わがまま王子 | ナノ
わがまま王子と私の未来
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「マリア、その花は飽きた。変えてくれ」

『かしこまりました』

「マリア、髪を結ってくれ」

『……かしこまりました』

「マリア、キスを」

『それは承知しかねます』

「なぜ」

『なぜ、はこちらのセリフです』


ルシウスは学校を卒業後、死喰い人生活に身を移し、真面目に生きてくれる――なんてことはなく。

朝はキスがないと起きられないと言うし、夜も1人では眠れないと言い、毎日マリアを振り回していた。

不思議なことに1年前と何も変わっていない。


「私のやる気が出ない」

『ご自分で何とかなさってください。それは私の仕事ではありません』

「私のほうからのキスならいいということかな?」


そういうことではないと言ったところで通じる相手ではない。

一度わがままモードに入るとエスカレートするだけなのは目に見えているため、物理的な距離を置くために掃除を理由にその場を離れる。

だいたいはこれで解決するのだが、今回はしつこかった。

ルシウスは監督生の見回りをしていたときのように、マリアについて回った。


『いつまでも学生気分で居られては困ります!』

「マリアもだ。いつまでもメイド気分で居られては困る」

『お言葉ですがルシウス様、私はマルフォイ家の使用人です』


メイドなんだからメイド気分でいるしかない。

困る意味がわからない。

アブラクサスに雇われた身でなければ、こんな懇切丁寧にわがまま王子の対応などしない。

バシッと殴って、突き放して終わりだ。


「それは学生時代の話だ。卒業をしたら私の妻だろう」

『……いつの間にそういうことになったんですか』

「君も承知したはずだ」

『記憶にございませんね』


ため息をついたマリアがマントルピースの掃除を始めるのを見て、ルシウスが立ち上った。

機嫌を損ねたようで、眉を寄せている。


「私の一世一代のプロポーズをなかったことにすると?」

『どさくさにまぎれておっしゃったあの冗談のことですか?あの件はお断りしたはずです』


あれこれわがままに振り回されてきたが、さすがに結婚となれば話は別だ。

気まぐれだとわかっていて、人生をかけて付き合うわけにはいかない。

いや人生はかけて仕えるつもりではいるが、そういう意味ではない。


「マリア」


ルシウスによって、マリアの手から銀の燭台が取り上げられる。

真面目に話をしろということなのだろう。

マリアは掃除を諦め、話し相手に勤しめられるようソファに移動しようとした。

が、ルシウスはそれすら許さなかった。


『紅茶をご用意するだけです。そのあとでお話は聞きます』

「今聞きなさい」


ルシウスは壁を背に立っているマリアの両側に手をつき、逃れられないようにした。

こういう展開は過去に何度もあり、その都度ルシウスが痛い目を見ているというのに、どうして学習しないのだろう。

さすがに家では殴らないと思っているのであれば大間違いだ。

マリアはキッとルシウスを見上げ、そこで始めて、いつもと様子が違うことに気づいた。


「マリア、君が私の言うことを断れるとでも?」


聞きなれたセリフだが、今日は違った。

見下ろす表情は、わがまま王子の顔ではない。

どうしたのだろうと戸惑った一瞬の隙をルシウスは見逃さなかった。

ふいに唇を奪われる。

驚くマリアを見て、ルシウスが薄く笑みを浮かべた。


「私は本気だ、マリア」

『……職権濫用です』


ようやく返した言葉も、「今に始まったことではない」と軽くあしらわれてしまう。


「今までの雇用も結婚までの準備期間のようなものではないか」

『……どういう意味です?』

「マリア、君は覚えていないのか」


ルシウスは少し残念そうな顔をして、昔の話をし始めた。





「君はあのとき独りだった。全てを失い絶望していた」


どうやら十数年前にマリアがここに引き取られて来たときのことのようだ。

絶望していたというのは本当だろう。

少なくとも自分の記憶から抹消してしまうくらいにはつらい思い出だったはずだ。

うっすらと覚えているのは、独りになるのが怖くて、いつでもどこでもルシウスにくっついてまわっていたということくらいだ。


「逆に私は全て持っていた。家も両親も約束された地位も――唯一なかったのは自由だ。物心ついたころから全てにおいて“ルシウス・マルフォイ”という人物を要求された」


それは今でも変わっていない。

ルシウスは“マルフォイ家の跡取り”としての振る舞いを心がけているし、マリアもそのイメージを壊さないように心がけている。

外では、だが。


「マリアは、その自由の場を与えてくれると言った」

