だから早く俺のところに堕ちてきて1


 一瞬、その単語の意味を飲み込めなかった。

 ……好き。好きって。

「……え、え? うそ、え」
「………」

 戸惑いから出た声は掠れていた。仕方ない、まさか松永さんから愛の告白をされるなんて、微塵も思っていなかったから。青天の霹靂だった。

『───俺は、椎名さんが好きなんだよ』

 彼の一言が鮮明にフラッシュバックされる。
 え、なんで? 何の冗談? それとも本気? 訊き返したいことは山ほど湧いて出てくるのに、頭の中はパニックに陥っていて何も言葉が出てこない。
 呆然としている私を見下ろしながら、松永さんはバツが悪そうに笑う。

「……ごめん、急に変なこと言って。でも椎名さん、全然気づいてくれないから」
「………」

 薄暗い部屋の中でもわかる。ほんのりと赤く染まった松永さんの目元が、嘘偽りの無い告白だと証明してくれているように感じる。もし、もしも本当に彼の告白が本物だとしたら、松永さんの意味不明な言動も、機嫌が悪くなった理由もわかる気がする。

 いくらラブホをビジホ代わりに使うような時代になったとはいえ、そもそもここは、そういう目的のカップルが行き着く場所であることに変わりない。その認識は当然松永さんにもあるし、好きな人からラブホに誘われたら、それは期待してしまうのも当たり前だ。なのに、「異性として意識していないから平気」なんて言われたら誰だって傷つくに決まってる。私が同じ立場でも相当ヘコむ。

 今日をキッカケに先輩後輩という一線を越えたいのであれば、松永さんが私を抱きたいと言った理由も理解出来る。もし「好き」という言葉だけを伝えられても、多分私は彼の告白を真に受けなかっただろうから。今でさえ、まだ疑ってるくらいだ。相手が松永さんでなければ、まだ信じられていたのかもしれないけど。

 極端な話、身体を繋げてしまえば嫌でも抱かれた相手のことを意識する。松永さんに抱かれた上で告白されてしまえば、いくら鈍い私でも、松永さんを男として意識してしまう。他の同僚みたいに、羨望の眼差しで見つめることなんて絶対に出来ない。それをわかった上で私を抱く気だったとしたら、松永さんは結構な策略家だ。

 いや、でも。本当に彼の告白を真に受けてもいいのだろうか。なんせ、相手は松永さんだ。社内一のイケメンだと噂されるような人で、仕事も出来て後輩思いで優しさにも溢れている先輩だ。外に出歩けば瞬く間に、周囲からの視線を一身に集めてしまうほどのオーラを持っている人なんだ。
 そんな凄い人が私に好意を抱いているなんて、本人から直接言われても全く実感が湧いてこない。どう頭を捻って考えても、松永さんが私なんかに惚れる構図が浮かんでこなかった。

「な、なんでですか?」

 やっとのことで出た言葉が、不躾な質問だってことは承知の上で訊いてみる。その質問には色んな疑念が含まれていた。なんで私? という素朴な疑問もあるし、彼の「好き」が本当なのかを晴らしたい思いもある。彼の告白が信じられなくて、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうから。
 私から疑いの眼差しを向けられて、松永さんは落胆したようにため息を溢す。

「……そういうところだよ、椎名さん」
「え」
「なんで、なんて訊かないでよ。俺の気持ち、全然信じてないじゃん」

 ストレートに指摘されて、ぐっと言葉に詰まった。全く反論できないのは、彼の言うことが図星だからだ。元々そんなに疑り深い性格じゃないけれど、相手が相手なだけにどうしても信じきることができない。見た目も頭も営業成績も、私と松永さんとでは雲泥の差があるのだ。松永さんが惹かれるような要素が私にあるとは思えなかった。

 恋愛感情が無くてもセフレが欲しいとか、ワンナイトラブを楽しみたいという男女は一定数いる。けれど、もし松永さんが割り切った関係を望むのであれば、私に告白をした意味がわからなくなる。割り切った関係に恋愛を挟めるのはただただ面倒で、不要な感情だからだ。わざわざ相手に「好き」なんて伝える必要はない。じゃあ、やっぱり彼の告白は本物なんだろうか。
 ……いや、ワンナイトを成功させる為の演出、という線も考えられる。私に拒絶されたから、今だけ私をその気にさせる為に告白した、なんて、さすがに考えすぎだろうか。そこまで労力を費やす必要があるのかどうかも疑問だし、何より効率が悪すぎる。ならやっぱり、彼の言葉は本当? 信じてもいい、のか?

 ……駄目だ。何もかも拗れ過ぎて考えがまとまらなくなってきた。

「……すみません、ちょっと頭が混乱してるので。少しだけ時間をください」

 とりあえず一旦落ち着こう。考えがまとまらないのは、さっきまで首筋にキスされまくったせいもあるんだ。いまだに甘い熱を帯びている身体の疼きを鎮めない限り、掻き乱されっぱなしの思考では正解の答えも導き出せない。冷静になってから考えれば、改めて見えてくる答えもある筈だ。
 そう思って一時休戦(?)を願い出たのに、返事を待たずして私の提案は却下された。

 松永さんが急に上半身を起こし、私の両脚に腕を回す。膝裏を肘にひっかけて、グイッと上に持ち上げられた。

「ぎゃッ!……っえ、ちょ……ッ!」

 両脚を彼の肩に担がれ、ぐっと重みを掛けられて。今にも挿れられてしまいそうな体勢に、一気に緊張感が走る。

「まっ、松永さんちょっと待って! 一度落ち着きましょ!? 色々考えたいこともあるしっ、」

 慌てて制止を掛けようとしても、松永さんは全然聞き入れてくれない。

「だめ。考える暇なんて与えない。このまま俺に抱かれて、俺の事ちゃんと意識して。明日から頭の中、俺でいっぱいになればいいよ」
「んっ……!」

 間髪入れずに唇を塞がれて、貪るような口付けに脆い理性が崩れていく。密着した肌から松永さんの体温が直に伝わり、同時に下腹部に当たるのは、紛れもなく彼自身の熱。その生々しい感触と焦がれるような熱さが、私の中に眠る女の本能を刺激し、快感を生み出した。
 下腹部がきゅんっと疼く。松永さんから荒々しく求められて、高揚感で胸が高鳴った。恋愛感情を抱いていない人に抱かれるなんて生理的に無理だと思っていたのに、実際に不快感だって最初はあったのに。「好き」という彼の言葉ひとつで、こんなにも感じ方が変わるのかと驚きを隠せない。その言葉が本当なのかもわからないのに。

mae表紙tugi

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