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二人でこの世界での最後の夕食を取り終えると、また明日やその先がずっとあるみたいに私達はコーヒーを飲みながら談笑した。
思い出話でもなく、本当に何でもない話を。
そして、明日からのことを話した。カカシさんはウキウキした表情で「向こうに行ったらどこへ連れてってくれるの?」と私にデートプランの考案を催促した。
おそらくこの光景を百人が見たら、百人とも順調に愛を育んでいるカップルだと思うだろう。もう二度と会えなくなる二人だなんて誰も思いはしないだろう。それくらい、私達は明るく過ごした。
それからカカシさんは、「影分身のオレとはキスまではしてもいいけど、それ以上はしないで欲しいな」と妬くように言っていた。
私は影分身も本物も一緒なんじゃないかなと思ったけれど、本物からするとやっぱり少し違うらしかった。

食休みを入れて少し落ち着くと、いつも通りにお風呂に入って、いつも通りにベッドへ入って横になる。暗い部屋の中でカカシさんが少しちょっかいを出してきた所から一つになると、何度も何度も繰り返した。肌を合わせれば、愛される悦びの中で悲しい現実を全て忘れられるような気がした。できることならこのまま彼の腕の中でも彼の上ででもいいから、事切れてしまいたいとすら思った。
しかし、そんなことは勿論起こらず、全て終わると彼の汗ばんだ胸板と腕の中におさめられて静かに眠りにつくのだった。

そのせいで、朝は普段よりは遅い目覚めだったが、いつも通りの朝をなぞるように支度をした。
まずカカシさんが先に目覚めて「おはよう」と言って微睡の中で私の手を握る。その温もりで私は目が覚め、「おはよう」を返す。
大抵ベッドを出るのはカカシさんが先で、彼が洗面台で歯を磨いている時に私が目を擦りながら彼を追いかけて洗面台に向かう。
鏡の前で歯ブラシをシャカシャカと動かしている彼の腰のあたりに後ろから抱きつくと、「おはおう」と歯を磨きながらまた彼が声をかけてくれる。おはよう、と言っているらしい。
朝からお茶目な彼に私は満足すると、シャワーを浴びにパジャマを脱いで浴室へと入る。私がシャワーを出ると、入れ替わるように彼がシャワーを浴びに入る。
私はすっきりと冴えた顔で、化粧水やクリームで肌を整え、髪を乾かし始める。そして、髪を乾かし終える頃には湯気をまとったカカシさんが浴室の扉から出てくる──そんな風に、出勤する日と同じリズムで支度をした。
支度をしながら、これが本当に最後なのが信じられなくなるくらいいつも通りだった。
それから一緒に朝食を食べて、化粧をして、服を着替えて、彼からもらった椿のピアスをつけて。
前日から準備していた一緒に向こうへ持っていく荷物も再度点検して、玄関のそばに準備をした。その中には初日に着ていたふわふわのパジャマも詰め込んであった。

支度が終わって午後の間、何もすることがなくなる。
もう夏も終わったというのに外で必死に鳴いているセミの声をBGMに、私達は再びベッドへ入って静かに抱きしめあっていた。身体の奥には、昨晩からの甘ったるいだるさがずっと残っていた。
見つめ合い、キスをして、愛おしそうな眼差しのカカシさんに髪を優しく撫でられると、彼の寂しさが瞳の奥に透けて見えるようで、胸が張り裂けそうだった。
私は表情を変えないよう努めていたが、それでも彼に「哀しそうな顔しないでよ」と慰められてしまう。私と彼は鏡合わせのようだった。

「カナは幸運の女神だから、何があっても最終的には幸せになるよ」
「幸運の女神じゃなくて、巫女じゃなかったでしたっけ」
「あはは、そうだった。でも、流れ星にお願いもして、てんとう虫もカナのところへやってきたんだから、装備的には女神様じゃない?」
「そしたら私はまず第一に、カカシさんを幸せにしますね」
「もう十分幸せだよ」
 
その時、カカシさんの声が少しだけ震えた気がした。

「出会えただけで、幸せだった」

私は彼の頭を自分の首元に抱き寄せると、何も言わずにただただ頭を撫でてあげた。彼の髪の毛は意外と柔らかく、髪の上を手が滑るたびにシャンプーのいい香りがふんわり漂う。
部屋の中には、彼の匂いと、衣擦れの音と、抜け殻のように横たわる私達があるだけだった。
外で鳴いていたセミは突然「ジジッ」と大きく一声鳴くと、一生を終えたのか急に静寂が訪れた。

ずっとこうしていても悲しさが募るだけだとわかると、私達は呼び出された十九時に余裕を持って家を出ることにした。
カカシさん曰く、私の布団や服、そのほかの荷物に関してはしばらく置いておいて欲しいとの事だったので、簡単に整理をして玄関へと立つ。しかし、いざ出ようとなるとどうしても名残り惜しくなってしまい、狭いたたきの上で抱きしめあったり、何度も何度もキスをしたりして、結局当初予定していたよりも遅れる形となった。
薄闇の中、私達は手をしっかりと絡め、寄り添いながらアカデミーへと向かう。


