「僕と踊っていただけませんか?」


 豪華絢爛なシャンデリアが、磨き上げられた大講堂を照らしている。つい数時間ほど前まで荒れ果てていたこの場所が、何事もなかったかのように元通りになっており、様々な国からやってきた魔法士養成学校の生徒たちが思い思いの形で交流している。立食を共にする者。談笑に花を咲かせる者。舞踏を披露する者など、様々だ。

(一気にいろんなことがあったなぁ)

 大講堂の壁に背中を預けてその光景を眺めながら、エリィは数日前から続いている一連の出来事を一つずつ辿っていた。
 魔法士養成学校の交流会代表に選ばれてノーブルベルカレッジへと呼ばれたこと。ロロ・フランムというノーブルベルカレッジの生徒会長と出会ったこと。交流会の衣装としてマスカレード・ドレスを用意してもらったこと。輝石の国の一部である花の街を観光したこと。
 そして、ツイステッドワンダーランドから魔法を消すというロロの企みを阻止したこと。
 魔法士の魔力を吸う紅蓮の花という植物を相手に、魔力量の少ないエリィが直接どうこうできることはなかった。しかし、持ち前の前向きさと不屈の精神でデュースやルークと共に最後まで戦った――というと聞こえはいいが、草むしりのごとく紅蓮の花を抜き取るという根性論で抵抗の意志を示したのだ。結果としてアズール、イデア、そしてマレウスの三人が鐘楼の最上階へとのぼり、待ち受けていたロロを倒して救いの鐘を鳴らすことで全てを終わらせることに成功した。
 マレウスきっての要望により、交流会の目玉である仮面舞踏会は開催された。ナイトレイブンカレッジがこの日のために準備した贈り物を披露し終え、生徒たちは自由に交流を楽しんでいる。踊り疲れたエリィは、大講堂の隅で一息ついているところだった。

「エリィ」
「あ、デュースだ」

 舞踏の波から抜け出してきたのは、エリィと同様にマスカレード・ドレスに身を包んだデュースだった。同じ寮に所属するラギーと同様に落ち着いたイエローやブラウン系統でまとめられた衣装を着ているエリィとは違い、デュースが纏っているのはブラックとブルーを基調とした衣装だ。マントを靡かせ、帽子を被っている姿は新鮮で、仮面の奥に光るピーコックグリーンの眼差しが一層引き立てられている。

「えへへ〜」
「どうしたんだ? 仮面をつけていてもわかるくらいにやけてるぞ」
「今日のデュース、すっごくかっこいいなって思って! スタイリッシュな怪盗? それとも正義の騎士様かな? マスカレード・ドレスすごく似合ってる」

 エリィが屈託のない純粋な好意を零すと、デュースは言葉を詰まらせてしまった。帽子のツバをぐっと下げても、赤い耳元までは隠せないようだ。

「っ……ありがとう。……嬉しいけど、エリィはいつもストレート過ぎるからたまに恥ずかしくなる」
「そう? 全部本当のことなんだけどな。えへへ」

 いたずらっ子のように笑うエリィだったが、次の瞬間、太陽を模した仮面の奥に光るスファレライトの輝きが、僅かに揺れた。

「じゃあ、僕も全部本当のことを言う。……エリィの前では怪盗でも騎士でもなくて、エリィだけの王子でいたい」
「デュー、ス」
「僕と踊っていただけませんか?」

 帽子を取り、かしずくように頭を下げて、いつもとは違う口調で、甘い眼差しで見つめられたら、勘違いしてしまいそうになる。豪華なドレスを着ていなくても、今だけは男装していることを忘れて、デュースにとってのお姫様になってもいいのだと。

「そ、そんなの反則だよぅ……」
「ははは。エリィも赤くなった。お揃いだ」
「も〜!」

 差し出された手に導かれるように、自らのそれを重ねる。何度でも繋ぎ合わせてきた大きな手のひらに、すっかり馴染んでしまった感触が愛おしい。
 デュースに手を引かれながら、エリィは舞踏の中心へと戻っていく。今宵は仮面舞踏会。少しだけ大胆になってしまっても、きっと誰も、見ないふり。



2022.11.27
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