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「なにしてんだ、こんなとこで」
「あ、カカシ先生!」

急遽招集された任務が終わって、報告書を提出して帰ろうとアカデミーの敷地を出ようとすると、門のあたりでナルトがポツンと立っていた。
こんな時間に門のところに一人でいるなんて、何かあったのかとよくよく観察すると、手に巾着を持っている。
オレはその巾着に見覚えがあった。

「それ、カナの弁当箱じゃないの」

なんでお前が、と驚いて近寄るとナルトは途端に笑顔になる。

「カカシ先生が行っちゃった後、暇つぶしでアカデミーん中プラプラしてたら、じーちゃんとカナちゃんがランチデートしててさ!この弁当食べてーってカナちゃんに言われてありがたーくいただいたんだってばよ!」
「三代目とカナが?」

今朝までの時点で、火影様から呼び出しがかかったなんて話はカナから聞いていない。
一体なんのために二人でわざわざ会ったのだろうか。
心当たりがあるとしたら、この前オレが三代目に付き合うことになったことを報告しに行った件くらいだ。
しかし、わざわざその件で彼女を呼び出す必要があるだろうか。近況確認ならオレと一緒に呼んだって問題はないはずだ。
あえてオレが任務に出ている時にこっそり呼び出したのなら、目的はただ一つ──カナが元の世界へ帰る手立てが見つかったという話をするためか。

「何を話したとかは言ってたか」
「いや、全然聞いてねーけど」
「カナの様子はいつも通りだったか?」
「まぁ、いつも通りニコニコ優しかったってばよ」
「そうか……」

いつも通りという事は、本当にただの近況報告だったということか?
いや、カナのことだ。ナルトの前であからさまに暗い顔をするわけがない。

「カナちゃんってば何かあったの?」
「いいや、何もないさ」
「ふーん」

オレの考えすぎだろうか。
ナルトはちょっぴり不思議そうな顔をしてオレを見ると、「あのさ、カカシ先生」と巾着を差し出す。

「これ、カナちゃんに渡してくんない?」
「もしかして、そのためにオレを待ってたのか」
「だってカナちゃんの家わかんねーし、カナちゃん、明日の弁当箱無かったら困るかなと思って」

そこまで考えて待っていたなんて、優しい子だなと口元が綻ぶ。

「わかった、渡しておくよ」
「ちょー美味しかった!って言っといて!」
「野菜もちゃんと食べたか?」
「なんか野菜炒めみたいなの入ってたけど、カナちゃんの手作りだからめちゃめちゃ頑張って食った!」

残念。昨日は待機で帰りが早かったから、その野菜炒めはカナではなくてオレが作ったものだ。
バラしたい気持ちをこらえて「偉いな」と褒めると、ナルトは急に難しい顔をする。

「でもさでもさ、なんでカカシ先生ってば、これがカナちゃんの弁当ってわかったんだ?」

そう言えば一緒に住んでることは言ってなかったか。
今ここで話しても騒いで面倒なことになるだろうし、「ま、色々だ」と誤魔化す。

「ちぇっ、はぐらかしちゃってさー」

ナルトは唇を尖らせて頭の後ろで腕を組むと、オレをじっとりとした目で見つめる。

「やっぱりカカシ先生、カナちゃんと付き合ってんの?」

この質問にはどうしようか。
変に隠すと、カナが知った時に傷つくかも知れない。それに、火影様に報告しているからそのうち誰かを経由して知ることになるかも知れない。
オレは少し考えて、隠す事はせず「あぁ、そうだな」とあっさり肯定した。肯定して、騒ぐ前に逃げる算段だ。

