「冷やかしに来たなら今すぐ帰れ!」


「いらっしゃいませ! 二名様ですか? こちらの窓際のお席へどうぞ!」

 はきはきとした明るい声が、麓の港のとあるレストランに響いている。
 清潔感のあるマリンテイストのユニフォームに身を包んだエリィは、客を席へと案内した後、トレーにレモン水を載せて客席まで運ぶ。すぐに「注文を良いか?」と尋ねられたエリィはにっこり笑って頷くと、客がメニュー表を指しながら注文する料理をハンディターミナルに入力する。そこに『五番テーブルの片付けを頼む』というジャックの声がインカムに入ってくると、ハンディターミナルをエプロンのポケットに差し込んでテーブルへと向かう。

「俺が皿を下げるから、後は頼んだ」
「了解! テーブルを消毒して、メニューを並べておくね!」

 ジャックは重たい皿をまとめてトレーに載せると、厨房へと戻っていった。エリィはアルコールスプレーを吹き掛けてテーブルを綺麗に拭き上げる。

 ジャックと一緒に、エリィが麓の街のレストランでアルバイトを始めて一週間ほど経った。

 厨房や力仕事担当のスタッフとして先にアルバイトを始めていたジャックが「人手が足りねぇ」とぼやいたことから、全てが始まった。すかさずエリィが「あたしもアルバイトをやりたい!」と言って自ら立候補したのだが、簡単な面接の後はあっという間にホールスタッフとして採用されて、今に至るという流れだった。
 連休中のみの短期アルバイトとはいえ、二人は手を抜くことなく真面目に働き、店長からも気に入られていた。

「いやぁ、ジャックがいい子を紹介してくれて助かったよ」

 休日昼の忙しさがピークを過ぎ、客足が遠のいたレストランのテーブルにナプキンなどの備品を補充していたエリィとジャックに、店長が話しかけてきた。

「エリィは手際がいいし、やる気があるし、何よりも笑顔が素晴らしい! ホールスタッフは丁寧な接客と愛嬌が大事だからね」
「やった! 店長に褒められちゃった! えへへ」
「ジャックの働きも申し分ないし、どうだい? 二人とも、学校を卒業したらここに就職しないか?」
「わあ! スカウトされちゃった! 学校を卒業した後のことって、まだ考えたことなかったけど、接客業って楽しいしいいかも!」
「ああ。エリィには向いていると思うよ。ジャックはどうだい? 君は体力があるし力仕事を任せられるから助かるんだが」
「俺はもっと勉強して、いろんな選択肢を見てみたいっすから」
「ははは! ごもっとも! 二人とも、一度しかない青春だ。よく学んで、悩んで、青春を謳歌するといい」
「はーい!」
「……ん? こんな時間に客みたいだ」

 店の入り口のベルが高い音を立てて鳴るのと同時に、ドアが開いた。入ってきたのは――。

「お疲れー」
「エリィ、ジャック。食べに来たぞ」
「エースとデュースじゃねえか」
「二人とも来てくれたんだ! いらっしゃい!」

 エリィとジャックの友人であるエースとデュース――通称エーデュースコンビだった。

「二人のお友達かい?」
「はい!」
「そうか、いらっしゃい。他にお客さんはいないし、好きな席に案内してあげてくれ」
「オレ、カウンター席がいいな〜」
「かしこまりました! こちらへどうぞ!」
「ジャック、俺たちは厨房に戻ろう」
「ッス、店長。お前ら、さっさと食って帰れよ」
「ジャック、オレたちは客だぞー」
「そうだな。もっと適切な言葉遣いがあるんじゃないか?」
「うるせえ! 冷やかしに来たなら今すぐ帰れ!」
「あははっ!」

 賑やかな声を聞きながら、エリィはレモン水とおしぼりの用意に取り掛かった。ここまで来るのにきっと暑かっただろうから、氷をたっぷりグラスに入れる。そこにレモン水が注がれていくと、氷がカランと涼しげな音を立てた。
 人数分のレモン水を載せたトレーを片手に載せて運び、慣れた手付きでカウンターテーブルにことりと置くと、感心したようにデュースが笑った。

「様になっているな」
「えへへ。そう? ありがと! あたし、接客業に向いているみたいなんだー。あ、ご注文はお決まりですか?」
「オレは表に出ていた、この店のオススメにしよっかなー」
「じゃあ、僕も」
「かしこまりました! 看板メニューのドーナツ二つですね! 少々お待ちくださーい!」

 エリィがとった注文はハンディターミナルで厨房へと伝達されると、すぐに店長がドーナツを揚げる準備に取り掛かる。
 エリィがカウンターの奥のパントリーに戻ると、厨房の奥から出てきたジャックが目の前にジャガイモをどさりと置いた。

「客が少ない今のうちにジャガイモを剥いておくぞ」
「そうだね。あたしたちは夕方上がりだけど、夜のスタッフさんが少しでも楽できるようにしておこ!」

 エリィはジャガイモを手に取ると、包丁を使って丁寧に皮を剥いていく。ときおり視線を感じて振り返ると、案の定、カウンター席に座っているエースとデュースがニヤつきながら二人が働く様子を見ていた。
 エリィの頭より遥かに高いところから、ジャックのため息が降ってくる。

「あいつら、ニヤニヤしながらこっちを見てやがる」
「あはは! でも、気持ちはわかるかも。友達がお店で働いていたら、あたしも絶対見ちゃうもん」
「そういえば、ナイトレイブンカレッジは男子校だったはずだが、ジャックとエリィはどういう知り合いなんだい? そこにいる二人も男の子のようだが」
「え!? いや、その」
「え、えっと〜それは〜」

 厨房から飛んできた店長の声に、ジャックは明らかに狼狽えて、エリィはわかりやすく目を泳がせている。
 アルバイトの面接で性別を偽ることはさすがにまずいと判断し、ありのままの状態で働くことにしたエリィではあるが、どこの学校に通っているのかは伏せていた。まさか「普段は男装をしてナイトレイブンカレッジに通っています!」とは、いくら店長が相手でも言い出しにくい。
 エリィとジャックが上手い切り返しを探せずにいると、何かを察した店長はにんまりと笑った。

「ははぁ? そういうことだね」
「なんスか、店長。その「からかうネタを思い付いた」みたいな顔は」
「いや。隠さなくてもいいんだよ。従業員同士の恋愛は自由だ」
「え?」
「つまり、こういうことだろう? エリィはジャックの彼女で……」
「違う!!!!」

 デュースが勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が跳ねるような大きな音を立てた。ジャックとエリィが弁解する暇すら与えず、カウンター越しにデュースの大きな声が飛んできたのだ。
 しん、と場が静まり返ると、我に返ったデュースは沈むよう着席する。スペードのスートがない頬は、チークでも塗ったように赤くなっている。
 そして、照れ笑いをしながら頬をかいているエリィの様子から察した店長は、若き日を思い出すかのように目を細めながら、揚げたてのドーナツをパントリーに置いた。

「青春だねぇ」

 このレストランでアルバイトをしているこのひと時も、きっとエリィたちの青春の一ページに、しっかりと刻まれるのだろう。



2022.09.03
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