わがまま王子 | ナノ
わがまま王子と私の私の進路
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結局ルシウスは申し分ない成績で試験をパスし、マリアもなんとかメンツを保てる程度の成績を残すことに成功した。

あとは残り数週間を平穏無事に過ごせば学校生活を乗り切るという大きなミッションを成し遂げられる。

のだが。


「マリア」

『はい』

「マリア」

『なんでしょう』

「マリア」

『だから何の御用ですか!』

「呼んだだけだ」


就職の心配がないルシウスは、授業がなくなって暇で暇で仕方がないのだろう。

ひと足先に学校生活を終えた気分で家同然のようにマリアに付きまとってくる。

マリアは仕方なく人が多い場所を避けて生活しているのだが、暇人王子は毎日マリアを探しに来る。

今日もまた、1人になって10分も経たないうちに暇人わがまま王子がやってきた。


「1人で出歩いては危ないといつも言っているだろう」

『ここは学校の敷地内なので心配には及びませんといつもお答えしているでしょう』

「最近外にいることが多いのには何か理由があるのか?」

『校内では人目がありますからね』

「どうやら気を使わせてしまったようだ」

『おかまいなく。と言いたいところですが、なるべくお控えくださると嬉しいです』


マリアだって好き好んで1人でいるわけではない。

できることなら談話室で友人と学校生活の思い出話を楽しみたい。

しかし、先の通りルシウスが絡みに来るため、外へ出ざるをえないのだ。

気を抜いたら、たぶん、おわりだ。


「私と2人きりになりたいなら部屋に来ればいいではないか」


そう。

こんな調子で意味不明のことを言ってくる。

とても他人には聞かせられない。


「いまさら人目を気にするような間柄でもないがね」

『お言葉ですがルシウス様、7年間を無駄になさるおつもりですか?』


なんのためにお互い外面を作ってきたと思っているのだ。

卒業してしまえば学友たちとの関係が無になるというわけではない。

活動の場が社会に変わるぶん、魔法界各地へ広まる。

いつもの戯れで本気ではないとわかっていても、こう毎日付きまとわれると不安にもなってくる。


「そんなに外聞が気になるか?」

『当然です』

「私ではマリアに不釣合いか?」

『そういう話をしているのではありません』


そもそもルシウスと2人きりになりたくて外に出ているわけではない。

最後くらい大人しくしてい……られるはずもなさそうだ。

よく考えなくても7年間ずっとこんな調子だったのだ。

それこそいまさら言ったところで何も変わらない。


「それはよかった。7年間の努力が水の泡になるところであった」

『水の泡になりかねないので、残り数週間、私と距離を置いてください』

「それはできない。美しい花は1秒でも長く愛でていたいではないか」

『植物は刺激に弱いですからね。むやみやたらと手を触れてはいけませんよ』

「しかし話しかけるのはいいと聞く」


まったく実のない会話を続けていると、ルシウスを呼ぶ声がした。

同学年の女の子だ。

マリアを見たときの表情を見れば、何をしにきたのかなんとなく察しはつく。

卒業前は、そういうシーズンだ。


『戻りますね』

「では私も」

『あの方が用事があるようですよ』

「私のほうはない」

『話くらい聞いてあげるべきです』


勇気を出して告白に来たのだから、返答はどうであれ、聞いてお礼を言うのが紳士というものだ。


『くれぐれも、本性を出さぬようお願いしますよ』

「本心を話さねば相手に悪いだろう」

『本心と本性は別物です』





「プリムローズ」


玄関ホールで男子生徒に呼び止められた。

別の寮の監督生だった。


「あの、ちょっといいかな?」

『なんでしょう』

「ここではちょっと」


もじもじしていてはっきりしない男だ。

急ぐのでと言って断ろうとしたが、先ほどルシウスに話くらい聞くべきだと言った手前、断りづらい。

マリアは小さくため息をつき、人通りが少ない中庭のベンチへ向かった。


「卒業後はどうするの?」

『今まで通り、アブラクサス様のお屋敷でお世話になります』

「あー、えーと、マルフォイの家?」

『ええ』

