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22時を回ると、飲み放題付きのコースの時間が終了したのか、カナ達のテーブルはゾロゾロと店を出て行った。
アスマ達はまだ店にいると言うので、伝票を見て自分の分の金額だけ机に置き、オレもサッと店を出る。

カナ達グループはそのまま二軒目に移り、日付が変わるまで飲み騒ぎ続けた。
全員二軒目、という訳ではなく、移動する際に三人ほど抜け、カナ含め女性二名の男性三名となった。会の雰囲気は酒が進むにつれて下衆な雰囲気となっていった。

カナはどんどん酒を煽られ、目が据わり、笑い上戸になる。
一緒にいる女性が飲ませたがりらしく、カナは女性と例の男に挟まれてべろんべろんになっていた。
男は他の人がいる手前、露骨に身体を触ったりはしなかったものの、やたら距離が近かったり、フラフラしているカナを支えたり度々ボディタッチが目立つ。
カナがトイレに席を立つ時なんて、後をついて変な事をしに行かないか目を光らせていたが、幸い女性が一緒についていってくれたため、想定していた最悪の事態は免れた。


日付が変わった頃、女性が帰るのか二軒目もとりあえずお開きになった。
五人は勘定を済ませて外に出ると、すぐには帰らずに店の前でしばらく屯していた。楽しい中で解散するのは名残惜しいのだろう。
オレは怪しまれないよう、少し離れた物陰に身を潜めるようにして彼女達の様子を伺う。

「私もそろそろ帰りま〜す」

カナは女性の後について、男三人から少し距離を置く。すっかり足元が覚束ない。あれでは到底一人でなんて帰れないだろう。様子を見に来てよかったと、オレは小さくため息をついた。

「カナちゃんも帰っちゃうかー。男三人で飲んでも虚しいし、お開きにしますか」

ムードメーカー役の男が相変わらずでかい声で、あっさりと言う。しかし、ここで引き下がらないのが例の男だった。
ペコペコと挨拶をしてその場を離れようとするカナにスッと近づくと、何か耳打ちをしている。
カナはそれに笑いながら手を振って断るようなジェスチャーをした。
その間にもう一人の女性は、「お疲れー」と手を振ってカナから離れていく。
すると、お次はムードメーカーの男が「オレもそっちだし、一緒に帰るわ」と言って四人の群れの中から外れて女性についていく。
残された三人は二人を見送るようにしばらく手を振り返していた。

「じゃ、オレ達も帰るか」
「まだ飲みたりねーよ」
「いやいや、もうカナちゃんもべろんべろんだし帰してあげようぜ」
「でもこれじゃ歩けないだろ」

幹事の男がカナを帰そうとするが、奴はそうさせまいと食い下がる。

「そうだ、カナちゃんの少し酔いが覚めるまで一緒にオレん家で飲み直さね?」

この男、やっぱりカナを持ち帰ろうとしているようだ。胸糞悪い。
もうすぐにでも飛び出してカナをつれて帰ろうと、オレは変装用のカツラを外し額当てをその場で装着した。

「いやぁ〜、流石に怒られちゃうんでそりゃダメですよ」

額当てを結んでいる間、カナがヘラヘラしながら奴に返事をする。すかさず幹事の男が「怒られるって、さっき言ってた同居人の人?」と聞き返した。

「そうなんです〜……多分すーっごく心配してるはずなんでそろそろ帰らないと〜」
「今日飲み会って言ってるんでしょ?もう少しくらい大丈夫だよ」

奴はカナを誘導する。しつこい男だ。
彼女は酔いながらも困ったように、「朝帰りは流石にアウトですよ〜」なんて笑っていた。
男は、そんな風に緩くしか断らないのをいいことに、「まぁそう言わずに」とカナの手を引っ張って、無理やり歩き出す。
これにはオレもとうとう痺れを切らし、陰から飛び出した。

