パンドラの箱を開けたなら、3


 彼の言いたいことがよくわからない。会話も噛み合っていない気がして、クエスチョンマークだけが脳内をぐるぐる回る。松永さんの機嫌が悪くなった要因は私にあるんだろうけど、彼自身もそんな言い方をしていたけれど。本当に私だけの問題なんだろうか、と腑に落ちない部分もある。
 とはいえ松永さんは今、相当落ち込んでいるように見える。数分前の様子と比べても、打って変わって大人しい。彼が今、どんな心情なのかはわからないけれど、私の胸に頭を置いたまま動こうとしない松永さんに、私は正直困り果てていた。
 どうせだったら胸じゃなくて、肩に頭を置いてほしかった。胸元に顔を埋められると、彼の柔らかな髪が乳房を撫でて結構くすぐったいのだ。こんな状況で不謹慎極まりないけれど、何も身に付けていない身体には、彼につけられた印がいくつか残っている。与えられた熱はいまだに奥で燻っていて、微弱な刺激でも反応してしまいそうになる。

 何とか松永さんに退いてほしいけれど、私から頭を掴んで引き剥がすのはさすがに躊躇いがある。だからって彼自身が退いてくれる気配もないし、どうにかこの体勢から脱したい私は、とりあえず口頭で伝えてみることにした。でも、どう伝えようか。「離れてくれませんか」なんて直球過ぎて言いずらいし、意気消沈している彼を更に落ち込ませるような発言は避けないと。

「あの」
「………」
「……き、キス、しませんか」

 何を言うてんねん。って自分でも思う。キスしたいとも、されたいとも微塵も思っていないくせに、わざわざ火に油を注ぐような発言をして、訳のわからん展開へ事を運ぼうとしてる。けれど私の言葉は妥協でもなければ誘いでもなく、私なりの考えがあってこその発言だ。

 この一言が功を成したようで、松永さんがゆっくりと顔を上げて上半身を起こす。そのお陰で、微弱な刺激から無事に解放された。松永さんと目が合って、絡みつく視線に居た堪れない気分になる。自分が放ったキス発言を思い出して、頬にかっと熱が上がった。
 羞恥心が渦を巻くように胸の中を覆い尽くす。真っ赤になった顔を背けるように、彼から視線を逸らした。

「あの、違いますよ。あれですよ」
「………」
「な、仲直りのキス的な」
「………」

 口を開く度に墓穴を掘っている気がするのは何故だろう。

「……私も、後先考えずにラブホへ誘ったことは反省してます。これからも反省します。ごめんなさい。だから、仲直りのチャンスをください。このまま松永さんと気まずくなるのだけは絶対に嫌です」

 あやふやな態度をとったところで誠意なんて伝わらない。ちゃんと胸の内を明かせば、彼もわかってくれるはずだと信じて言葉を紡ぐ。
 どんなにプライベートの姿が理想と違えど、松永さんが私の尊敬する先輩であることは、この先もずっと変わらない。彼にとっていい後輩でいたい、そう願う気持ちが薄れることはなかった。
 彼とどうこうなりたいという欲が無い以上、ワンナイトは無理な頼みだけど。でも仲直りのキスなら、うん。1回だけなら許せる。上から目線もいいところだし、さっきまでめっちゃキスされていた身ではあるけれど。あれは全部ノーカンでいいや、って目を瞑ることにした。

 ぎゅうっと強く目を閉じて、再び迫り来るキスに備える。何気にキス待ちの顔を相手に見られるって恥ずかしすぎてたまらない。絶対ブス顔になってるだろうな……なんて、内心ヘコみながら待機していた時。
 ちゅ。と首筋に可愛いリップ音が響いた。

「……あっ」

 生温かな感触が肌を伝い、緩やかに襲う甘い刺激に声が震えてしまった。
 慌てて唇をきつく結ぶ。松永さんが私の首筋に顔を埋め、ちゅ、ちゅっ、と甘いキスの雨を降らせていく。耳元に悩ましげな吐息まで触れて、そのくすぐったさに耐えられずに身を捩った。

 え。このひと、人の話ちゃんと聞いてた?

「松永さんっ、」
「……だめだよ」
「え?」
「……お願いだから、勝手に話を進めて終わらせようとしないで」

 懇願するような悲痛な声に、抵抗する意思が揺らぐ。私達の主張はずっと噛み合わないまま、仲違いを起こしている現状に疲労感すら覚える。私はヤりたくなくて、でも松永さんは抱く気満々で、どうしたって相容れないのなら、これ以上話をしても意味ないんじゃないかと思うのに。松永さんは「勝手に話を終わらせるな」と私に言う。
 顔の横に両肘をつき、松永さんは上から私を見下ろしてくる。その瞳が不安げに揺れていて、どうしてそんなに悲しそうな顔をするのか、私には何もわからなくて。

「……好き」
「……へ?」
「俺は、椎名さんのことが好きなんだよ」

 思いもよらない告白に、今度こそ言葉を失った。

mae表紙tugi

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