わがまま王子 | ナノ
わがまま王子と私の攻防
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わがまま王子が自分から起きた。

いつもならしつこいくらい声をかけないと起きないのに、今日はカーテンを開けただけで、マリアは一言も発していない。

一瞬自分が寝坊をしたのかと不安になったが、窓の外ではまだ顔を出したばかりの朝日が雪に反射してキラキラ光っている。


「マリア、どうかしたか?」

『あ、いえ。次にお部屋に飾る花は何がいいかなと』


声をかけられて我に返ったマリアは、急いでアーリーモーニングティの準備を始めた。


「どうせ3日後には学校に戻るんだ。そのままでも構わないだろう」


大きなクッションに背をゆだね、ルシウスはベッドサイドの花瓶へ目を向けた。

冬独特の白い花は、保存魔法のおかげで変色1つすることなく、最高の状態で咲き続けている。


『今すぐに変えるわけではありません』


次に戻ってくるのはイースター休暇だ。

そのときにまた季節の花が最高の状態で用意できるよう、数ヶ月前には注文をしなければならない。

館の中の装飾は基本的にはしもべ妖精が都度変えてくれるのだが、例によってルシウスは自分の部屋をマリア以外にいじらせようとしない。


「それで?」


紅茶を受け取ったルシウスは、スプーンで琥珀色の液体をひとまわしした。


「花でごまかさずに何を考えていたのか言ってみたまえ」

『ごまかそうとなどしておりません』

「そうかな?マリアは花のことなど考えていなかった。私に聞かれ、とっさに考えた言い訳だ」

『ずいぶんと自信がおありのようですが、開心術でもお使いになられたのですか?』

「私が何年マリアを見続けてきたのだと思う?眉の上がり具合、目の動き、頬の硬直具合を見れば、そのような無粋な術は使わずともマリアの考えていることくらいすぐにわかる」