「気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、マルフォイにはよくない噂が立っている」

『噂、とは?』


この手の話を聞くたびに、毎回緊張する。

どうか本性がバレていませんようにと祈るばかりだ。


「死喰い人の仲間になるという噂だ」

『ああ』


死喰い人がどういう人達なのか、詮索しなくとも自然と耳に入ってきた。

いままでは興味がなかったから耳を通り抜けていただけのようで、気にし始めたら談話室でも聞こえてくる単語だった。

学校内にも家族に死喰い人を持つ人が複数いるようだ。

ルシウスと懇意にしていた生徒たちも、そのほとんどが死喰い人の関係者だった。

ルシウスが卒業後にと言っていたからマリアからルシウスに直接聞いてはいないが、周囲の会話から容易に想像がつく。

この程度のことの裏を取るのに苦労するなんて、闇払いも名ばかりだなと思う。


「本当のことなの?」

『私は何も聞かされていないのでわかりません』

「きちんと聞くべきだ。君もマルフォイの家にいたら巻き込まれる可能性があるんだ。他人事ではすまされない」

『そうかもしれませんね。お気遣いありがとうございます』

「君はそれでいいのか!?平気で人を殺すような連中だぞ」

『使用人が主のすることに口を出すものではないので』


出したところで行動を改めてくれるような人ではない。

ルシウスがマリアの忠告を聞いてくれるなら、こんなに苦労はしない。

わがまま王子はわがまま放題だからわがまま王子なのだ。

マリアの心労がまったく別の場所にあることも知らず、男は「無理をする必要はない」と気遣った。


「君はマルフォイ家の使用人かもしれないが、死喰い人に関しては無関係だろう?」

『無関係というのはあなたにも言えますよ。マルフォイ家のことも、死喰い人のことも、私のことも、あなたには関係のないことよ』

「……好きなんだよね、プリムローズのこと」


男はもごもごと言った。


「だから心配なんだ。よかったら家を出て、僕と一緒に来ないか」

『心配してくださるのは嬉しいのですが、お名前も知らない方のところへお邪魔するわけにはいきません』

「えっ、名前……そっか……結構仲よくしてもらっていたつもりだったんだけどな……ははは」


笑顔を保っているが、ショックを受けていることは見て取れた。

しばらくかわいた笑い声を出したあと、がっくりとうなだれた。

外面を良くしていると、こういう勘違いが生まれるから面倒だ。


「うすうす気づいてはいたけど、やっぱり君はマルフォイのことしか見えていないようだね」

『使用人ですからね』

「そういうことにしておこうか。敵に塩を送るのも癪だ」


男はまだショックを隠しきれない様子で、肩を落として去っていった。

ルシウスのことしか見えていないのではなくルシウスのことで手一杯なのだ。

他に気を配る余裕はない。

なんて言えるはずもないので、“そういうこと”にしてもらえるのはありがたい。





「名前を覚えていないというのはいささか不憫ではないか?」


男が去った方向とは逆方向から出てきたルシウスが言った。

立ち上がろうとしたが、「そのままでいい」と手で制されたのでマリアはベンチからルシウスを見上げる。

同情する言葉を発したとは思えない、楽しそうな顔をしていた。


『聞いていらっしゃったんですか。立ち聞きは趣味が悪いですよ』

「聞こえてきただけだ。聞かれたくない話なのであれば、それ相応の注意を払うべきだ」


このように、と言ってルシウスは呪文を唱えた。

薄いベールのようなものが2人の周りの空間を包んだ。


「マリア、私も君しか見えていないから安心しなさい。先ほどの話も丁重に断った」

『ありがとうございます』


いろいろと訂正したかったが、何を言ってもいつも通りあーだこーだ言って都合のいいようにしか取らないのは目に見えているため、マリアは何も言わなかった。

ルシウスは満足そうに目を細め、マリアの隣に座った。


『では私はこれで』

「せっかく魔法をかけたんだ。もう少しここにいなさい」


相変わらず何が“せっかく”なのかさっぱりわからない。

しかもどさくさにまぎれてマリアの髪に手を伸ばしていじり始めた。

いくら魔法で隠しているからといって、これ以上学校でべたべたされても困る。

