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買い物に行った夜、カカシさんはまたご飯を作ってくれた。
今日からはさすがにお手伝いをさせてくれと言ったら、野菜を切ったり、火の様子を見たりなどの軽いものは手伝わせてくれた。
悲しいことに、はっきり言って彼の方が数倍手際が良く、内心気まずくなってしまう。明日からはもっと自分の役に立てそうなことで手伝おうと静かに心に誓った。
作ってくれたのはお魚の煮付け、お浸し、それから豆腐とわかめのお味噌汁にごはん。
シンプルながらも、とても美味しそうだ。

「あぁ……めちゃくちゃ美味しそうです」
「いつも嬉しいことを言ってくれるけど、ほぼ自分のためにしか作ったことないからなぁ。美味しいかは保証できないよ」
「そんな!本当にカカシさんの作るご飯はいつも美味しいです!」

そう?とカカシさんは照れたように笑う。
カカシさんは、いつも褒められると恥ずかしそうにしている。普段の雰囲気からして、もっとストレートに喜んでくれそうなものだけれど、意外にシャイなのかもしれない。
それと、こんなにお料理が上手なのに自分のためにしか作らないなんて、恋人は今はいないようだ。
怒られたり、トラブルに巻き込まれなさそうで良かったと少しほっとした。

「いただきます!」
「はい、どうぞ召し上がれ」

久しぶりの病院食でないご飯に、私はすっかりテンションが上がる。
お昼は暑くてすっかり食欲がなくて、買い物の途中で小さなお菓子を買って食べたくらいだったから、お腹の空き具合も相まって、無言で食事に集中した。

それにしても、カカシさんはこの料理を子供の頃から料理本を見て覚えたと言うんだから、本当に器用な人だ。
詳しいことは聞いていないが、ご両親は早くに亡くなってしまったらしい。
孤独な中で一人、ここまで立派に生きてきて素晴らしいなぁと心から尊敬してしまう。
私だったらまともに一人で成長できるだろうか。彼は本当に芯の強い人なんだと思う。

「ほーんとカナって食べっぷりいいよねぇ」

味噌汁の碗を片手に持ったカカシさんが、眉を下げる。

「え?!下品でした?!」
「全然、むしろいつも美味しそうに食べるからいいなぁって」

そう言って微笑むカカシさんは、額当てもしていないし、いつもしているマスクも下ろしているから、なんだかいつものカカシさんじゃないみたいで、心がムズムズする。
それに、肩のでた服から伸びる逞しい腕にときめかざるをえない。妖しいタトゥーも入っており、なんだかそれさえも魅力的に見ててしまう。

「食いしん坊って言ってます?」

恥じらいながら返すと、彼はそうかもね、と口元を綻ばせたまま碗に口をつけた。
初日の朝、カカシさんの綺麗な素顔に思わず見惚れてしまったが、やっぱり今日も間違いなくかっこいい。あまり見つめられると思わずその瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
同時に、いつも閉じている左目の傷の事が少し気になったが、きっと聞いてはいけないのだろうとなるべくカカシさんを見過ぎないように会話を続ける。

「こうやって誰かと食べるの、久しぶりでなんか嬉しくて」
「そういえばカナも一人暮らししてたんだっけ」

カカシさんは小鉢のお浸しを食べながら相槌をうつ。

「一人で食べるのって、嫌いじゃないですけどなんか味気なくて。空腹を満たすだけの手段というか」

んー、とカカシさんが考えこむ。
そして、「オレはもう随分と一人だから、食事はてっきりそういうものだと思ってるけどね」とそっと小鉢を置いた。
私も魚を食べながら続ける。

「こないだのランチもそうですけど、やっぱり誰かと食べるのって違うなって思いますよ」
「確かに、人と仲良くなるにはまずは食事が一番っていうからな」

デートとかナンパとかね、と茶化すように彼は言う。
私はここに転がり込んでいる身なので、そういった話題から恋愛の話になることを必要以上に危惧して、愛想笑いをした。
万が一、私がカカシさんを好きだとか、狙っているとか勘違いされてしまったら、ここに居づらくなってしまうからだ。
過敏ではあると思うが、用心に越したことはない。