「へーやっぱり……ってえぇ?!任務がどうとか言ってたのは?!」
「おっと、こんな時間だ。じゃあな、ナルト」
「あっ!カカシせん──」

受け取った巾着を懐へ仕舞い込むと、ナルトが「先生」と言い切るより早く、オレはその場をドロンした。

 
***


「カナ、帰ったよ」
「カカシさん!おかえりなさい!」

帰ると、カナはいつものように玄関まで出迎えてくれた。
朗らかな笑顔で、様子がおかしいところは一つもない。

「今日は買い物してたらちょっと遅くなっちゃってまだお夕飯できないので、先にお風呂でもどうぞ」
「あぁ、そうさせて貰うよ」

あえてすぐに弁当箱は渡さずに、風呂に入りながらどう探りを入れようか思案する。
カマをかけるか、はたまた直球ストレートに聞くか。
何かを隠そうとしている場合オレが遠回しに探りを入れれば、変に勘ぐって上手く誤魔化されるかもしれない。
カナはあぁいう性格だ。変に取り繕いそうだから、案外そのまま尋ねたほうが焦りが出て分かりやすいかも知れない──そう踏んだオレは、いつも通り和やかに食卓を囲んでいる最中、なんの脈絡もなく切り出すことにした。

「そうだ。帰りにナルトに会ってな」

一度食卓を離れ、風呂に入る前に部屋に隠し置いた弁当箱を持ってきてテーブル越しにカナに手渡す。
一瞬、カナの表情が固まった気がした。これは怪しい。

「ちょー美味しかった、だと」
「良かった!お口に合わなかったらどうしようかと思いました」
「それからナルトのやつ、カナが火影様とランチデートしてたとか言ってたけど……何かあったの?」

わざわざ心配そうな表情を作って、カナの様子を伺う。

「お昼にたまたま庭で会って、一人で食べてるなら一緒に食べないかって声かけていただいたんです」
「へぇ、凄いじゃない」

今日の天気は確か──曇りだったか。
確か、前に曇りの日に弁当を食べていたら急に雨に降られたことがあるから、曇りの日は室内で食べていると言っていたことがある。それなのに庭で食べていた、というのはおかしい。やはり何か誤魔化そうとしているに違いない。
それに、少しだけ焦りの色が見える。オレの読みは当たったようだ。

「カカシさん、火影様に私達のこと言いに行ってたんですね」
「隠すことでもないしね。それに、言わないで後からバレたら却って面倒なことになりそうだからねぇ。ところで火影様とはどんなことを話したの?」
「カカシさんと仲良くやってるか、とかそんな他愛もないことですよ。仕事のこととか」

いつもなら、楽しかったことや嬉しかったことに関しては自分から細かく話して来るのに、今は具体的に話そうとしない。やはり何か別の大切な話を──帰る方法が見つかった、或いはそれに近しいことを言われたんじゃなかろうか。

「そういえば今日、ピンチヒッターだったらしいですね」

そしてカナは急に話題を変える。
これはきっとそういうことだろう。何を話されたのかが気になるところだが、オレを呼ばなかったのだからまだ猶予はあるはずだ。
ようやくこれから二人の時間を大切に過ごそうとしていたというのに、もう心の準備をしなければならないなんて。オレはどこまでもツいていない星の下に生まれたらしい。

「あぁ、なんでも里の外れの方に暗部が出払ってるらしく、本来暗部の管轄の任務を上忍数名でやらなきゃならなくてな」
「あんぶ……ですか?」
「火影直属の暗殺部隊だよ」
「暗殺部隊?!」

カナは目を丸くして、ピタリと動きを止める。オレが出る任務が、下忍のナルト達との平和な任務ばかりだから驚くのも無理はない。「まぁ驚くよねぇ」と眉尻を下げた。

「昔、オレもそこにいたんだ」
「……カカシさんもなんですね」
「あぁ。びっくりした?」
「そんな風に見えなかったので……」

彼女は戸惑ったようにオレから視線を逸らす。

「忍は人を助けるのも仕事だけど、里全体を危機から守るのも役目だ。そのために、敵や裏切った仲間が襲ってくれば、酷いことであっても実行しなければならないんだ」
「……そうなんですね」

カナは俯く。
決して忍は誰が見ても気持ちのいい仕事、というわけではない。実態を知って、嫌われても仕方ないとは思う。
恐る恐る、「オレが怖くなった?」と尋ねると彼女は首を横に振った。

「いえ、そんなことは。カカシさんはカカシさんですから」

そして、ゆっくりとオレへと視線を向ける。

「ただ、こんな平和に見える世界の裏には、大変な思いをして守っている人達がいるんだなと思うと……月並みですけど凄いなぁって」
「カナはいつも嬉しいことばかり言ってくれるね。そういう風に思ってもらえるなんてありがたいよ。人殺し、なんて罵って来る奴もいるからさ」

まぁ、あながちそれも間違ってもいないんだけれど。それに、忍になった時点でその覚悟はできている。

しかし、暗部が出払うなんて何か大きな事件でもあったのだろうか。過去の経験から想像するに、何かの調査のようだがそんなに人数を遣るとは余程の事だろう。
それに、情報班も忙しくなっていると風の噂で聞いた。

まさか、カナ絡みでなにか別の問題でも発生したのだろうか?それだったら、問題を把握するために本人だけでなくオレも呼ばれるはずだ。
じゃあなぜオレには隠す──?

