友達以上恋人未満。響きは素敵だし、10代の頃ならそんな関係さえ楽しんでいたのかもしれない。でも大人になった今では、そんな関係がもどかしくて仕方がない。
「新年早々、こんな時間まで任務なんて大変だな」
「それはカカシさんもでしょう。お疲れ様です」
報告書を出し終えてようやく帰路につこうとした時、ちょうど任務を終えたらしいカカシさんに捕まった。こうして会ってしまえば最後、カカシさんはいつも私を食事に誘ってくる。私も断ってしまえばいいだけなのだけど、惚れた弱みというやつか、どれだけ疲れていてもついて行ってしまう。そして今日も案の定食事に誘われ、日付が変わる頃まで飲み、ゆっくりとした足取りで家へと向かう。
「名前ももう担当上忍になって結構経ったよね。どう?下忍の子たちは」
「生意気な子が多くてなかなか…教育なんて、私に向いてません」
「ま、慣れるだろ。そのうち可愛く思えてくるよ」
一目惚れ、だった。初めてガイさんに紹介してもらった日からずっと、カカシさんが好きだった。どこか気だるいミステリアスな雰囲気なのに、話してみると結構親しみやすくて。勇気を出して初めて食事に誘った日から、一体どれくらいの時間が流れたんだろう。幾度となく二人での食事を重ねて、一緒に帰り道を歩いて。二人は恋人同士なのかと周りから揶揄われたこともあるけれど、私たちの関係は何も変わらない。この関係に名前をつけるとするならば、「友達以上恋人未満」ってのが妥当だろう。告白する勇気もない。この気持ちに気づいてほしいような、気づかないでほしいような、そんな曖昧な感情を抱えたまま、私はいつもカカシさんの隣を歩いていた。
「そうそう、今日は向こうの方角に流れ星が見えるらしいよ」
「へえ、流れ星…。カカシさんって星とか興味あるんですか?」
「特別興味があるわけじゃないけど、せっかくだし見ていく?」
遅くまで働いたのに、このまま真っ直ぐ帰るのは寂しいじゃない。遠くの空を指差して目を細めたカカシさんは、そう言うと家とは逆方向に向けて歩き出した。彼が向かう先にあるのは、里を見渡せる少し小高い丘。確かにあそこなら星も綺麗に見えるだろう。慌ててその後を追いかけて、街灯の少ない真っ暗な丘を登る。スラリと背の高いカカシさんの隣に並ぶと、所々明かりのついた木の葉の里が眼下に広がっていた。
「あ、ほら。見えるよ、流れ星」
カカシさんの声に釣られて空を見上げれば、キラキラと光っている星たちの間を、すり抜けるように走っていく光の筋が見えた。わあ、と思わず感嘆の声が漏れる。このところ忙しくて空なんて見上げていなかったし、冬の空は、こんなにも透き通っているなんて知らなかった。聴こえるのは風で揺れる木の葉の音だけ。静かな世界に二人だけ取り残されたみたいな、不思議な感覚。
「たまには寄り道してみるもんだね」
「そうですね。綺麗……」
一つ、また一つと星が流れていく。あまりに幻想的な景色に、時間を忘れて見入ってしまいそうだ。
「流石に冷えるな」
「明日は雪、降るみたいですよ」
「そりゃあ寒いわけだ」
いくら羽織を着ていても、雪も降る季節だ。指先がつんと冷えて、少し悴む。温めるように両手をさすっていたら、カカシさんは突然向かい合うように立つと私の両手をとった。
「カカシさん?」
「指、赤くなってる」
私の両手を包み込むように握ったカカシさんは、そのまま顔を近づけると温めるように息を吹きかけた。口布越しのカカシさんの熱い吐息が冷えた指先にかかって、ジンジンと痛む。突然のことに驚いて固まってしまった私を見てカカシさんは笑ったけれど、両手はそのまま包んだままだった。
「あ、あの、カカシさんっ」
「ん?」
「離してください!こういうの、困ります…」
「どうして?」
「どうしてって……」
任務中や訓練中ならよく触れたことのあるカカシさんの手。でもこうして優しく触れられたのは初めてで、心臓がドキドキと速い鼓動を刻んでいく。カカシさんの手は、思っていたよりも大きくて硬い。そして、温かい。今まで感じることのなかった距離と熱に、胸がどんどん苦しくなっていく。今の関係が、余計にもどかしくなっていく。
「…私、カカシさんのこと好きなんです」
誰もいない、音も聞こえない。目の前のカカシさんだけが、私を、見ている。
「好きだから、こうして触れちゃうと、“もっと”って思っちゃうんです。苦しいんです。だから、離してください…」
私を見つめる真っ黒な視線が痛い。きっと私は今泣きそうな顔をしているんだろう。触れられて嬉しいはずなのに、苦しい。だけど心はもっと近づきたいと叫んでいる。伝えるつもりはなかった。伝えてしまえば、もう隣を歩けないと思っていたから。それなのに、手に触れただけなのに、想いが溢れて止まらない。情けない顔を見られたくなくて、私は目を逸らした。なのに、カカシさんはさらに顔を近づけると、冷えた私の指先に唇を寄せた。
「もっとって、思えばいいし言えばいいじゃない」
「へ……」
「俺は、もうずっと前から、“もっと”って思ってたよ」
ふわりと、やわらかい唇の感触がする。さっきまであんなに冷えていたのに、体の芯から指先までがブワッと熱くなる。至近距離で交わる視線に、頬までもが熱を持つ。
「カカシさん、それって……」
緊張からか驚きからか、私の声は掠れていた。期待を込めた視線にカカシさんは目尻を下げると、「本当は名前が仕事に慣れてからと思ってたんだけど」と笑った。
「俺も、名前が好きだよ」
星空がカカシさんで見えなくなる。先ほどよりも近くに感じる熱に、私はゆっくりと目を閉じた。
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