マリアはルシウスの手を払おうとしたが、逆に掴まれてしまった。


「イースター休暇のことを覚えているか?」

『ルシウス様が寝起きにキスをしようとしてベッドから落ちたことですか?それとも添い寝しないと寝られないと言って駄々をこねられたことですか?それとも――』

「アーサーの言っていたことだ」

『……死喰い人の件ですか』

「その様子だと知っているようだな」

『ええ。申し訳ありません』

「謝る必要はない」


ルシウスは脚を組んで空を見上げた。

手を離すつもりはないようだ。

珍しく真面目な顔をしていたので、仕方なく繋いだまま手を下げた。

これなら万が一誰かに見られたとしてもすぐには気づかれずにすむだろう。


「マリアはどう思う」

『どう、とは?』

「死喰い人についてだ」

『特に私の方から申し上げることは何もございませんよ』

「私がその死喰い人になる、と言ったら?」

『心配事が増えますね』


学校が終わり外面を気にしなくてよくなるというのに、毎日あちこち出かけられたのでは気が気じゃない。

何かあったら、学生と違いごまかすのが大変そうだ。

ルシウスが粗相をしないか心配だという意味で言ったのだが、ルシウスは別の意味で捉えたようだった。

表情の中に、去り際の監督生と同じ種類の感情が見える。


「本当は卒業をしてから聞くつもりだったのだが――」


ルシウスの表情に変化はなかったが、指に力が入ったのがわかった。

外面でもわがまま王子でもないルシウス――。

彼が何を言おうとしているのか、聞かずともわかるのは、わがままにふりまわされつつ十数年を共に過ごしてきたからだと思う。


選択肢を出される前に、マリアはルシウスの手を握り返した。

おそらくそれで伝わるだろう。

ルシウスがどんな道を進もうとも、ルシウスの元を離れるつもりはないと。


誤解させてしまったお詫びも兼ねて、微笑みを追加した。

――のがいけなかった。

愛想を振りまきすぎたせいで、ルシウスがわがまま王子に戻ってしまった。

キスをしようとするルシウスと、逃げようとするマリアの攻防が始まる。

違った意味で手に力が入る。


『時と、場合を、考えて下さい』

「では部屋へ」

『お断りします』

「どうせ誰も見ていない」

『そういう問題ではありません!』


前言撤回だ。

不安なんて何もない。

ないことにしよう。

ここ最近のルシウスの真面目っぷりが死喰い人のおかげなのだとしたら、むしろ大歓迎だ。

不純な動機ではあるが、全力で応援したい。

今現在ルシウスが死喰い人になることを誰よりも望んでいるのは間違いなく自分だという自信がある。


『あとから聞くのは野暮だと思うのですが念のためお聞きしていいでしょうか』

「ん?」

『ルシウス様が聞きたかったのは、危険を避けるために私がマルフォイ家を出るかどうか、ですよね?』

「ああ。そしてマリアは出て行かずに私と婚約すると答えた。――確かに言葉にするのは野暮だなマリアらしくない」

『違います余計なものが付け加わっています』

「マリアは照れ屋だからな。しかし私にはわかる」


ルシウスは力を緩め、無防備になっていたマリアの手の甲にキスをした。


「わかっていても君の口から直接聞きたいという私のわがままを叶えてくれるか?」

『お断りします。そもそもルシウス様はわかっていません』

「返事は卒業後でいい。それまでに指輪とウエディングドレスを用意しておく」

『意味がわかりませんし返事を待つ気もないではありませんか』

「もちろんプロポーズも正式にしなおす」


もうめちゃくちゃだ。

会話が成り立たない。

真面目な話が嫌いなのか、出て行かないとわかって調子に乗っているのか――たぶん両方だろうが――これはイースター休暇のときと同じ流れだ。

完全にルシウスのペースでマリアにはどうすることもできない。


『ルシウス様』


口を出さないと決めていたが、やはり言うことにした。


『死喰い人、大変良いと思います』


1日も早く死喰い人になり、1分1秒でも早くわがまま王子を卒業なさってください。


わがまま王子と私の進路 Fin.


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