「目を閉じて、左手を出してくれるか?」


 ガーベラ。チューリップ。バラ。カーネーション。オンシジューム。カスミソウ、レモンリーフ。そして、元気いっぱいに咲く向日葵。エリィの魔法の箒を彩る花束はビタミンカラーでまとめられていて、彼女自身の明るさを現しているようだった。

「エリィ!」

 魔法の箒を胸に抱えながら、振り向く。バースデーパーティーに参加してくれている生徒をかき分けて、こちらへやってくるデュースの姿が、少し大きめの三角帽のつばの向こう側に見えた。

「デュース! やっほー!」
「エリィ、誕生日おめでとう」
「あ。ありがとう! えへへ」
「バースデーパーティーは楽しんでるか?」
「うん! ユウからインタビューを受けて、ちょうど今からバースデーロードを飛ぶところ!」
「今から? ちょうど昼頃なんだな。太陽が一番高く昇っている時間だ」
「そう! 午後零時に生まれたんだって! 昨日ママと電話したときに教えてくれたんだ」
「そっか。家族とはもう話せているならよかった」
「えへへ。だって今日は一日中忙しいもんね! あたしが主役だもん!」

 そこまで言うと、エリィは慌てて口元を押さえた。デュースも唇に人差し指を当てて、あたりに視線を配っている。幸い、賑やかなこの場でエリィの口から零れた素の一人称を聞いた生徒はいないようだ。
 ぷっ、と同時に吹き出してクスクスと笑う。エリィの心にピンと張っていた糸が、ほんの少しだけ緩んだような気がした。

「飛ぶ前にデュースと話せてよかった。少し緊張が解れたかも」
「緊張……エリィも緊張するのか?」
「するよ! 飛行術は好きだけど成績は良くないもん。はぁ、みんなの前でうまく飛べるかなぁ。ママから写真を送ってねって言われてるから、なおさら失敗できないし」
「……じゃあ、僕がおまもりをあげる」
「おまもり?」
「目を閉じて、左手を出してくれるか?」

 こくり、と素直に頷く。魔法の箒を右手で抱えて、言われた通りに瞼を落とすと、パーティー会場のざわめきが遠ざかったような気がした。視覚を使わない代わりに、肌に触れる感覚がいつもより敏感になる。デュースの手が左手の指先から手の甲をゆっくりとなぞるように撫でていき、手首までくるとその動きが止まった。そして、少しひんやりとした何かをエリィの手首に残して、デュースの手が離れていった。

「もう目を開けていいぞ」

 ゆっくりと、期待を込めて瞼を持ち上げる。すると、エリィの左手首には腕時計が嵌められていた。落ち着いた光沢感のある文字盤には、向日葵の花がいっぱいに咲いている。イエローゴールドのベルトは華やかさと同時に落ち着きがあり、少しだけ背伸びしたような気分になれる。

「えっ、腕時計!? ど、どうしたのこれ!?」
「誕生日プレゼント。僕の誕生日のときにエリィがランニングウォッチをくれただろう? あれ、すごく嬉しかったし、つけているといつもエリィのことを思い出すから、僕もエリィに腕時計を贈りたいと思ったんだ。だから、この前みんなで薔薇の王国に帰ったときにこっそり買っておいた」
「それって、みんなで白兎の衣装を着たときだよね? あのときみんなで撮った写真、スマホの待ち受けにしてるんだ」
「そう、そのときだ。僕が住んでいる時計の街は、その名の通り時計が有名だから」
「デュース……っ、ありがとう! すっごく嬉しい!」
「ほ、本当か? 女子が身に着けるアクセサリーはよくわからなかったから、一番エリィらしいと思ったものを選んだんだ。エリィにはやっぱり向日葵が似合うな」
「向日葵かぁ……えへへ。なんだか本当に緊張が吹き飛んじゃった!」
「そっか。よかった」
「でも、ドキドキしちゃったな。左手を出してほしい、なんて指輪を渡されるのかと一瞬思っちゃった!」

 茶目っ気いっぱいに笑うと、その意味を理解したデュースの顔が見る見るうちに染まっていった。まるで白いバラが赤く塗られたみたいに。
 
「そ、それはいつか……ちゃんとしたものを僕が用意できるようになったら、渡すから」
「えへへ。冗談だよ! デュースと一緒にいられたらそれだけで嬉しいし!」
「いいや、そういうケジメは大事だからな。大人になったら絶対に渡す! でも、そのときまではこれをずっとエリィの傍に置いていてくれたら嬉しい」
「うん! もちろん!」
「エリィー! そろそろ時間だよー!」

 パーティー会場の入り口で、ユウが大きく手を振っている。そろそろ時計塔の針が一番高いところで重なる時間だ。
 エリィは向日葵がいっぱいに咲いた花束を、両腕で抱えなおした。

「じゃあ、行ってくる! デュース、見ててね!」
「ああ! 行ってこい!」

 太陽に憧れている向日葵は、決して太陽そのものにはなることはできないけれど、その笑顔は太陽にも真似できない輝きを持っている。その笑顔でみんなを照らしながら、エリィは蒼穹を飛んだのだった。



2023.08.05

向日葵:あなただけを見つめる、憧れ
ガーベラ:希望、前進
チューリップ:思いやり
黄色い薔薇:友情
カーネーション:純粋な愛
オンシジューム:可憐、一緒に踊って
カスミソウ:幸福、感謝
レモンリーフ:無邪気

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