相変わらず気持ち悪いことを平気で言う。

ドレスのサイズの件もだが、観察力があるというレベルの話ではない。

言い方にしたってそうだ。

表情、とひとくくりにすればいいものを、どうして眉がどうこうまで言うのだろうか。


「マリアは今、私に感心した」

『ええ。まったくもってすばらしい才能ですね』

「マリアに関してだけだがね」


いつもの棒読み返答にもへこたれず、ルシウスは得意気に笑った。


「そういうわけで、私に嘘は通じない」

『心得ておきます』


どうやらルシウスの観察眼は、お世辞やルシウスを褒める嘘には反応しないようだ。

都合のいいようにできている。


「で、本当は何を考えていた?」

『今日はやけに食い下がりますね』

「私の大切なマリアが物憂げな表情で外を眺めていたのだ。気にするなという方が無理な話だ」

『そんな表情をしていましたか?』


憂いていたのだとしたら、世界の終わりが来ることを憂いていたのだろう。

ルシウスが自分で起きるだなんて、天変地異が起きかねない。


『ルシウス様がめずらしく早く起きられたので、驚いていただけです』

「マリアとのひと時を1秒たりとも無駄にしたくなくてね」

『そう思うのであれば、毎日布団の中で駄々を捏ねるのはおやめください』

「おや、マリアもあのやりとりを楽しんでいたとは意外だ」

『楽しんでいません』

「マリアの楽しみを奪ってしまって申し訳なかったね。では始めからやりなおそうか」

『楽しんでいないと申し上げたでしょう――って言ってるそばから布団にもぐらないで下さい!やりなおしませんからね!』


どうやら、天変地異の心配はなさそうだ。





「マリア、外套を」

『お出かけですか?これから?』


ルシウスに命じられ、マリアは目を丸くした。

何か予定があっただろうかと手帳を確認したが、何も書かれていない。

ルシウスの気まぐれは今に始まったことではないが、さすがにこの雪で外に出たくなるなんて常軌を逸している。


そう、今は雪が降っている。

しかも、吹雪いている。

最終的にはわがままし放題だったため天変地異は避けられるかと思ったが、そうもいかなかったようだ。

朝見えたはずの太陽は早々に雲に隠れ、雪が降り始め、アフタヌーンティーの時間がすぎるころには猛吹雪に変わっていた。


『どちらへ?買い物でしたら、私が行きますよ』

「こんな天気の日に君を外に出すわけにはいくまい。風邪でもひかれたら事だ」

『その言葉、そのままお返しいたします。風邪を引くとわかっているのにわざわざ外へ出る人がありますか』

「風邪をひけばマリアが看病してくれる」


飄々と言い、ルシウスは外套を催促した。

一度言い出したら聞かないルシウスのことだ。

これ以上何を言っても無駄だろう。

助けを求めるようにアブラクサスのほうを見たが、「好きにさせろ」というようなジェスチャーをされただけだった。


『それで、どちらへ行かれるのです?』

「ロンドン方面だ」

『遠いじゃないですか!馬車を手配するのでお待ちください』

「不要だ。すぐに姿くらましをする」

『まだ試験に合格したばかりではありませんか』

「合格したのだから問題あるまい。そんなに必死に心配してくれるだなんて、私もずいぶんマリアに愛されたものだ」


どうしてこう一言余計なのだろうか。

いっきに心配する熱が冷めてしまった。

マリアは言われたとおり厚手のコートと手袋、それから帽子を準備し、玄関ホールに下りた。


『雪で帰り道がわからなくなっても、風邪を引いても私は知りませんからね!』

「口ではそう言いつつ、いざ私が帰ってこなければ見つかるまで探してくれるのだろう?」

『マルフォイ家の跡取りが行き倒れたなんてことになれば、一族の恥ですからね』

「体調を崩せは献身的に看護してくれる」

『ルシウス様が体調不良を盾にあれこれ命令し放題なだけです』

「それに付き合ってくれるのだから同じことだ。風邪を引きたくなってきたな。ああ、見送りはここまでで良い」


ドアを開ける直前に、ルシウスが手を上げてマリアを制した。

ここまで来たら玄関の中も外も変わらないと思ったが、ドアを開けた瞬間に入ってきた冷気を全身に受け、マリアはルシウスの言葉に甘えることにした。

風と一緒に雪が玄関ホールに舞い込んできて、まともに目を開けていられない。


「では、行ってくる」


瞬きをした隙を衝かれ、額にキスをされた。

文句を言おうと顔を上げたときにはそこにルシウスの姿はなく、閉じたドアの内側にうっすらと雪が積もっていた。


しまった。

いつ戻ってくるのか聞きそびれた。

夕食、どうしよう。





結局、ルシウスは夜が更けてから帰って来た。

どこかで飲んできたらしく、ずいぶんと酔っている。

さすがに泥酔というほどではないが、珍しく足元がふらついていた。


『水をお持ちしますね』

「いい。マリア、ここにいなさい」


部屋に戻るなりベッドに腰掛けたルシウスは、自分の隣をポンポン叩いた。

仕方なくマリアは呼び寄せ呪文を使って水差しとグラスをサイドテーブルに準備し、ベッド脇にあるイスに座った。


「そこではない」


ふてくされた顔で、ルシウスはマリアの手を引っ張った。

前のめりになりつつベッドへ移動しながら、マリアはルシウスの手が熱いことに気づいた。


『水の他に、薬も必要なようですね』

「マリアが薬になる」

『否定なさらないのですね。私では風邪は治せませんよ』


体が熱いのは酔っているからではなく、風邪を引いたからに間違いなさそうだ。

言わんこっちゃない。

こんなところで有言実行されても困る。


『薬を取って参りますから、その間にシャワー……が無理そうでしたら、着替えだけでもなさっていてください』

「薬はマリアで良いと言ったはずだ。シャワーも着替えもマリアが手伝ってくれぬと無理そうだ」

『姿くらましも楽々こなす方が子どものようなことをおっしゃらないで下さい』

「たまには童心に返るのもよかろう。どうだ、久しぶりに一緒に――」

『入りません』


ちゃっかり腰に手をまわさないで頂きたい。

これではただの泥酔エロ親父ではないか。

マルフォイ家の次期当主がこれでは先が思いやられる。


『念のために確認をしますが、酔いに任せて外でそのような発言をなさっていないでしょうね?』

「マリア以外に言うわけなかろう」

『そうですか。安心しました』


マリア1人だろうがなんだろうが、言うこと自体が全然良くないのだが、少なくとも酔っても外で本性を現さないだけまだましだ。

学校を卒業し、毎日別行動を取るようになったときに、ボロを出していないかどうか四六時中気にしなくてはいけないだなんて、考えただけでも頭が痛い。


「マリア、そんなに私の外での行動が心配か?」

『念のため、と申し上げたはずです。ルシウス様はきちんと時と場合を心得ていらっしゃるので、さほど心配はしておりません』

「そうではない。嫉妬をしないのかという意味だ。私がどこで誰と何をしていたのか、気にはならないのか?」

『嫉妬という意味では、まったく』


嫉妬どころか、絡まれた女性に哀れみすら覚える。

きっとその女性の“ルシウス・マルフォイ像”は崩れ去り、わがまま言い放題のルシウスに困惑することだろう。


「体調がすぐれないというのに、手厳しいね」

『自業自得ですから』

「そういいつつも、わがままを聞いてくれるのだからマリアは優しい」

『あら。わがままの自覚がおありでしたか』

「ふ、時と場合と相手はわきまえているからね」


マリアの言葉を借りて返答し、ルシウスはごろりと横になった。


「ということでマリア、今日は一緒に寝なさい」

『お断りします』

「承諾するまで、薬は飲まない」

『明日はお客様がいらっしゃる日です』

「ああ。だから薬を飲まねばならぬな」

『わかっているのなら――』

「マリアが添い寝すると言えば済む話だ」


どうしてこう、具合が悪いときまで口が達者なのだ。


『わかりました、今日だけですよ』


どうせ薬を飲めばすぐに寝る。

今だって目を開けているのがやっとのはずだ。

早々に寝かしつけて、明日の準備をすればいい。

そう思ったが甘かった。


『……ルシウス様、放して下さい』

「添い寝をすると言っただろう」

『抱き枕になるだなんて言っていません』

「なに、同じようなものだ」

『ルシウスさ――』


寝てる。

寝てるのに、力が強くて身動きができない。


『はぁ……』


天変地異なんて起こらなくても、私の毎日は災難だらけだ。


わがまま王子と私の攻防 Fin.


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