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「それじゃあ、四日後くらいに戻るから」
「はい、お気をつけて」

この家に来て数日、私は何事も無く平穏に過ごしていた。共同生活も慣れたもので、カカシさんのお見送りもすっかり馴染んでいる。
毎日家にいるのも暇なので、カカシさんが仕事に行く前に買い物リストとお金をもらい、外に出て必要なものを買い、帰って自分の衣服の洗濯と部屋の掃除をするのが日課になった。
一応カカシさんの掃除のこだわりポイントも教えてもらったので、許可を得てキッチンやダイニング、そして浴室の掃除をできる範囲でしている。
しかし、決して掃除は義務ではない。気が向いたらでいいよとあえて押し付けないあたりがカカシさんの優しさだ。

今日からカカシさんは数日間任務で不在になる。
受け持ちの生徒達と要人の警護だそうで、予定では四日後に帰ってくるらしい。ただし敵襲などに遭えば長引く可能性があるとのことで、何か困ったことがあれば、外のどこかしらにいる暗部の人を呼べばいいと教えられた。
今回の担当は夕顔さんなのか訪ねたが、カカシさんでもわからないと言う。彼女には病院を出てから一回も会っていない。

病院と言えば先日、検査結果が出た。
内科から精神科まで幅広く受けたが、結果は異常なし。全くの健康体だった。
カカシさんと一緒にその後情報部というところへ行き、私の頭の中も色々調べられたが、今の所はっきりと帰る方法は断言できないと言われた。
断言できない、とのことなので少しは手がかりがあったのかも知れないが、教えてもらう事は出来なかった。
この世界では本当に忍者がなんでも出来る。壁を歩いたり、水の上を歩いたり、何もないところから火を出したりできるのをカカシさんに見せてもらった。
そのほかにも彼には写輪眼という、不思議な目を持つそうだが、これは相手の動きを見切ったりすることができるそうだ。
カカシさんは私が現れた朝、一度使っていたらしい。彼の目が一瞬赤く見えたのはそのせいだと言っていた。
写輪眼は相手の気持ちも読めるのかと、ドキドキしながら聞いたら「それは出来ないかな」と笑っていた。私はなんとなくホッとした。

それにしても、四日間もカカシさんがいないなんて、何をしよう。
買い出しは自分の分だけでいいからすぐに終わってしまうし、掃除も自分だけしかいないなら最悪帰ってくる前日にまとめてやればいい。
そのほか、服はこの前買い揃えたし、そういえば映画館も街にあったが特に見たいものもない。
朝食の食器を片付け、先に自分の洗濯を済ませると、食料を調達がてらあてもなく街をふらつくことにした。

今日は曇っていて、空気がじっとりと重い。
暑いわけでも、寒いわけでもなく、吹く風が生ぬるく、気持ちが悪い。
何か暇潰しになるような場所はないか道の両脇に視線を走らせると、こじんまりとした書店を見つけた。
テレビもスマホもないこの世界では、本が一番親しみやすい娯楽だ。何か面白い本がないか見てみようと、店内へ足を踏み入れた。

店内はひっそりとしていて、紙とインクの匂いが充満していた。どの世界でもこれは共通らしい。
入り口の真横にかけられているレトロな時計の秒針の進む音を背景に、店主らしき初老の男が会計カウンターの中で椅子に座って船を漕ぎ、数人の客が気配を殺して立ち読みをしていた。
緩く、それでいてはりつめた空気が漂っていた。
私は音を立てないようにそっと書店の奥の方へ入っていく。
平積みされている本は普通の小説から忍術書、レシピ本や資格試験の本など様々で、私がいた世界とそれほど大きく違いはなかった。
私は忍術の入門書が気になり、さわりだけ読んでみると、なんとなく頑張ったら私も忍術が使えるような気がして、こちらへきた記念に一冊買ってみることにした。カカシさんには恥ずかしいので絶対に内緒にしておこう。
それからどんどん店内を見ていくと、進行方向の通路の真ん中で、歌舞伎役者のような白髪の人が左側の棚に平積みされている本をじっと眺めているのが視界に入った。
この世の中はすごい格好の人が普通にいるもんだなぁ、と感心しながらも、こんな奇抜な風貌の人が何に興味を引かれているのかとても気になる。
私は違う本を探すフリをして、そっとそばに寄ってみた。
すると──

