No pain No gain.
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「好きです」

唐突にそう言われた。
俺は鳩が豆鉄砲喰らったみたいに固まった。

「…聞いてるんですか?おじさん」

どのくらいの時間、固まっていたのかわからない。目の前には眉間に皺を寄せた、訝し気な顔したバニーちゃんがいる。

「えっ、あ、あー、聞いてる聞いてる」

確か好きだって、そう聞こえたような。
俺の幻聴でなければ。

「聞こえてるんならいいんです」

好きだって、言ったよなあ‥?
俺は今、告白されたんだろうか?
それにしてはいつもと変わらず、むっすりした表情しちゃって、まー。
普通、「好きです」なんて、告白するときはさあ、こー、ちょっと俯き加減で頬赤らめたりしちゃったりなんかして。
これはぜーんぶ、俺の心の中の声。

「あー、んー、えっと、だなあ‥」

実際口から出たのは何とも歯切れの悪い言葉と唸り声。
だーって!こいつは俺のパートナーで(勿論、仕事上の、だ。しかも上司命令で仕方なく)。
それに男だ、間違いなく。
頭をガシガシやりながら視線を上げると、そこにはいつもの冷笑、ではなく穏やかな笑みを浮かべたバニーちゃんがいた。

「何も言わなくていいです、僕が言っておきたかっただけなので」

そう、いつもの様に気障ったらしく髪をかき上げるといつも通りの可愛くないバニーちゃんに戻っていた。

「あっ、そうなの」

そんなバニーちゃんに釣られ、俺も少し、いつもの調子を取り戻す。
何か言え、と言われても何て言ったらいいかわからなかった俺は取り敢えず安心した。
いや、油断していた。
すっと近付いて来たバニーちゃんに対し、俺はあまりに無防備だった。

「おじさん」

いつの間にか至近距離にあるバニーちゃんの顔。
いや、後退ろうと思ったんだけどね、後ろは壁なのよ。

「バニーちゃん、顔近いって、近…」

ふわりと唇が触れ合った。
バニーちゃんの唇は意外と柔らかくて気持ち良かった。
あー、ちゃんとキスすんのなんていつ振りかな、キスってこんなに気持ちいもんだったんだな、なんて俺は考えていた。

「…嫌がらないんですね」

瞼を閉じていなかった俺は、バニーちゃんって睫毛長いな、とか、何かバニーちゃんからいい匂いがするな、とか。
そんなことを色々と考えてるうちにバニーちゃんは俺から離れた。
唇が触れ合ってたのはほんの数秒のことだろう。

「いや、だって、いきなりだったし」

それに、別に嫌じゃなかったような…。
これは言わない。
言っちゃいけない。
本能でそう思った。
けど、正面に立つバニーちゃんの顔をまともに見ることができない。

「隙だらけですよ、もっと自覚して下さい」

自覚?何をだ?
頭の中は疑問符で一杯だ、視線を上げてバニーちゃんの瞳を見た。
バニーちゃんの目が、微笑みと共に細くなる。

「僕がおじさんを好きだってことを、です」



これが今日、退社前の会社の廊下であった出来事。
再び固まった俺を一人残して、バニーちゃんはエレベーターに乗り込み姿を消した。




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