瞬きも許されない


「名前ちゃん、どうしてここに!?」
「えっと……、誘拐?」
「誘拐!?」
「名前も人質のひとりだぞ」

 なぜここにいるのか、とお互いに思ったことは同じようで、私も沢田くんも大きく口を開けて驚いてしまった。リボーンくんは変わらずニヒルな笑みを浮かべ、私がここにいることも当たり前のように語っている。

「この話の続きは後ほどしましょうか」
「目的って、もしかして」
「ええ、彼のことですよ」

 ぎらり、両違いの瞳が獲物を見つけたかのように鋭く光る。沢田くんが、この怖いひとたちの目的だなんて。いつもの沢田くんたちからは想像もできなくて、どういった関係性なのか、そもそも知り合いなのか、疑問点が沢山浮かんでくる。

「ゆっくりしていってください、君とは永い付き合いになる」
「本物の、六道骸……!?」

 “本物”という言い方からすると、きっと二人は初対面のはず。それでも、この相対するぞわりとした恐ろしい雰囲気は異常だ。

「名前ちゃん、必ず助けるから!」
「沢田くん……、でも、すごく危険だよ。だってあの雲雀さんが、」
「名前、今は静かにしていてくださいね」

 六道さんが私の唇へそっと人差し指をあてると、キンという耳鳴りのような音と共に立ち上がりかけていた体がピタリと動きを止めた。そしてそのままゆっくりと、再びソファへと座り込んでしまう。自分の体なのに、指先ひとつ言うことを聞かない。先程まで言葉を紡いでいた唇も、きゅっと結ばれたまま開けない。何もできず、目の前の光景をただ見ているだけ。

「名前ちゃん……?」
「……様子が変だな」

 大丈夫だよとか、気にしないでとか、唇を震わせようとするけれど、言葉にならずに空気だけが小さく呼吸と共に漏れる。逃げて、三人だけじゃ危険だよ。目線だけじゃそう訴えることさえ出来ず、膝の上に置かれた両手を無意識にぐっと握りしめた。

「フゥ太!お、驚かすなよ」
「無事みたいね」

 唐突に入り口の扉が閉まる音がした。目線だけでそちらを見ると、ぼんやりとした様子のフゥ太くんがいつの間にかそこへ立っている。沢田くんやビアンキさんが声をかけているのに反応がなくて、どこか様子がおかしい。そして後ろに隠されていた何かを取り出すと勢いよく、そしてちらりともその方向を見ずに、突き刺した。

「ビ、ビアンキ!」

 ──なんて、ひどいことを。
 声が出ないせいか、音を発することなく喉がキュッと閉まるような感覚がした。まるで何かに操られているかのように、フゥ太くんは続けて沢田くんにもその凶器を振り回している。

「……マインドコントロールされてるみてえだな。フゥ太も、名前も」
「さすがアルコバレーノ、よくお分かりで」
「そ、そんな……フゥ太にも、名前ちゃんにも、どうしてこんな……!」
「クフフ、さあどうします?ボンゴレ10代目」

 愉しげに笑い、挑発的な言い方で。人の扱い方が非情すぎるぐらい上手で、彼の思うがままの展開になっていく。そして、直接六道さんを倒そうと沢田くんがこちらへ向かうと、フゥ太くんが沢田くんを追いかけて刺そうとしてしまった。けれど、沢田くんが何かを伝えると血を流して倒れ込む。ほんの少しの間に、またひとり意識不明になってしまった。こわい、見たくない、体が震える。

「まさか、僕が直接手を下すことになろうとは」

 そう言うと六道さんは私の横から立ち上がり、沢田くんの元へとゆっくりと歩きコンクリートの床に革靴の音が響いた。
 殴る、蹴る、刺す。止まらない圧倒的な力量差の攻撃は、非現実的すぎて本当にこれは現実なのかとわからなくなってくる。けれど、沢田くんの必死な攻防や、沢田くんを追ってきた獄寺くんや雲雀さん、ボロボロになりながらも動かされ続けるビアンキさんや柿本くんたち。彼らの痛みは、本物だ。
 何もできない無力さを感じ、ずっと開いたままの瞳から、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。そして止まらない涙で目の前が滲んでいき、いつの間にか私はまた意識を失っていた。混濁する意識の中、彼が優しげに笑って私の名前を呼ぶ。そんな、都合のいい幻覚が見えた気がした。

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