「カナ、迎えに来たぞー」

満面の笑みでそう言って三人の後ろに立つと、オレの声に反応して振り向いたカナがバランスを崩す。
ほぼ反射的に身体を支えると、まだ彼女の手を握っている男にギロリと睨むように視線を送った。男は焦って手を離す。

「いやぁ歓迎会だからってこんなに酔っ払っちゃって。どーもすいませんねぇ。粗相とかして無いですか?」
「あれぇ、カカシさん?なんでここに〜?」

二人にわざとらしく謝ると、カナがとぼけた顔でオレを見上げながらそう尋ねた。
カカシ、と聞いた幹事の男の顔は青ざめ、ひきつりだす。

「カカシって、あの元暗部の……?!」
「は?お前知ってんのか?」

どうやら奴はオレのことを知らないようだった。暗部時代の話を知っているなんて珍しいなと、聞き耳を立てていると、こそっと幹事の男が「仲間殺しのカカシって呼ばれてた忍だぞ!」と耳打ちするのが聞こえてしまった。聞くや否や、奴の顔色も悪くなる。
未だにそんな風に呼ばれるなんて、犯した罪は一生ついて回るものだなぁ──少し感傷的な気持ちになりながらカナを崩れた体勢から立ち上がらせると、飲み過ぎた彼女に忠告をした。
酔っているので効果は全くなく、「すみませーん」とヘラヘラ笑っているだけだ。
少し動いてさらに酔いが回ったのか、どんどんカナの酔っ払い度が悪化していく。それに、随分と酒臭い。
このまま道端で具合が悪くなられたら困ると帰宅を急ぐことにした。

「今日はどうも”うちの“カナのために、わざわざありがとうございました!」

そう言ってオレはカナに肩を貸し、一緒にくるりと方向転換すると、家に向かって歩き出した。
「うちの」を強調した事によってうまく勘違いしてくれるといいのだが。
──しかし、ヤツはもう悔しくて仕方なかったのか「そんな事言ってお前、酔ったカナちゃんを連れ去る気じゃねーだろーな!」とオレの背中に文句を投げつける。

流石にこれにはオレもカチンと来た。
本来なら一発殴りたい所だが、ぐっと堪えて満面の笑みで振り返ると、「酔わせてお持ち帰りしようとしてた誰かさんと違って、そもそもオレはこの子と一緒に住んでるんでね」と意地悪く言ってやった。
男は返す言葉もなく、悔しそうな顔をして立ち尽くす。
幹事の男は「お前は誰に向かってものを言ってるのかわかってんのか?!」と顔をさらに真っ青にしてヤツに掴みかかっていた。無礼を働けば殺されるとでも思っているのだろうか。流石にオレもそこまで非道ではない。
まぁでも、もうあそこまで怯えていれば、後は勝手に大人しくなるだろうと、オレはまた自宅へと歩みを進める。

カナ本人はと言えば、酔って自分の世界に入っていて、何もわかっていないようだった。全く、貞操の危機だったと言うのに呑気なものだ。
今後は絶対に酒は禁止、オレも家で飲むのをやめようと心に誓った。

「カカシさん、目の前がゆらゆらしますね〜」
「あーあー、こりゃだめだ……」

オレは少し心配になる。
男と住んでることがバレて来週からカナが仕事しづらくなるのではないか、という懸念が頭を過った。
みんなに馴染めて嬉しいと言っていたのに、これじゃあ少なくともあの二人はもうカナにそう話しかけては来ないだろう。
しかし、これで以降ちょっかいを出されなくなると思えば後悔はない。カナには酔いが覚めたら謝っておこう。

「カカシさん、歩くの早いですってぇ」
「カナ、お前普段のキャラと全然違うなぁ。酔っ払うと別人じゃない」
「うふふ、酔うと楽しくなっちゃいますよねー」

しばらく千鳥足の彼女に肩を貸しながら歩いていたが、いかんせん背丈が違いすぎて進みづらい。
人気の少ない通りまでなんとかたどり着くと、彼女に「すこし真っ直ぐに立ってられるか」と電柱に一度捕まらせ自立させる。

