「ぼ、僕もだ!」
教科書を読み上げるトレインの声が徐々に遠のいていく。実際に遠ざかっているのはトレインの声ではなく、デュース自身の意識だ。それを理解しているからこそ、デュースは自身の手の甲をつねってみたり、左足を右足で踏んづけてみたりしながら、意識が途切れるのをなんとか防ごうとしていた。
ただ教科書に書いてあることを追っていくだけの座学は、否応なしに眠気を誘う。それが、昼食を食べ終わったあとの午後一番の授業であるならなおさらで、さらには低く落ち着いたトレインの声色が子守唄のように聞こえてしまうのだからどうしようもなかった。
「デュース」
右側からエースに小突かれ、一瞬だけ意識が眼前に戻ってきた。エースは立てた教科書で隠すようにしながら、デュースにあるものを差し出した。
「これ、エリィから回ってきた」
「エリィから?」
ちらり、とエースとユウとグリムを挟んで座っているエリィへと視線を送る。エリィは満開の向日葵のような笑顔を一度だけ浮かべ、口元だけを動かして『開けて』と言った。
どうやらエリィが寄越したのは手紙のようである。ノートの切れ端と思われる紙は、器用にも折り紙のようにハート型に折られている。デュースは『OPEN』と書いてあるところから、破れないように丁寧に手紙を開いていった。
(うとうとしていたのがバレたか? それにしても授業中に手紙を回すなんて、そういうところ女の子だよな。確かミドルスクールでも女子が……)
きっとエリィは眠りこけようとしているデュースに気付いて、起こそうとしてくれたのだろう。勝手にそんなことを思いながら手紙を開いたデュースは、そこに書いてあったメッセージを見て固まってしまった。
『デュース、だいすき』
「ぼ、僕もだ!」
ハッ、とデュースが我に返ったときはもう遅く、抑えるということを知らないデュースの想いは言葉として形になってしまった。もちろん今は授業中で、静まり返った教室の中に響くのは教科書を読み上げるトレインの声だけ、という状況である。あっちゃ〜と言うようにエリィは片手を額に当て、エースとユウとグリムは肩を震わせて笑いを堪えている。そしてもちろん、エバーグリーンの鋭い眼差しはデュースに深々と突き刺さることになった。
「どうやらスペードが続きを読んでくれるらしい。そうだろう?」
「あ、えっと、はい……」
教室中が囁くような笑い声で満たされる中、デュースは立ち上がって教科書を手に持った。眠気は完全にどこかへ飛んでいってしまったようである。かわりにやってきたのは小さな羞恥心。そして、秘めることのできない愛おしさと幸せな想いだった。
2023.05.23