「カカシさん?どうかされました?」
「あ、いやぁちょっと今日の任務の振り返りを」

考え始めると、渦を巻くような思考の深みにはまっていく。
カナが心配そうな顔をしているのを見て、彼女に要らぬ不安を与えてしまっていることに気づくと、オレはもうそこでスッパリと考えるのをやめた。
カナにはいつでも笑顔でいてもらいたかった。
二人で過ごせる時間が、もうわずかになっているからこそ、少しも悲しい顔をさせたくないと思った。


しかし──その夜、一緒にベッドへ入るとカナの様子は明らかにおかしかった。
普段は電気を消すとすぐに寝息が聞こえてくるのに、今日は藍色に包まれた暗い部屋の中でもわかるくらい眉間にシワを寄せながら目をつむっている。
無理矢理目を閉じて眠ろうとしているようだった。

「カナ?眠れないのか」

彼女のいる右側へ身体を向け、囁くような声で問いかける。
ゆっくりと彼女のまぶたが開くと「なんか興奮しちゃってるみたいで」ともじもじしながらオレへ目線だけを動かした。

「なにそれ……まさか……夜のお誘い?」
「ち、違いますよ!」

火影様に言われたことを気にして眠れないのか。彼女の気持ちをほぐそうとしてそんな冗談を言うと、カナは照れたようにオレの手をキュッと握った。
可愛らしい反応にオレもニンマリ顔だ。

「じゃあどうしたの。言ってごらん」
「うーん……」

火影様の件で眠れないとしたら、白状させるいいチャンスだ。曇る彼女の表情に、オレはいいことを思いつく。
「言わないなら、そうだな」と言いかけてやめると、掛け布団の中へ左手を潜らせ、腰のあたりからグイッと彼女の身体を抱き寄せる。
すると、観念したのか「言います、言いますから!」なんて慌ててオレの腕から逃げようとジタバタもがいた。
恥ずかしがるのはわかっていたが、そこまで拒否しなくても、とオレは少し傷ついてしまう。
カナは落ち着くと、小さな声で話し始めた。

「同じ夢を見るんです。もう一人の自分が出てくる夢なんですけど」
「あぁ、こないだの」
「最初見た時よりもだんだん自分が近づいてきていて、最近は声まで聞こえるんです。『行っちゃダメ』って」

話の内容が思っていた方向性と違って拍子抜けしつつも、静かに耳を傾ける。

「私、やっぱり向こうに帰りたくないのかなって。夢って深層心理だって言うじゃないですか」
「やっぱりってことは、いつもは帰りたいと思うの?」
「……わからないんです。家族や友達には会いたいし、大切だけれど、こっちにはカカシさんもいるし……。自由に行き来出来たらいいのになぁとは思います」
「それは最高だねぇ」

やはり、向こうに帰りたい気持ちはあるのか──少しだけ寂しくなる。
ふと、オレがカナの立場だったらどうだろうかと想像してみる。無論、彼女と同じように考えるだろうなと思った。
家族や友達とオレでは共に過ごしてきた月日の重みが違いすぎる。
オレがカナを諦めなければならないのは最初から重々承知の上だったはずだ。

「なんか喉渇いたな。水持ってくるけどいる?」

少し気持ちが辛くなって、カナから一瞬離れようとそんな言い訳をして身体を起こす。「お願いしていいですか」とカナも上半身を起こして、伸びをした。
ベッドから立ち上がりながら窓の外をふと眺めると、空がいつもより暗い気がする。
よく見ると月が出ていない。今日は新月か──
なんとなく胸騒ぎがするような気がして空を見るのをやめると、わざと大きなあくびを一つしてキッチンへと向かった。


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