だから早く俺のところに堕ちてきて6


「イッちゃったね。大丈夫?」
「ん……」

 荒い呼吸を整えている間、松永さんは何も言わずに束の間の休憩を与えてくれる。私の頬や頭を撫でて、汗ばんだ額にぺたりと張り付く髪を避けて、軽く触れるくらいの柔らかい口付けを落とす。
 じんわりと甘い感情が胸を満たす。身体のどこかしらに彼の手が、唇が触れているのが素直に嬉しかった。涙交じりにほくそ笑む私を、松永さんは目を丸くして眺めている。

「……笑ってる?」
「なんか、楽しくなってきちゃって」

 絶頂の波が引いていく中、ふわふわとした頭の中で考える。一夜だけの遊び事なんて穢らわしいイメージがあったから毛嫌いしてたのに、いつの間にかのめり込んでしまった事に驚く。ここまで我を忘れて行為に溺れてしまったキッカケは、やっぱり、彼の告白が要因だ。

 こうして松永さんに抱かれるのも今日限りかもしれないと思うと、不思議と寂しさすら湧いてくる。時間が経てば自己嫌悪に苛まれる日が来るんだろうと思っていたけれど、その考えが早くも覆されてしまった。心細さを感じる程に、私の心は松永さんに傾いてしまっている。抱かれる直前に告げられた宣告通り、今日の出来事は私にとって、一生忘れることができない日になるんだろう。
 そんな奇跡に近い1日を、こんなに夢心地のまま終わらせることが出来るのは、ある意味で幸福なことなのかもしれない。

「こうやって松永さんにハマる被害者が増えていくのかあ……」

 なんて冗談交じりに呟いた私を見て、穏やかだった松永さんの表情が一変した。むっとしたように顔をしかめて、唇を尖らせる。その子供っぽい表情に、また胸がきゅんっと疼いた。

「被害者って何。人を犯罪者みたいに」
「や、ある意味罪な人ですから……」

 男の人は恋愛感情が無くても女を抱けるっていうのは、昔からよく聞く話だけど。誰がそんな根拠の無い事を言い始めたのかは知らないけど、もしかしたら真実なのかもしれない。
 たとえ一夜だけの相手だったとしても、ここまで至れつくせりな愛撫を施されて、甘い言葉も沢山囁いてくれて、ありったけの愛情を注いでくれる男に嵌ってしまう女がいたっておかしくはない。私はハマらないけどね。

「モテるっ人てやっぱり凄いな〜いいな〜その百戦錬磨の技を私も身に付けたい」
「いや待って。何の話?」
「モテまくりたいって話です」
「……なにそれ。絶対だめ」
「えー」

 喪女なんだから、せめて夢くらいは見たっていいじゃないか。リアルな恋愛には興味ないし彼氏も要らないけれど、ただ男にはモテたい。チヤホヤされたい。あわよくば振りたい(最低)。恋人を作りたいという意思がなくなった分、そんな集注欲求だけは強くなった気がする。

 不特定多数の異性から関心を持たれたいと思うのは、誰しもが当たり前に抱いている深層心理だ。その欲求を十分に満たしてくれる今の部署に、私は毎日満たされているだけなのに。イケメンが毎日話し掛けてくれる、そんな日々の楽しみすら奪われてしまったら、これから私は何を気力にして仕事に励めばいいのか。絶対だめ、なんて松永さんは簡単に言うけれど、推しメンがいる職場というのは本当に貴重なんだから。
 そんな私の訴えも、モテる人代表の松永さんにはやっぱり理解できないようで。

「なんで不特定多数の人からモテたいなんて思うわけ?」

 不満そうに言われた。

「それ普段からモテモテの人が言います?(笑)」
「……別に俺モテないし、モテたいとも思わない」
「えーそれは絶対嘘です」
「嘘じゃないし、1人からモテればそれでいいじゃん。俺じゃだめなの?」
「へ?」
「だから、俺じゃだめなの?」

 何が? と言いかけて言葉を止める。瞬間、脳にフラッシュバックした、真摯な眼差しで告げられた彼の一言。「好きなんだよ」と私に伝えてくれた松永さんの告白を、忘れていた訳じゃないけれど本気に捉えてはいなかった。私のことは、ちょっとお気に入り程度なんだろうと思い込んでいただけに、その思わせ振りな発言に焦ってしまった。

 ……まさかアレは、本気の本気なんだろうか。
 彼の真意を確認したくて口を開こうとしたけれど、松永さんが先に動いてしまった。

mae表紙tugi

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