一旦火影執務室に向かい、三代目様に挨拶に伺った。
私は丁寧に、これまでお世話になった感謝とお礼を述べる。しかし、彼はそれどころじゃないといったような反応だった。どうやらいつもと変わらぬ私達の様子にひどく驚いていたようだった。
私の目をじっと見つめていたから、私がここへ来るまで泣いたかどうかを確認したのだろう。しばらくすると今度はカカシさんの顔をまじまじと見つめて、ほっとしたような顔をしていた。そして、急な儀式の実行を丁寧に謝罪したが、私もカカシさんも「最初から分かっていたことだから」と申し訳なさそうにする火影様を宥めた。それでも火影様の表情は晴れなかった。
それじゃあその代わりにと、私は少しの間お世話になった職場の人への手紙を何通か託した。火影様がどういう話の通し方をしているのかわからなかったため、私はあえて職場に挨拶に出向かなかったのだ。
火影様には、中身を確認して問題がなければお渡しくださいと一言添えた。彼は深く頷いて受け取ってくれた。


しばらくすると、ナルトくんとサクラちゃん、サスケくん、そして夕顔さんに、いつだか河原で見た眉の濃ゆい男の人がやってきて、室内は急に賑やかになった。この男性はガイさんといって、カカシさんの永遠のライバルだという。
もうさよならだというのに、ガイさんは丁寧に自己紹介をしてくれた。
その話を聞きながら、私はすっかり笑顔になっていた。カカシさんもいつも通り、穏やかに笑っていた。
これから帰るなんて嘘みたいだった。


最後にみんなで写真を撮った。
火影様の机の前で、私とカカシさんを中心にして、私の左横には火影様と夕顔さん、そして私達の前方にはナルトくん達三人、カカシさんの隣にはガイさんが並んだ。
撮った写真がその場で出てくるインスタントプリントのものを火影様のお付きの人が用意してくれていて、二枚撮影して一枚を私に、もう一枚はカカシさんに渡してくれた。
しばらくして写真が浮かび上がると、みんな回し見て盛り上がった。
私はその写真を持ってきていたアルバムの一番最後のページに大切に挟み込むと、「そろそろ準備が始まるから別室に移動して欲しい」と声がかけられた。
みんなにそれぞれお礼を言って、握手をして、さようならを告げる。私は誰の前でも笑顔だった。

あまり接したことのないサスケくんの前ではちょっぴりどうしようかと思ったが、意外にも「達者でな」と向こうから握手を求めてくれて、私は嬉しくなった。きっと彼はカカシさんを案じて見にきたのだろう。以前ラーメン屋で会った時のツンツンした態度しか見ていなかったから何を言われるのかと緊張したが、こうして私にも優しく声をかけてくれるなんて本当はいい子なんだろう。
サクラちゃんも「本当はもう少しお話ししたかったですけど……さようなら」と両手でしっかりと握手をしてくれた。
ナルトくんはといえば、「さよなら、カナちゃん……」と顔を歪めて鼻をすすっていた。
そして、こちらへきてしばらく私を見守りつづけてくれていた夕顔さんは、堪えたような顔で「お元気で」とハグをしてくれた。

「本当にお世話になりました」

関わることができた時間は少なかったけれど、それぞれに小さな思い出があって、私はまるでその思い出の花束を受け取ったみたいにじんわりと心が温かくなった。
突然放り出された世界で、全く知らなかった人達にこんな風に送り出して貰えるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。

「それではカナ、カカシ。こちらへ来てもらおう」

火影様とお面を被った人達に連れられて、私達は別室へと移動する。
入ると、がらんとした部屋で何もない。どういうことかと火影様を見やると、「二十時の決行まで暫し時間がある。再び呼びに来るまで二人で過ごすといい」と言ってお面の人と共に静かに出て行った。
どうやら私とカカシさんの最後のお別れの時間を作ってくれたらしい。どこまでもお優しい方だ。

部屋の真ん中で、私とカカシさんは真っ直ぐに向き合う。
いざ最後のお別れとなると、何を話したらいいのかわからず、私はしばらく彼を見つめたまま立ち尽くす。
彼もそんな私に困惑したような表情を浮かべ、じっと佇んでいた。彼の息遣いすら聞こえず、あまりの静かさに耳鳴りがするようだった。

「なんか、いざこうなるとあんまり実感がわかないね」

沈黙を破ったのは、カカシさんだった。こういう時にいつもする、あの眉を八の字に下げた笑顔だった。

「……でも、これで生身のオレは最後だ。数ヶ月間だったけど、とっても楽しかったよ。ありがとう」
「カカシさんには本当にお世話になりました。感謝しても感謝しきれません。こちらこそありがとうございました」