「なぁ、お嬢ちゃんよ、この本の配置についてどう思うかのォ」

突然のことに私ははっと身を固くする。
奇抜な風貌の男に突然話しかけられたのだ。胸の前で腕組みをして、視線は平積みされた本に落としたままだ。
本当に私に話しかけたのか自信がなく、念のため周りを確かめるが近くに人は私しかいない。
思わず男を凝視した。

「私……ですか?」
「そうじゃ、お嬢ちゃんじゃ」

男はそういうと、にかっと私に笑顔を向ける。
この男、近づくとわかるがかなりの大男で、迫ってこられると威圧感がとてつもない。私は数歩後ずさって距離をとった。

「ついこの前、ワシが執筆した最新刊のイチャイチャバイオレンスが発売されたんじゃが、ここの書店は既刊との並びに違和感がある気がしてのォ。ほら、イチャイチャパラダイスが右になっとるじゃろ?」

男は組んでいた右手を崩し、顎を人差し指と親指で挟んで、いかにも悩んでいるポーズをとる。
私は全ての情報量が多すぎて話について行けず、「イチャ……イチャ?バイオレンス?」と頭の周りにクエスチョンマークがたくさん浮かぶ。

「もしかしてお嬢ちゃん、その反応はワシの本を知らない様子かのォ?」
「す、すみません……こちらには最近来たばかりでして……」

やばい人に絡まれてしまった、とりあえず謝っておこうとペコペコ頭を下げると、男は「そうかそうか、それはすまんかったのォ」と豪胆に笑った。静かな書店の中で、男の笑い声が響き渡る。
私は、お店の人に怒られはしないだろうかと冷や汗が滲み出てきた。

「これはな、世界にまたとない秘伝の書でのォ、この世の中の愛とロマンが全て込められた傑作じゃ。ここで出会ったのも何かの縁じゃ、一冊お嬢ちゃんに買うてやろう」

勝手に男は話を進めると、イチャイチャパラダイスという本を一冊手に取り、会計へ持っていってしまった。
ちなみに、平積みされている山を見ると、新刊らしいイチャイチャバイオレンスという本が左手、既刊らしいイチャイチャパラダイスという本が右手の山になっていた。
新刊の方が普通右ではないかと思いながら、男が戻ってくるのを仕方なく待つ。
それにしても、タイトルからして全く想像がつかない本だ。
男は戻ってくると、満面の笑みで私に本の入った紙袋を手渡した。

「はい、会計でサインも入れといたからの!」
「こんな見ず知らずの私に買っていただいて申し訳ありません……」
「これでファンが増えると思うたら安いものよ!で、この配置、どうじゃ?」

そうだった、と私は最初の質問を思い出して、本に視線をやる。

「私も右にイチャイチャバイオレンスがいいと思います」
「そうかのそうかの!ワシもそう思っとったんじゃ!これだからここの本屋はジメっとしとるんじゃ!」

男は嬉しそうに大きな声でそういうと、勝手に本を並び替え始める。左右を変えただけで売り上げが変わるのかは甚だ疑問であるが、自分の手掛けた作品ならこだわる気持ちはわかる。
呆気にとられていると、通路の奥のカウンター越しに、店主が仏頂面でじろっとこちらを覗いている。失礼な言葉が聞こえたのだろう、まずい。
私はあははと苦笑って、店主に会釈をしてごまかした。

「ん?それは忍術書か?なんだ、嬢ちゃん忍者にでもなりたいんかのォ?」

私の焦りも知らずに、男は私が持っていた本を見留めると、興味深そうに私を見つめる。

「いえ、いまお世話になってる方が忍者の方で、忍術に少々興味がありまして」
「ほぅ……コレか?」

若い者はいいのう、とニヤッと笑いながら男は親指を立てる。私はすぐに両手を胸の前で振って否定した。

「違うんです、ただお世話になってるだけの方で、」
「そう隠さなくてもよい!今日はちと用事があるから難しいが、もしどこかでワシと次会ったら、その本の感想と引き換えにお嬢ちゃん向けのとっておきの忍術を教えてやろう」