「このままじゃ歩きづらいからおんぶして帰るぞ」
「おんぶですかぁ〜?やだ、恥ずかしいですよぉ」
「だって歩けないだろ?」

彼女の前にしゃがむと、「ほら」と背中に乗るよう急かす。カナは機嫌の良さそうな声でふふ、と笑うとのしかかるようにオレの背中に抱きついた。酔ってコントロールを失っているのだろうが、衝撃で思わずカエルが潰れたような声が出る。

「あー、ひどい!重いっていったー!」
「言ってない言ってない」

彼女を落とさないように慎重に立ち上がると、今度は「高ーい!」と興奮し始める。

「すごーい、世界が違う!」
「しっかり捕まってろよ」

……とは言ったものの、全く聞いていない。
見え方が違う!だの、あそこにあんなのあったんですか?!だの、あちこちを指差しながらキャッキャと声をあげていた。
住宅街に入るとしんと静まり返っていて、カナの声だけが響いている。どこからか夏の虫の鳴く声も聞こえていた。
夜はこの季節でも風が吹くと涼しい。
酔ったカナの体温は随分と熱く、オレの背中がじっとりと汗ばみ始め、風が吹くたび心地よさを感じた。

「ほら、いい大人がはしゃがないの。近所迷惑でしょ」
「だってすごいんですもん」
「はいはい」
「カカシさんって身長高くてかっこいいですもんねー。ずーっと思ってましたよ、ふふふ」
「全然会話になってないんだけど……それはどうも」

次から次へと話題が変わるので、早々にオレはカナに返事をするのを諦めた。きっと一人で放っておいても、こうやって話し続けるだろう。

「あ!カカシさんお風呂入りました?なんかいい匂い……だけどあれ?タバコの匂い!タバコ吸ってましたっけ?」

今は話が通じるか通じないかなんてことはどうでもいい。
ペラペラ喋るカナに耳元でクンクン匂いを嗅がれ、オレの全身に緊張が走る。
普段のカナなら絶対にしないだろう行動に驚くあまり、目の前がチカチカと点滅する。
早く次の話題に変われと身体を硬らせていると、さらに彼女はとんでもないことを口走った。

「私、好きなんですよね」
「……?!」

一瞬、周囲の全ての音が消えたような静寂が訪れる。音も風もない。
これは酔って出たオレへの本心なのか、それとも前のタバコの話題を引き継いでの言葉なのか、判断に迷う。
いやでもタバコの前はオレの匂いの話をしていたし、その前はオレのこと褒めていたしこれは──

「だいふく」
「……え?」

想像もしていなかった四文字に、オレの思考は停止する。同時に、全身の緊張もぷつりと切れて、猛烈な倦怠感に襲われた。
ふと、突き当たりの道を見ると、カナが検査入院をしている時にオレの影分身が買ってきた大福屋の看板があった。酔ったカナはこれを見て思いつきでしゃべったのだろう。

「なんだ、そっちね……」
「あー、なんかお酒飲んだ後って甘いもの食べたくなるんですよね〜アイス家にありましたっけ?」
「あるけど、深夜は太るぞ」

ドキドキしてしまった自分がアホらしいと、我ながら情けなくなる。
しばらくカナはそんな調子でベラベラ喋り続けていて、オレはもうまともに取り合うことはせず、適当に流しながら夜道を歩いた。

家まであと数分と言うところで急に静かになったと思えば、スースーと寝息を立ててカナは眠りに落ちていた。
急に背中に乗る重みも増して、あと少しだから起きていて欲しかったなぁと苦笑する。
アパートの階段を一人、少しだけ力みながら上がってようやく家へたどり着いた。

