身の程知らずでいよう

 はあはあ、肩で息をすると目じりからこぼれる涙の筋。重力にひかれシーツに落ちるそれを繊細にぬぐう陣平の指先は、男の人のわりに関節が目立たず美しい。
 その美しい指先とはアンバランスな、首から肩にかけての硬いライン。なだらかに盛り上がる腕の筋肉。厚い胸板をしたたる汗が行きつく割れた腹筋。さらにその下、足の先に至るまですべてを剥き出しにした彼に覆われて、私が幸せと共に感じたのは羨望だった。
 やっぱり、男の人にはかなわないなあ……。
 私と同じかそれ以上の運動をしたはずなのに、乱れた呼吸をすぐに整える陣平の底なしのバイタリティには恐れ入る。私だって一応、後方支援とはいえ同じ機動隊に所属し共に厳しい訓練を積んできたのに、いつまで経っても彼のように強くなれない。
 それは男と女の体のつくりが違うからだと言われたらそれまでで。でも私は、その言葉だけじゃ胸に重く沈み込むものを飲み込めない、面倒な女だった。

「わりぃ、がっついた」
「へいき、だから……」
「水飲むか」

 意地を張って平気と返したのに、陣平の下でさんざん喘がされた声は掠れていて強がっているのがバレバレ。ばつの悪い顔をして目線を反らす。彼はそんな私を笑うでもなく、サイドテーブルにあるペットボトルに手を伸ばした。もう片方の手で私の上半身を軽々と抱き起こし、キャップを外した飲み口を唇にあてがう。

「こぼしてもいいから、ゆっくり飲めよ」
「うん……んっ……」

 首の下に触れるなめらかで張り詰めた腕に身を預け、傾けられたボトルにぎこちなく口をつける。人にものを飲ませたり食べさせたりするのは結構難しいのに、陣平はここでも持ち前の器用さを発揮して私がこぼさないように慎重にボトルを傾ける。やや子どもっぽい両目に見守られているのも恥ずかしい。まだ私、裸なのに。
 慌てて手探りでシーツの端を掴み、胸元まで引き寄せて赤く痕のついた肌を隠した。夏になったら鎖骨ぎりぎりにキスマークを付けるのはやめて欲しい。一番上まできっちりボタンを閉めないと周りに、特に目ざとい萩原くんあたりにバレてしまうから。

「……ん、ありがとう陣平」

 少しずつ飲み干した水で濡れた唇をゆるめたら、陣平は何故か目を丸くした。

「……はあ。やっぱ、かなわねぇわ」

 これまでの丁寧さが嘘みたいに雑な仕草でボトルをテーブルに戻した陣平はシーツごと私を抱きしめて、諦めに似たため息をついた。耳の裏にあたる吐息がくすぐったい。

「陣平?」
「女だからとかそういうワケじゃねえけど」

 大きな手がシーツ越しに私の体の輪郭をなぞる。首、肩、腕、心臓の上を通って彼を受け入れていたお腹にたどり着いて、止まる。冷えた水で静まったばかりの熱がくすぶり、びくんと肩が跳ねた。

「俺より小さい体で、こんな細い手足で、同じ場所に立ってんだよな、おまえは。俺が無理させてんのに、ありがとうとか言いやがるし……」

 悔しいけど、一生かなわねえ気がする。
 そう言って首筋に鼻をうずめる陣平の声はなんだか降参を告げる犯人に似ていて、私は勝ったというよりはホッとしたような気持ちになって、彼のやわらかな癖毛に指を通した。