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「え?」
一瞬、見間違いかと思って瞼を擦ったが、目の前の光景は何一つ変わらなかった。
女も驚いたように目を見開いたが、ユーサーと目が合った瞬間、瞳が悲しみの色に変わった。
まさか自分に復讐でもしに来たのかと慄いていると、女を連れて来た新入りが困ったように言った。
「どうしましょう?上物だと思ったんですが、怪我しているみたいで…」
「え…?」
視線を落とすと確かに足に怪我をしているようで、すねの辺りが黒ずんでいた。
(って、なんで足?ヒレは?)
ちょうど数日前に会った時には、確かにヒレがあったし、海の中をスイスイと泳ぐさまを何度も目にしている。
それなのに、目の前にいる女は二本の足で立ち上がっていて、もしかして人違いなのではと思い始めた頃に、とんでもない事実に気が付いた。
「な、なんで手枷も足枷もしてないんだ!」
「え?だって逃げられないっすよ」
「どうせ、こんな足だし」
「それは、そうだが…!」
新入り二人に両腕を掴まれただけの女は、逃げようと思えば逃げられそうな状態だ。
それなのに、女はユーサーを一心に見つめて視線を外さない。
その瞳はどす黒く濁っているように見えて、ユーサーは思わず息をのんだ。
どうしようかと困っていると、この間までユーサーを見下していた上司が、手のひらを返したように馴れ馴れしく肩を組んできた。
「よう!ユーサー!この間の人魚達が全部捌けたぞ!お前のおかげだ!」
「え、あ、いや…」
「こりゃー、幹部の椅子も近いじゃねぇーの?」
そうだ、自分はこれからもっと上り詰めていくのだ。
こんな小娘一人にビビッている場合ではない。
こいつもさっさと売り払ってしまえばいいのだ。
そう勢いよく振り返った瞬間、新入りたちが大きな声を上げて身をよじった。
「ぐわっ!?」
「いってぇ!!」
「ど、どうした!?」
驚いた上司が駆け寄ると、二人の手のひらが血だらけになっていた。
そして、その手が掴んでいたはずの女の二の腕も血だらけだった。
女は相変わらずユーサーだけを見つめていて、その形相はまるで獣のようだった。
「このっ小娘…!やってくれたな!」
「どうした!何があった!?」
「大丈夫か!?」
ユーサーが恐怖で動けないでいると、剣を抜いた上司と、駆けつけた部下や同僚たちが女を取り囲んだ。
「お嬢ちゃ〜ん?歩き辛そうだから枷外してやったんだぜ?」
「つけ上がりやがって、自分の立場分かってねぇだろ」
「……」
大の男たちに包囲された小さな少女。
その図はどう見ても多勢に無勢なのに、勝てる気がしないのは何故だろう。
「ぐぁ…っ」
「…くそっ!」
女を取り押さえようとした男たちは、彼女に触れた瞬間次々と悲鳴を上げて倒れていった。
予感は的中し、まるで心臓を鷲掴みにされたようになったユーサーは、息も忘れて震えた。
血だらけの地面に伏した男達の合間を縫って、女が少しずつ近付いてくる。
腕だけじゃなく、顔や胸元、足まで血に染まった女に、ユーサーは成す術もなく壁際まで追いやられた。
「やめろ…やめてくれっ、おれが悪かった!だから…!」
そう無様に命乞いをするユーサーは、結局どんなに富と名誉を手に入れても何も変わっていなかった。
逆に、純真無垢な少女を悪魔に変えてしまったのが自分だということに、ユーサーはまだ気付いていなかった。
なぁなぁ、俺の人生まだまだこれからのハズだろ?!
2015/02/26