既成事実から始めましょう

 真っ白でふわふわな髪に、ビー玉みたいな青く透き通った瞳。普通の人よりもずいぶんと高い身長なのに、私と話す時は背中を折り曲げてくれるところなんかは特に可愛いと思う。でもそれは彼が普通の男の子だったら、の話で。



「名前、今週の土曜って任務あんの?」

「一応先輩なんだから、敬語使おうね」

「ハイハイ名前先輩。今週の土曜は暇ですかー」

「任務はないけど暇じゃないです」

「最初でそう言えよ」



 鼻に引っかかったサングラスをくいっと持ち上げた五条は、眉を寄せたまま私の前に立ちはたがると壁に片手をついて行く手を阻んだ。デカい図体とは裏腹に幼さの残る顔立ちは母性本能をくすぐる。顎を引いて上目遣いで私を見つめて、「それって俺より大事な用なの?」と甘えた声を出すこの男は、こう見えても将来五条家の当主となることが決まっている男なのだ。それだけでもすごいのに、六眼と無下限呪術を併せ持ち、体術もこなせる器用な男。五条家の分家の中でも地位の低い私なんかとはとても釣り合いが取れない。だから、できるだけ関わりたくなかったのに。




「歌姫と買い物に行く約束してるの」

「えーそんなん別日でよくない?俺と遊んでよ」

「前から約束してたから無理」



 目の前に掛けられた腕の下をくぐり抜けて先へ進むと、ぶーぶーと文句を言いながら五条は後をついてくる。五条は私のどこを気に入ったのか知らないけど、いつの間にかこうして私の後をついて回るようになった。どうやら彼は私が好きらしい。私と仲の良い歌姫に嫉妬して虐めてしまうくらいには。雛鳥が親の後をついてくるようにてくてくとピッタリ後ろに張り付く姿は高専ではもう名物になっているらしく、ほとんど話したことのない一年生にも揶揄われた。頼んでもいないのについてきては、木陰のベンチに一緒に座ってジュースを飲む。時折飛んでくる虫を無下限で弾いてくれるのは有難い。葉っぱの隙間から覗き込む陽の光に照らされる姿はなんだか幻想的で、時折彼が後輩であることを忘れてしまいそうになる。けれども目が合って嬉しそうにはにかむ姿は年相応の幼さを残していて、そのギャップにいつだって心臓は速いリズムを刻んだ。彼が五条家の人間でなければ、私は彼の手を取っていたのだろう。ただ、好きという気持ちと家柄や地位を切り離して考えられるほど私は子供じゃない。五条にはもっと相応しい相手がいるだろうし、婚約者だってもう決まっているのかもしれない。



「じゃあ日曜は?」

「日曜は、まあ、暇だけど………」

「なら空けててよ。午前中で任務終わらせてくるから」



 長い足を投げ出してポケットに手を突っ込んだ五条は、ずるずると背中を滑らせて空を見上げて眩しそうに目を細めた。普段とは違って自分より低い位置にある五条の頭をなんとなく眺めると、初めて彼の旋毛が見えた。ふわふわと風に揺れる白髪は案外しっかりとしていて堅そうだ。サングラスの隙間から覗く長く白い睫毛はくるりと上を向いている。本当に、綺麗。私の視線に気づいた五条はそのままコツンと私の肩に頭を預けると、甘えるように私の首筋に頭を摺り寄せる。真っ白な髪に指を通すように頭を撫でてやれば、五条は猫のように目を細めて嬉しそうに笑った。



「五条は、私の何がいいの?」



 さらさら、ふわふわ。何とも形容しがたい感触が指の間を通り抜ける。そんな中私から飛び出した質問に、五条は一度頭を上げて私の顔を見たけれど、少し考えるような素振りを見せた後再び元の位置に頭を乗せた。もっと撫でろと言わんばかりに擦りつけられる頭にもう一度手を伸ばす。ふわり、と夏限定のメンソール入りのシャンプーの香りがした。



「俺のこと好きなくせに、ごちゃごちゃといらないこと考えてるところ」

「……家柄とか釣り合いは、重要なことだと思うけど」

「はっ、くだらねえ」



 先ほどとは打って変わって全く可愛げのない顔をした五条は、空になった缶を術式で小さく潰してゴミ箱に投げ入れた。そもそも私は五条が好きだなんて一度も言ったことはない。もしかしてこの六眼とかいう瞳は人の気持ちまで見透かしてしまうのだろうか。もうこの際私の気持ちは置いといて、五条家の次期当主にとって釣り合いというものがいかに大切なものなのかを説明すると、五条は興味なさそうに投げ出した足先をプラプラと揺らした。



「じゃあ逆に、名前はどういう状況になれば俺のものになってくれるの?」

「ええ……五条が次期当主じゃなくなったりとか、私がそういう責任を負わなくちゃいけなくなった時、かな」

「ふーん」



 正直、どうしたってそんな日は来ないと思って適当に答えた。それなのに五条は、「じゃあさ」といつもより低い声を出すと、頭を撫でていた私の手を取って自分の方へぐっと引き寄せた。それと同時に反対側の手が流れるように後頭部に回って、視界が五条の青い瞳でいっぱいになる。ふに、と唇に触れる柔らかい感触に目を丸くすると、目の前の青がすうっと細められた。時間にしてほんの数秒、けれども何十秒にも感じられるその瞬間に、頬が熱を持つのが自分でも分かる。ゆっくりと放された唇からは、ちゅ、とわざとらしい音が聞こえて、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。驚きすぎてパクパクと口を動かすことしかできない私に、五条はふっと笑みを零すと、私の耳元に唇を寄せた。



「俺の唇奪ったんだからさ、責任取ってよ」

「奪ったって、五条が勝手に……!」

「五条家次期当主の唇は高いよ?」



 耳元で囁いて、そのままぱくりと耳たぶを口に含まれる。ゾクリと背中に電気が走るような感覚に思わず「やっ…」と声を漏らすと、最後にぺろりと耳の淵をひと舐めした五条はようやく私を解放してにやりと笑った。「これで俺のものになる口実が出来たな」と笑う瞳は楽しそうに輝いている。いつものように高い位置から見下ろされて、なんだか居心地が悪い。私の手を握ったままの五条の指がするりと手の甲を撫で、恥ずかしさで目が合わせられない。



「………………ずるい」

「なんとでも」



 いつもは子供のように甘えてくるくせに、今日はどこか大人びた五条は優しく私の頭を撫でた。「日曜、名前の部屋行くから、待っててよ」と色気を含んだ声は私の脳の感覚を麻痺させて、私は頷くしかなかった。今週の日曜、ついに身も心も五条のものになってしまうのだと思うと、緊張で今までどうやって話していたのかも忘れてしまう。そんな私と見て五条は「楽しみにしてる」と微笑むと、もう一度顔を寄せて薄い唇を私のそれに押し付けた。









企画サイト「アイの形を教えてよ」に参加させていただきました。




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