砂糖漬けのラブレター

「おい、チョコレート寄越せよ」



 今日はバレンタイン。それを思い出したのはついさっきのこと。

 いつも夜中につまむお菓子がなくなっていたので朝コンビニに寄ったら、入ってすぐの棚にこれ見よがしにチョコレートが並んでいて、ああそういえば、と思い出したのだ。別にあげるような相手もいないし友チョコを交換するようなキャラの友達もいない。いないけれど、普段は見られない珍しいチョコレートが並んでいるとついつい気になってしまって、あまり高くないやつを何個か買って帰った。

 教室に入って先ほど買ったばかりのチョコレートを広げていると、四人という数少ない同級生の一人である五条悟が目の前に立ちはだかった。ひょろりと長い背中を折り曲げて私を見下ろす姿は、どう見たって人にものを頼む態度ではない。こいつの態度がデカいのなんて、今に始まったことではないけど。



「はい?」

「だから、チョコレート寄越せ」

「なんで?」

「なんでって……今日、バレンタインだろ」

「だから?」



 買ったばかりのトリュフチョコを口に放り込みながら言えば、五条は眉間に皺を寄せた。いや、そんな不機嫌そうな顔をされても。確かに今日はバレンタインだけど、私には好きな人なんていないし、友チョコなんてものをわざわざ用意する性格でもない。そんなの、彼だって知っているはずだ。

 そんなやりとりをする私たちを見て、硝子と夏油はにやにやと笑っている。いや、見てないで助けてよ。友達が絡まれてるんだよ?



「一つくらいいいだろ」

「だめ。これは自分で食べるように買ったの」

「こんなに食ったら余計豚になるぞ」

「うっさい!」



 余計ってなんだよ。今も豚だとでも言いたいのだろうか。失礼な。

 あんたには絶対あげない!と目の前に広げていたチョコレートを無理矢理カバンに押し込んだら、くそっと盛大な舌打ちをかまされた。どんだけチョコに飢えてんのよ。

 何度か攻防を繰り返してもチョコを渡さない私を見て、もういいと吐き捨てて、五条は扉を蹴り飛ばして教室を出て行った。



「なにあれ!」



 五条が出て行った扉を見つめて怒りを爆発させる私を見て、夏油はまあまあと宥めるように私の肩を叩いた。私と五条の仲が悪いのはいつものこと。慣れた様子で私の愚痴を聞く硝子は、あいつもバカだな、と微笑んだ。



「なんであんなにチョコ要求してくんの?なんのいたずら?」

「単純にチョコが欲しかったんじゃないの?」

「だったら自分で買えばよくない?なんで私に」



 金持ちのくせにと頬杖を突きながら唇を尖らせた私に、夏油は曖昧に笑うだけで何も教えてはくれない。様子を見た感じだと何か知っているんだろうけど、どうも教える気はないらしい。同学年に二人しかいない男子だ、味方をしているのだろう。



「今日はバレンタインだからな。名前からのチョコが欲しかったんじゃないか?」

「は?なんで?」



 純粋な疑問だったのに、分からないならいいよ、とため息を吐いた硝子はこの話は終わりと言わんばかりに席を立った。夏油もやれやれと肩を竦めると、つられるようにして教室を出て行った。なんなのよ皆して、と独り言を呟いて、私は先ほどカバンに押し込めたチョコレートを一口頬張った。






 あの後、五条は結局教室に戻ってこなくて、なぜか私が夜蛾先生に怒られた。なんで私が、なんて思いつつも、心の隅っこで、やっぱり一粒くらいチョコをあげればよかったと後悔する。五条があんなにチョコが好きだなんて知らなかった。

 もやもやする気持ちをすっきりさせるようにシャワーを浴びて、もう寝てしまおうと支度をしていた時、乱暴に部屋のドアが叩かれた。こんな叩き方をするのは一人しかいない。今行く、と声をかけて上着を羽織ってから扉を開けると、そこには教室を出て行った時と同じ顔で立っている五条がいた。



「なに」

「風呂、入ってたの?」

「そうだけど」

「ふうん」



 自分で聞いといて興味さなげに返事をした五条は、これやる、と持っていた紙袋を私に押し付けた。なにこれ、と袋のロゴを確認すると、そこには有名な高級チョコレート店の文字が。このお店、都心の百貨店にしかないのに。高専から百貨店までは電車を乗り継いで二時間かかる。もしかして、と顔を上げると、五条はバツが悪そうに視線をそらした。



「やる。バレンタインだし」

「……はあ、どうも」

「やる気のねえ返事だな」



 はんっと鼻で笑った五条は、私の反応を伺うようにちらりと反らしていた視線を寄越した。どうだ、嬉しいかとでも言いたげな目に、思わず笑ってしまう。嬉しいよありがと、と早口で返したら、五条は満足気に口角をあげた。

 ふと、名前からのチョコが欲しかったんじゃないかという硝子の言葉を思い出した。今日はバレンタインデーだ。好きな人に、自分の気持ちを添えてチョコレートを贈る日。なんだ、そういうこと?



「チョコあげたんだから、ホワイトデーはちゃんと返せよ」

「そんなに私からのチョコレートが欲しいの?」

「うるせえ。もらったら普通返すだろ」

「もっと素直になれないかなあ」



 は、意味わかんねーしとまたそっぽを向いた五条は、まるで小学生男子のようだ。頭をガシガシとかいて誤魔化しているけれど、その耳は少し赤く染まっている。ほんと、素直じゃない。

 まあ高級チョコももらったし?別にお返ししてあげないこともないけど、と同じく素直じゃない私の口から出た言葉に、五条はまた嬉しそうに笑って、期待してるわ、とはにかんだ。







タイトルは「確かに恋だった」より


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