思ったら急に胸が痛み始めて戸惑った。その痛覚は瞬く間に胸いっぱいに広がって、何故か悲しさが込み上げてくる。私だけを求めてくれているんだと、とんだ勘違いをしていた自分を恥じた。

 そんなわけないじゃんか。アホかわたし。
 相手は松永さんだ。社内でも1、2位を争うほどのイケメンだと謳われている人で、社外でも松永さんの女性ファンはとにかく多い。彼の追っかけをするくらい熱血な子達までいるくらいだ。
 会社の外で待ち伏せされていたり、女の子達から声を掛けられている姿を何度も目撃してる。そんな凄い人が、2つ下の地味な後輩相手に本気になるはずがないのに。ファン心理と恋愛感情は全く別物だ、勝手に期待して失恋した気になって勘違いも甚だしい。

 ……なんて、心の中でそう捲し立てて。
 直後に思考が急停止した。

 ……失恋って。
 失恋ってなんだ。
 まるで松永さんに恋してるみたいな。

 いや、これは恋愛じゃない。松永さんのことを意識してる訳じゃない。そうは思っても、私の直感が、心が、本能が「違う」と叫ぶ。急激に脳が冷えていく感覚に、舞い上がっていた気分はどんどん下降していくのがわかって虚しくなった。
 憧れだった先輩から好きと言われて、優しく抱かれて、思わせ振りなことばかり伝えてくる松永さんに、いつの間にか私は絆されてしまっていたんだ。だから今、こんなに傷ついているんだから。

 好きの一言だけで、あっさり彼に堕ちてしまった単純さと浅はかさに笑えてくる。身の程もわきまえずに期待なんかしたりするから、こんなに惨めな思いをする羽目になったんだ。この人が私に本気になるはずがないのに、ちょっと優しくされたから、特別扱いされたからって調子に乗って、付け上がって。本当に馬鹿としか言いようがない。

「……松永さん、するの?」

 恐る恐る尋ねれば、彼は私に覆い被さったまま静かに微笑んだ。

「やめる?」
「んー……」
「俺は続き、したいけど。律が最後までしたくないなら止める。……好きな人にこれ以上、無理強いしたくないし」
「………」

 ほら、また思わせ振りなことを言う。
 これが松永さんのスタイルなのかもしれないけれど、頼むからこれ以上、期待させるようなことを言わないで欲しい。チョロイ女だから真に受けてしまうから。

「や、続きしましょ。私もしたいです」
「……本当に? 無理してない?」
「無理なんて……あ。でもわたし、久々だから痛がっちゃうかもしれない。前の彼氏と最後にシてから3年ぶり? くらい経ってるのかな? だからお手柔らかにお願いします〜」

 ……わざと元彼の存在を露呈した。やけくそで最低なことを言ったのは、男は貴方だけじゃないと強がりたかったからで。そうすることで嫉妬してもらおうなんて馬鹿げてる。一夜の遊び相手に嫉妬なんて、この人がそんな事をするはずないのに。

 そう、思っていたけれど。

「……ねえ。ベッドの上で他の男の名前を出すのは、さすがにマナー違反じゃない?」

 思いのほか、機嫌の悪そうな声が聞こえた。

mae表紙tugi

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