緊張からか、仮にも恋人だというのによそよそしくなってしまう。まるで、出会った頃に戻ったような口調だった。
それが可笑しくて、私達はいつものように顔を見合わせてふふふ、と笑う。この瞬間が私は大好きだった。
それから彼の大きな手が私の後頭部をと背中を包み込むように当てられると、私達は抱きしめあった。私も両腕をいっぱいに伸ばして彼の背中へと回す。

「こんなこと言うのは恥ずかしくて仕方ないけど、オレは本当にカナを愛してるよ。ここからいなくなっても絶対に変わりやしないから」
「……私もです」

抱きしめたまま、カカシさんが耳元で囁く。
「愛していた」ではなくて、「愛している」──それは、これからもきっと彼は私のことを覚えていてくれて、想い続けてくれるということで。
なんの根拠もないけれど、私も同じようにこれからもその気持ちは変わらないと思えた。
彼はそのまま続ける。

「最初は難しいだろうけど、泣いてばっかりじゃなくてちゃんと寝て、食べて、元気に仕事に行くんだよ?」
「……はい」
「お酒は飲み過ぎると危ないから程々にね」
「はい、」
「あともう一回言うけど、分身のオレとはキス以上はしちゃダメだからね」
「ふふふ、はい」
「それと……」

背中と後頭部に回された腕の力が不意にキュッと強くなる。

「……ほんとたまにでいいからさ、オレのことを思い出してくれたら嬉しいな。忘れないで、なんて贅沢は言わないから」

弱々しい声だった。いつか私が忘れてしまうことを前提にしたみたいな、そんな諦めの言葉のようにも聞こえた。

「……忘れられるわけないじゃないですか」

ほろり、と頬に一筋涙が滑り落ちる。彼に抱きしめられているうちに拭ってしまおうと背中から手を離すと、彼が腕の力を緩めて私を見つめた。
涙の跡に気づいたのか、カカシさんは口元を緩ませながら親指でそっと私の涙を拭った後、額から左頬、そして唇の順に彼の唇を押し当てた。これが最後のキスだった。

「さよなら、カナ」



しばらくしてコンコン、とドアがノックされ再び私達は呼び出される。
次に通された間には、巨大な装置とカプセルが設置されており、その中に分身の彼と二人で入るのだと言われた。
カカシさんはその場で影分身の術をして、二人になる。
本物のカカシさんは名残惜しそうに私と最後に抱擁すると、私の手の感触を確かめるようにしっかりと両手で握手をして「ありがとう、またね」と笑顔で見送ってくれた。
分身のカカシさんには「カナに変なことしないでよね」といつもの調子だった。分身の彼が「はいはいわかったよ」と悪態をつくのでつい笑ってしまう。

そして、もう一度火影様にきちんと今までお世話になったお礼を伝え、いよいよ二十時まで後数分に差し迫ると、私とカカシさんの分身は揃ってカプセルの中へと入る。
カプセルの周りでは、今まで見たことのない呪術者のような人達が沢山いて、何かを唱えている。その向こうには、真っ直ぐにこちらを見ているカカシさんが立っていた。
私はカプセルの中から彼にさよならを告げると、胸の前で小さく手を振った。
その時だった。またあの声が頭の中に響いてきたのは。

──行かないで!行っちゃダメ!

まだ私の本心は「帰りたくない」なのか。しぶといなぁなんて思いながら自分を嘲り笑う。そんな私に、カカシさんは大きく手を振り返してくれた。
すると、今までの思い出が不意にブワッと頭に流れ込んできて、ボロボロと涙が溢れ出てくる。
最後の最後に泣いてはダメだと必死に口元を押さえるが、全く意味がない。押さえる左手の指の隙間から嗚咽が漏れ出して、私はもうすっかり顔がぐしゃぐしゃになって、遠くに立っているカカシさんの顔すら滲んで見えなくなってしまった。
なんとなく、カカシさんは笑顔で見送ってくれているような気がした。彼だって辛いはずなのに。
私は精一杯頑張って声を押し殺すようにしていると、右に立っていた分身のカカシさんが「泣いていいんだよ」と優しい声で囁き、そっと手を繋いでくれた。
その言葉に、再び身体中の水分が涙となって溢れていく。

「目を瞑ってごらん。そしたら、もう気づいたら向こうだ。きっとオレも隣にいるから」
「……は、い……」

私は涙をグイッと拭って、向こうに立っているカカシさんに笑顔で最後、もう一度手を振る。
彼は私の思った通り、笑っていた。いつものあの優しい表情で。


呼吸をひくつかせながらゆっくりと目を瞑る。まぶたが熱い。
さようなら、カカシさん──心の中でそう唱えると、どこかへ身体が引っ張られるような感覚がして、私の意識はすうっと溶けてなくなった。


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