とりあえず玄関でそっと下ろすが、カナは全然起きそうにない。気持ちよさそうに眠ったままだ。
なんだか起こすのもかわいそうな気がして、靴を脱がせてやると、抱き上げて一旦オレのベッドへ寝かせた。窓から入る月明かりに、彼女の寝顔が綺麗に映える。
ベッドに広がる髪と、睫毛が光を反射してキラキラと輝いていた。
ここに寝かせたのは、別にやらしいことをしようと思ってじゃない。

オレはすぐに自室を出てカナの部屋に向かう。勝手に部屋に入るのは気が引けるが今日は仕方がない。
電気をつけると、綺麗に整頓された部屋が明るく照らし出される。
前は何にもない殺風景な日当たりの悪い部屋だったのに、今はすっかり明るい女の子の部屋になっていた。しかも、フレグランスでも置いているのかいい匂いまでする。
あまり余計に部屋を見ないようにして奥へ入ると、隅に綺麗に畳まれていた布団を丁寧に敷いた。
それから電気を常夜灯に調整し、またカナの所へ戻る。

オレのベッドの上ですやすや眠る彼女は、いつもよりも幼く見えた。そういえばここへ来たときも、オレの隣に寝ていたと言うんだから、こうやって眠っていたのだろうか。
オレが目を覚ました時はすでに泣いていたから寝顔を見るのは初めてだった。
こんな幸せそうに眠る彼女を守ってやりたい──寝顔の幼さも相まって、そんな想いが心の底からふつふつと湧き上がってくるのだった。
オレは机の椅子をベットのそばに持ってきて、腰掛けると、しばらくそうやって彼女の寝顔を眺めていた。

無防備なその姿は見飽きることが無かったが、流石にこのままここに寝かせておくわけにもいかない。しかし、彼女を部屋に返してしまうのも名残惜しい。
オレは今ならバレないだろうと悪い心に支配され、左手を静かに伸ばし、彼女の手をそっと包むように握った。想像していたよりもずっと小さく、心の奥がキュッとなる。
彼女が起きないかどうか少しずつ、そして優しく、包む手に力を入れるが、彼女は起きない。しっかりと手を握るレベルに達しても、微塵も目覚めそうな雰囲気は無かった。

ここまでくると、後はどこまで起きないかギリギリを試したくなってくる。もちろん、彼女を傷つけるようなことはしたくない。
しかし、オレも男だ。
好意を寄せる人の寝顔をこうも見ているとだんだん変な気持ちになってしまうものである。
オレは、「カナ」と名前を呼んで、カナが起きないことを再び確かめると、月の青白い光に透かされて艶やかに光るその唇にそっと口付けた。
衣擦れの音と、カナの呼吸、そして時計の音に加えて、今にも破裂してしまいそうなオレの心音が部屋中にこだましていた。

唇を離すのが惜しくて、でもあまり長いと彼女を起こしてしまいそうで、彼女の呼吸が三つ目に入るくらいで静かに離れた。
案外起きないものだなぁと、またしばらく彼女の寝顔をまじまじと見つめると、決心して彼女を部屋に返すことにした。
そっと身体を抱き起こし、いつかしたみたいにお姫様抱っこで部屋に運び入れる。
あの時はなんとも思っていなかったが、今になってみれば随分大胆なことをしたものだと自分に感心してしまうのだった。

腰のあたりからゆっくり布団に下ろし、次に脚、最後に上半身を寝かせると、ふんわりとタオルケットをかけてやった。
流石に運んだ衝撃で少し眠りが浅くなったのか、寝返りを打つようにタオルケットを抱きしめると、むにゃむにゃ口を動かし、また深い眠りに入っていった。

いつまでもオレのそばで守ってやれればいいのになぁ──そんな叶わぬ妄想をしながらオレは彼女に「おやすみ」と呟くと、彼女の部屋を出て静かに扉を閉めた。


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