『自由を?』

「そうだ。2人でいるときは好きにしていいと。その代わり一緒にいさせてくれと言った」

『……覚えておりません』

「そのようだ。しかし実際にマリアはずっと私に仕えてくれた。どんなわがままを言っても愛情を持って接してくれた」

『わがままは、わざと言っていたんですか?』

「始めの頃は試したりもした。しかし今は違う。私はマリアを信用して素をさらけ出している」


騙されていたわけではなくてよかったという気持ちと、どうせならわがままは嘘で、本当は真面目な人であってほしかったという気持ちが交錯する。

嘘でも嘘じゃなくても、嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。


「覚えていないのに約束を守ってくれていたことを私は嬉しく思う」


ルシウスが手の甲で頬を一撫でした。

マリアが抵抗しないことがわかると、今度は顔を包むように耳の下に手を添える。


「だから私も約束は守る」

『……まさかとは思いますが、それが結婚ですか?』

「それが最もてっとり早く確実であろう。私はマリアを愛しているし、マリアも私を愛している。何も問題はない」


さらっと当然のことのように言ってのけたが、問題しかない。

結婚は“てっとり早い”などという理由で決めていいものではないし、マルフォイ家の嫁が使用人というわけにもいかない。

結婚準備が使用人というのも意味がわからない。

何より勝手に人の気持ちを決め付けないでいただきたい。

そしていつものことながら、当の本人が問題にまったく気づいていないということが一番の問題だ。


「世間体を考えて父上がどうしても反対するようなら、他に世間向けの妻をめとり、形だけの夫婦をやってもよい」


次から次へととんでもないことを言うルシウスに今さら常識を説いてもしょうがない。

純血の家では政略結婚は珍しくないし、結婚観は人それぞれだ。

ルシウスの言い分が全て間違えているというわけでもない。

マリアは考えた挙句、唯一反論できる場所について答えた。


『子どもの頃の約束ですし、もう10年も経っています』

「期限はなかったはずだが」

『もちろん恩を返すのに期限はないと思っております。約束の件がなくとも今後も引き続きお仕えするつもりでした』


マリアは一呼吸おき、ルシウスの手に自分の手を重ねた。

頬から離し、両手で包む。


『どうか私のことは構わずご自由にお相手を決めてください。私はもう大丈夫です』

「私がマリアが良いと言っているんだ」


ルシウスは食い下がった。

再びキスをするのではないかと思えるほど顔を近づけ、マリアの目をのぞき込む。

結った髪が肩から前へと滑り落ちる。


「マリア、君は私から自由の場を奪うのか?」

『使用人のままでも、今までどおりの対応ができます。傍にいろとおっしゃるのであれば、傍で仕えます。ですから、子どもの頃の約束に縛られて結婚相手を決める必要はございません』

「マリアは私を愛していないのか?」

『お慕いしておりますよ』


家では主人として、学校では友人として、誰よりもルシウスのことを信頼してきた。

どんなにわがままを言おうともそれは変わらない。

ルシウスがマリアに対してだけわがままを言うのと同じように、マリアも心を開いているのはルシウスだけだ。


『しかし結婚となれば話は別です。お互い大人になりましょう』

「……ふむ」


ルシウスは壁に残していたほうの手も離し、考えるそぶりをした。

真面目に取り合ってくれる気になってくれたようでよかった。


「言いたいことはよくわかった。マリアの言うとおり、子どもの頃の話をいつまでも引きずるのはよくない」


珍しくものわかりがいいルシウスに安堵する。


「最後に1つだけわがままを聞いてほしい」

『かしこまりました』


これを機に今後一切わがままを言わなくなりとはとても思えないが、せっかく大人な判断をしてくれたのだ。

最後ということで、抱きついてキスをするくらいならしてもいい。

――そう、ちょっと感傷に浸りながら思ったのが大間違いだった。


「聞くと約束したな?」


含み笑いをするルシウスを見て嫌な予感を覚えたが遅かった。

わがまま王子は、どこまでいっても無茶苦茶なわがまま王子だった


「健やかなるときも、病めるときも、私を愛し、敬い、命ある限り、365日常に真心を尽くすことを誓いなさい」


一般的に結婚式で誓いの言葉として使われているものを求めてくるルシウスに、マリアはため息で返事をするしかなかった。


わがまま王子と私の365日 Fin.
次ページはあとがきです


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