Rachel

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動かなくなった肢体は、先ほどまで生を受けていたのが嘘のように冷たくなっていた。
わたしはそれを、ただジッと見つめることしか出来なかった。


* cold as ice *


食糧探しに一日費やしてしまった一行は、今日もまた同じ場所に停泊して、明日出航することとなった。
結局、リルは夕飯を食べることなくみんな寝静まった。
そんな静まり返った甲板に今、リルはひとり佇んでいた。

(まるでこの世に誰も…居ないみたい…)

静寂は孤独を呼び、孤独は虚しさを含んだ。
いっそ、誰も居ないのなら泣き叫んでしまいたかったけど、リルにはそれは出来なかった。

――あなたのお友達も、“アレ”も、同じように生きていたのよ?

ロビンの言葉を思い出して目の前が揺れた。
昼間に甲板で見た“食糧”たちは綺麗に片付けられていた。

今までずっと逃げ続けていたのだ。
目を背けて、周りの優しさに甘えて、考えないようにしていた。

生きるということは何かを糧にするということ。
そして、その糧は全て命あるものだということを。
動物も植物も、彼らも…

わざわざ自分の為に他のクルーとは違う食事のメニューを考えてくれている優しい笑顔を思い出して、ぎゅっと目を瞑った。

(魚だけは、食べたくないだなんて…)

そんなことは、とても言える筈がない。

「リルちゃん?」
「っ…」
「何してんだい?」

見上げれば、キッチンから漏れる光を背負ったサンジが、扉の向こうから顔を覗かせていた。

「さぁ、どうぞ」
「……」

差し出された温かいミルクをそっと手に取った。
それをゆっくりと流し込むと、ぎゅっと胃が縮むような気がした。

リルをキッチンへと手招いたサンジは仕込みの途中だったらしく、ミルクを温めた小さな鍋を片付けながら、グツグツと煮立つ大きな鍋の火加減を確認した。

(やっぱり邪魔、かな…)

いつも心配してあれやこれや言うサンジが珍しく静かなものだから、リルも気後れしてしまい、これを飲み終わったら部屋に戻ろうとマグカップに口をつけた時だった。

――ぎゅるるるる…

「え?」

隠しようもないほど盛大な音がキッチンに響き渡ってしまった。
もちろん、それはサンジの耳にも届いていて、驚いた顔を目が合ってなんとも居た堪れない。

「くっくっくっ…」
「!!」

更に声に出して笑われては恥ずかしさの境地というものだ。
先ほどまで命を戴くことについて考えていた自分は一体なんなのかと苛まれたリルは、最早俯くしかなかった。

「良かった、夜食が無駄にならなさそうで」

それなのに、楽しそうに笑ったサンジは大きな音を立てて冷蔵庫を開けた。
リルがチラリと視線を上げると、サンジの手にはおにぎりの乗った皿があり、その奥には切り分けた肉や魚が見えた。

「ごめん…リルちゃんが生まれ育ったところを考えれば分かるのにな…」

リルの視線に気付いたらしいサンジは、申し訳なさそうに冷蔵庫の扉を閉めた。

「魚はリルちゃんにとって友達なんだろ?」

そう言って目の前に置かれたおにぎりを見つめながら、リルは小さく頷いた。
人魚が魚と仲がいいのは良くある話だが、だからと言ってそれをサンジが謝る必要などない。
そもそも食の細いリルは、魚以外にも食事を残してしまっていることが多かった。

(謝らなきゃいけないのは、わたしなのに…)

どうにか思いを伝えたくて、リルは紙とペンを取り出した。
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