あの日の色彩にまどろむ


 目が覚めて最初に思ったのは、あのコンクリートの天井じゃなくて真白の見覚え無い壁が見える。そんな、ぼんやりとした感想だった。

「名前ちゃん!」
「……さわ、だ、くん」

 よかった、と僅かに潤んだ目元でこちらを見る沢田くんの姿もボロボロで、きっと安静にしていなきゃいけないはずなのに私の見舞いに来てくれている。ゆっくりと起き上がりあたりを見回すと、4人用の個室に寝かされていたようで他のベッドには獄寺くんやビアンキさん、フゥ太くんの姿もあった。

「あ、えっと、……俺の部屋隣だから、わざわざ来たんじゃないかとか気にしないでね」
「……ふふ、よくわかったね。先に言われちゃった」
「そんな顔してたから。……ねえ、名前ちゃん」

 沢田くんは少し笑った後、少し真面目そうな顔をしてあの日の話を始めた。どうやら私は六道さんにマインドコントロールというものをされていたらしい。フゥ太くんが動かされていたのと反対に、私は動かないように制御されていた。自ら動いたり何かしら伝えられることはないかと必死になっていたところ、意志と身体が正反対だったのに無理やり動こうとしていたせいでクラッシュして気を失ってしまったらしい。

「外傷はほとんどなかったけど、無理はしないでね」
「……沢田くんの方がぼろぼろだよ。君こそ、無理はしないで」
「はは、ありがとう」

 六道さんや柿本くん、城島くん達はとある施設へと連れて行かれたこと、怪我人はいたがみんな命に別状はないということ。そして、彼らはマフィアの組織である“ボンゴレ”、その次期ボスである沢田くんを狙っていたということ。俺はなりたくないんだけどね、という沢田くんの苦笑いに、私はうまく笑みを返せなかった。
 ──マフィア、いわゆる裏社会の人間。そんな存在を今まで身近に感じたことなどなくて、まるでドラマや小説などのフィクションのように非日常的な単語に自然と目線が下がっていく。けれど、あの時感じた異質な空気感や喧嘩とは思えない戦いを見た後ではある意味納得もできた。

「そっか、」
「……ごめん、巻き込むようなことになって」
「ううん、私があの場に居たのは沢田くんのせいじゃないよ」

 気にしないで、そう言ってそっと沢田くんの右手を両手で包み込む。この手は、私たちを守ってくれたとても優しくて温かい手だ。「ありがとう」とぎこちないけれど笑顔で伝える。まだ少し元気はなさそうだけれど、それでも少しは心が軽くなることを祈った。

「じゃあ俺は戻るよ、流石にそろそろ怒られちゃうから」
「うん、またね。次は私がそっちに遊びにいくよ」
「ありがとう、またね」

 松葉杖をつきながらゆっくりと病室を出ていく沢田くんを見つめ、ドアが閉められたことを確認してまたベッドへと倒れ込んだ。薄い掛け布団にくるまり、まだ少し痛む頭を抑えながら目を閉じる。
 ──あの時、私はどうして黒曜まで連れて行かれたのか。結局分からないまま、彼は知らない何処かへと行ってしまった。あの僅かに寂しさが浮かぶ瞳も、私に対して敵意のない言葉も、消えてしまいそうな儚い横顔も、恐ろしい雰囲気を見にまとうあの冷酷さも。彼の全てが頭に焼き付いて離れない。怖くて躊躇なく人を傷つけられる人、それなのに、あの春の日の優しい眼差しが忘れられないでいるのだ。

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