「まぁでも、オレもこうやって自分の家で人と食事を一緒にするって、子供の頃以来かもしれないな」

所々話を聞いていると、カカシさんは子供の頃から相当苦労したように見受けられる。
両親を亡くし、本当に文字通り一人で生きてきたというのか。私がいた世界では考えられない。
しかし、本当にそうだとしたら、なんでも出来たり、私をとても心配してくれることや、寂しくないように気を遣ってくれる説明がつく。

「……一人を選んだわけじゃないのに、一人ぼっちってのは辛いよな。初日に泣いてたのに、すっかり健気に頑張ってて偉いと思うよ」
「もう泣いてたことは忘れてくださいー!」

食卓に、二人分の笑い声が響く。
カカシさんはやっぱり、私の寂しさをわかってくれて寄り添ってくれていたんだ。

「オレも子どもの時はよく家でメソメソ泣いたよ。素直じゃなかったから、人には見せられなかったけど。だから、今のお前の気持ちがなんとなくわかるというか、助けてやれればなと思ってな」
「本当に、なんとお礼を申し上げたらいいか……お気持ちだけで嬉しいです」

ちゃんとお礼を伝えたいのに、嬉しい気持ちが溢れてうまく言葉が出てこない。
箸を置き、もどかしい気持ちを胸の辺りに抱えながら、目頭のあたりにじんわりと涙が滲むのをバレないように、深く頭を下げた。

「早くもとの世界に戻れるといいな」
「はい……」

そのあと私は、重たい空気にならないように、明るく努めた。カカシさんの話も、任務上の機密に触れない、面白い話などをしてくれて、楽しい時間を過ごせた。
そうして和やかに夕食を終えると、料理を作ってもらった代わりに私が皿を洗うことにした。
その間カカシさんはお風呂の準備をしてくれていて、私が皿を洗い終わるなり、「沸いたら入っていいからね」と声をかけてくれた。

「オレは寝る前ギリギリに入るから、入りたい時にどうぞ」
「ありがとうございます」
「それと、昼に言い忘れたけど、脱衣所は内鍵かけられるから、入ってる時かけちゃっていいからね。じゃ、オレは自分の部屋でちょっと休憩するから」

じゃあね、と手を振ってカカシさんは自室へ戻っていく。
私はすることもないので、部屋で今日買ったものを整理するとさっさと風呂に入ることにした。
内鍵をかけられるとは言え、なんだか少し緊張する。昼間は暑さと汗の不快感のあまり何も考えていなかったが、扉一枚の向こうに彼氏でもない男性がいるのは結構なことだなと思った。
そのうち慣れればいいが。
そして、この浴室の扉。
前にカカシさんも言っていたが、なぜかこの扉だけ透明なガラスでできていて、妙にやらしい雰囲気だ。
脱衣所の鍵を閉めていいと言ったのはこのこともあるのだろう。
慣れないところで生活をするのはなかなか大変なものだなと、服を脱ぎながらしみじみ思った。

重たいガラス扉を押すと、綺麗な白いタイルの床に足を乗せる。滑らないようにサラッとしていて歩きやすい。
当たり前だが、私の家よりも随分と広い風呂場だ。
髪や身体をまず洗い、久しぶりの湯船に浸かると、浮力に任せるように足を伸ばした。自分の家よりも快適である。

それにしても、風呂場はぬめりもなければカビひとつ生えていないし、カカシさんは本当にマメな人なんだろう。
火影さまからの信頼も厚いし、容姿も優れている。
そんな素晴らしい人が、こんな平々凡々な無力な私に慈悲をかけてくれているなんて、私はある意味強運の持ち主なのかもしれない。
私も何かお礼できることや役に立てる事がないだろうかと考えてみる。