男はそう言ってウインクしてみせると、私の耳元までかがみ、「きっと恋の急接近がかなうぞ」と耳打ちした。
違うんです、と否定しても男はもう私の話など聞く気もなく、「じゃあの!」と清々しい笑顔で書店を出ていった。
私はやっと解放されたと大きくため息をつくと同時に、どっと疲れが押し寄せるのを感じた。
もう他の本を探す気力もない。とりあえず今日はこの忍術書だけにしておこうと、会計に向かった。
店主が訝しげに私を一瞥する。

「……さっきの、知り合いかい」
「いえ、急に絡まれまして……」

随分と機嫌の悪そうな声だ。
その後は値段だけ告げられ、私は支払いを済ませると逃げるように店を出た。
どうも出てきた時より、雲行きが怪しい。
私はさっさと食料を調達して帰ろうと急ぎ足で街を歩いた。


家に帰ると、丁度雨が降り始めた。
あの時さっさと食料品店行ってラッキーだったなと、自分の勘の良さに我ながら誇らしい気持ちになった。
ベランダに干していた洗濯物を急いで取り込み、風呂場に立てかけてあった室内用の物干しへ干し直す。洗濯物を吊り下げながら、カカシさんは大丈夫かな、とふと心配になった。
里の外だから、天気も違うのかもしれないけれど、雨に濡れて寒い思いをしていないといいなと思った。

洗濯物も終えて、買ってきたまま置き去りだった食品を冷蔵庫に詰め終えると、一休みの時間だ。
なにもすることがないので、部屋に入りちゃぶ台の前に座ると、とりあえず買ってきた忍術書を開いてみる。

「ええっと、はじめに、この書では忍術の基本であるチャクラコントロールを初めとする……」

一人きりなので、元気を出す為にも音読しながら読み進めていくが、全く意味がわからない。
いや、書いてあることは理解できるのだが、実現のさせ方がわからない。身体エネルギーと精神エネルギーを混ぜ合わせるなどと手順が書いてあるが、見よう見まねでやろうにも何も起こらない。
やっぱり忍者に近づこうなんて、普通の人間には無理なのだと悟り、そっとちゃぶ台の上へ本を置いた。
また暇になってしまったな、と私は座っている体勢からゴロンと寝転ぶ。
フローリングは硬くてひんやりとしている。腰や肩のあたりの骨が当たって少し痛い。天井や窓の向こうからは床を伝って雨音が響き、とても静かだ。
目を瞑ると、まるで私だけ世界に取り残されたように感じる。
──はやくカカシさん、帰ってこないかなぁ。
彼が家を出てから数時間なのにもうこの体たらくだ。あと数日間、先が思いやられる。
そうだ──ふと、今日あった奇抜な大男のことを思い出す。
ガバッと起き上がって、ダイニングに置きっぱなしにしていたもう一つの紙袋を取りに行く。
文庫本サイズであるから、それなりに売れているのだろうか。
もう一度部屋に戻って、茶色い書店の紙袋から本を取り出す。それからうつ伏せの体勢で本を開いた。きちんと活字がびっしり詰まっている。
あの男は本の作者だと言っていたが、名前を聞くのを忘れたなと思い、奥付を開いた。

「じらいや?」

自来也、と書いて「じらいや」と読むらしい。
名前も役者さんみたいだなぁと、奥付を眺める。カバーのそでには、彼の笑顔の写真がプリントされていた。
秘伝の書と言っていたが、どんな内容なのだろうかと表紙に戻って読み始める。
しかし──

「な、なんなのこれ……」

思わず赤面してしまう官能的な内容に、私は三分の一ほど読み進めてパタンと本を閉じた。
確かに自来也さんはこの本には愛とロマンが詰まっているとか言っていたが、エロスという男のロマンの間違いでは無いだろうか。
この本を私に勧めるなんて、ただのセクハラおやじじゃないか。きっと忍術を教えるなんていうのも出任せに決まっている。
見なかったことにしようと私は本を紙袋の中へしまい直し、カカシさんの目につかないよう旅行鞄の奥へ仕舞い込んだ。

またすることが無くなってしまった私は、仕方なく布団を敷いて、昼寝で暇を潰すことにした。
目を瞑って雨音に耳を傾けると、遠くで雷の鳴る音がしていた。


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