メメントモリ

「死ぬってどんな気分ですか」
「は?」
「だってアーチャーは一度死んで、その後に英霊になったんですよね?じゃあ死ぬのってどんな感じですか?痛いですか?怖いですか?寒い?熱い?それとも暗い、まぶしい?」

こちらが何も返事をしていないのに、彼女はペラペラと勝手に口を動かす。期待を膨らませた目で見るもんだから、人と向き合うことの苦手な俺はたまったもんじゃない。それとなく視線を逸らしながら、自らの死について思いを巡らす。
生前の俺は、死ぬ間際だろうが人に誇れる生き方をしていなかった。顔を隠し義賊をきどり、守った村からは感謝されることもなく。
ただひっそりと、俺はひとりで死んでいった。

「お嬢ちゃんが期待するような返事はしてやれないぜ」
「どうして?」
「俺いちおう英雄なんて扱いされてるけど、実際はそんな凄い人でも、誉められた人間でもねえし」
「死に身分とか人格って関係ないじゃないですか。私は死について聞いてるんです」

こりゃまた鋭い切り返しで。
まあ確かに死んだら人間みんな一緒だ。善人だろうが悪人だろうが死んじまったら、そんな建て前なんて無に等しい。金や権力に左右される生は不平等だが、死だけは誰にでも平等だ。延命は出来ても死は避けられない。
肉体を失い魂だけで月の海原をただよう自分達が生死を論じるとは笑っちまう。

「死んだらなんもなくなるわなあ。なにか思う間もなくぽっくり。痛くもかゆくも、まして気持ち良くもない。死んだらそこで『終わる』んだ。だから名前になにも教えられないね」
「そうですか…。ちょっと残念です」
「なんで死なんて知りたいわけ?お嬢ちゃんはまだ生きてるだろ」

ここが霊子の海だろうと、マスターである名前には現界にれっきとした体があり、精神は俺の目の前にある。生きてるうちに死ぬことを考えるのは生者の特権であり、傲慢だ。
傲慢だからこそ死せる英霊に残酷な質問だって出来る。

「死ぬのが怖いから」
「怖い?」
「聖杯戦争は負けたら即、死んでしまいます。私は本当は毎日毎日怖くてたまらないんです」

戦う度、悲しくて怖くてたまらないんです。怖くて、怖くて。

繰り返し呟かれた言葉が重さを失ってポトリ、お嬢ちゃんの膝の上に落ちていく。
いつも飄々とした彼女の本心に、俺はそっと口を閉じて聞き役に徹する。きっとこの意地っ張りな少女は、ずっと恐怖と戦っていたんだろう。聖杯戦争では唯一味方であるサーヴァントにすら言えずに。ひとり孤独な戦いに耐えながら。
ひとりぼっちの戦争に関しては自分の方が少しばかり経験者だ。

「死にたくない、けど私が生き延びる為には相手を殺さなきゃいけない。バトルロワイヤルだと知って参加しても、人の命を奪うのに平気な顔なんて出来ないんです。自分の願いのために人を殺すなら、殺されることも覚悟しなきゃいけないんです」

俺に話すというより、自身に言い聞かせるような言葉だった。

「だから死について聞いてきたってわけ」
「はい。もし気分を害したならごめんなさい」
「うんや、そんなこたねえよ」

そう言って少し乱暴に髪をぐしゃりと撫でる。誰かを、ましてや女を励ますなんてやったこたないが、今はそうしてやりたかった。不器用なりな慰めにお嬢ちゃんは両目を潤ませた。しかし泣きはしなかった。
なんとなく、この少女は一度でも泣いてしまえば二度と立ち上がれないような気がした。何度膝を折ってもまた立ち上がり歩きだす、そういう強さは多分、俺のマスターは持ち合わせちゃいない。

「まーそう死に捕らわれなさんな。マスターのことは俺がちゃんと守ってやるから。傷一つつけさしゃしませんよっと」
「それはとっても頼りになりますね」

一分一秒でも長く、マスターを死から遠ざけてやろう。なに、正攻法は不得手だが、守りの戦なら俺の得意分野だ。