私が帰る方法はまだ進展もなくわからないみたいだし、クヨクヨしていてもなんの解決にもならないことは確かだ。
ここでお世話になると腹を括ったのだから、まずはこのお家の中で出来る限りのことをお手伝いしていけばいいだろう。
──でも、こだわりありそうだよなぁ。
私は湯船に浮かびながら、ぐるぐると頭の中で考えた。


風呂をあがって着替え、肌を整えたり髪を乾かし終えて脱衣所を出ると、一言「お先にいただきました」とカカシさんの部屋へ声をかける。
はーい、と返事が返ってくると、私はドア越しに話を続ける。

「あの、いろいろ考えてみたんですけど」

そこまで言うと、ガチャリとドアが開いて、カカシさんが顔を覗かせる。

「どうしたのそんな思いつめた顔して、」
「いや、思いつめてはないんですけど……明日から自分でご飯とかお風呂の掃除とかもやりますので、いろいろとお気になさらないでください」

風呂で出した結論は、「自分のことは自分でやる」だった。
当たり前のことだが、今日はほとんどカカシさんに甘えっぱなしで、何一つ自分で出来なかった。
けれど、この生活が長引いた時に、負担に思われたくない。そんな風に思って出した答えだった。

「え、ご飯お口に合わなかった?風呂の温度も熱すぎた?」
「いや、それは全然!美味しかったですし、いい湯加減でした」

私がそう言うと、カカシさんは穏やかな表情で「じゃあいいじゃない」とホッとしたように言った。

「別にオレはカナがいなくても、ご飯も作るし、お風呂の準備もするよ。朝ごはんだって別に女の子の分一人増えたからと言ってそんなに変わらない。むしろ食材が余らなくて好都合って感じかな。あんまり無理に気張らないでよ」
「でもそれじゃ……」
「カナの性格的には、罪悪感感じちゃうってことだよね」

そう笑うと、「やってもらいたい時は、こちらからきちんと頼むから。ここはオレの家なんだから、任せてくれていいんだよ」と頭をポン、と撫でてくれた。
こうされると、なんだか気持ちが落ち着く気がする。

「確かにカナの服とか下着とかはオレが洗うわけにいかないと思うから、それはお願いするよ。洗濯機の使い方は明日教える。それと掃除とかは自分のいる客間だけしてもらえれば十分だから」
「すみま……」
「無駄なすみませんは禁止、って言ったろ?」
「そうでした……」

こんな短期間で、きちんと私の考え方をわかっていてくれて嬉しいな、と思いつつ、うっかり自分の癖が出てしまったことに照れてはにかむ。
おまけに、「一人で食う飯に飽き飽きしてたから、むしろ相手になってくれて嬉しいよ」なんて口がお上手なものだから、私はどうリアクションしていいかわからず、目線を逸らして顔を紅潮させた。

「あれ、なんか照れてる?」
「そ、そんな!お風呂上がりだし、ノーメイクだからじゃないですかね?!」
「そうかそうか。さ、オレも風呂に入るかな。覗いたらだめだからね?」
「そんなことしないですよ!」
「ふふ、おやすみ」

悪戯っぽく笑うカカシさんに、私は不覚にもキュンとしてしまう。ぺこりと頭を下げると、すぐに自分の部屋へ入って扉を閉めた。
いやだめだ、一緒に住み始めた初日から意識してどうするんだと、ドアを背に、ブンブン頭を横に振ってかき消す。

確かにカカシさんはかっこいいし、優しいし、それに人間としてすごく素敵だと思う。
けれど、今この状況で彼の厚意を好意と錯覚して彼を好きになるのは自分で自分の居場所を無くす事へ繋がる。
決して勘違いするな、私──

深呼吸を一つして胸の高鳴りを抑えると、灯りを暗くし、部屋の隅の布団を敷いて横になった。
布団はお日様のいい匂いがして、フカフカで気持ちが良い。病院の固いベッドとは大違いだ。

微かにシャワーを浴びるカカシさんの鼻歌が聞こえる。随分機嫌がよさそうだ。
さっきの彼の言葉が本心だったないいな──そう小さく願うと、耳のあたりまですっぽり布団を被り、心を無にして眠りについた。


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