黄金色の願い


 黄葉色と紺碧色を基調としたイチョウ商会の制服は、大自然が広がるヒスイ地方の中でも特によく目立つ。商会の名前をもらった『長寿』を意味するイチョウの黄色と、大昔から変わることのない海の青色を取り入れたのは、商会が末永く続いていくことを願って創設者――初代リーダーが決めたことだとか。イチョウ商会のリーダーによって代々受け継がれて、現リーダーのギンナンで云代目。創設者の願いは時代を超えて繋がっている。
 そんな意味が込められた制服を、ギンナンはとても大切にしている。特に、リーダーのみに与えられる帽子の記章は、商会を束ねる者として責任と誇りが込められた大切なものだ。ギンナンは毎晩、眠る前に記章を自分で丁寧に磨き上げる。そうすることで、リーダーであることを改めて自覚するのだ。

「父さん」

 野営の見張りの最中、ギンナンが焚火の前で記章を磨いていると、十代半ばころの自分とよく似た声に話しかけられて手を止める。顔を上げると、やはり十代半ばころのギンナンと同じ顔があって思わず目を細める。
 自分によく似た息子というものは、なぜこうもかわいいものなのだろう。その中に世界で一番愛しい人の血が流れているのだから、当然のことなのかもしれないが。

「こんな時間に、どーした?」
「俺はいつ商会の制服をもらえるの?」
「前から言っているだろう。十五歳になってからだ。ルテアだって一緒に旅を始めたのは十三歳ごろだったが、十五歳になるまでは商会の仕事を手伝いながら商人になるための勉強をしていたんだよ。今のお前たちのようにね」

 一番近くに停めてある荷車のほうを見ながらギンナンが答えた。その中では、彼にとって何よりも愛しい妻と娘が寝息を立てているのだ。
 ギンナンは目の前の少年――息子に視線を戻すと、諭すような口調で語りかける。

「商人としての知識、覚悟、責任、体力、心身の成熟……全てが揃ってこそ、イチョウ商会の一員として認められる。この制服を着るということはそういうことだ」
「ちぇっ」
「それに、もっと他にたくさんの世界があることを見てみるのも悪くないと思うぞ」
「世界を見る? イチョウ商会に入る以外の道を見付けろってこと?」
「そういう意味じゃない。オレとルテアはお前たち以上にたくさんの世界を見てきた。イチョウ商会に入ってからはもちろん、イチョウ商会に入る前も。だからお前たちも、イチョウ商会として生きる以外の世界を経験してみるのもいいかもしれない。その道がお前に合っているとしたら、独り立ちしても構わない。……でも」

 ギンナンは手元の帽子を、少年の頭にそっと被せた。
 少年は父親が大きな商会を束ねるリーダーとして、黄金色の記章が飾られた帽子をとても大切にしていることをよく知っている。だからこそ、父親の行動の重みがわかる。

「いろんな世界を見てみた上で、オレとルテアと同じ道を選んでくれるのなら、そのときはいつかこれを渡すときが来るかもしれないね」
「それって……!」
「まあ、どちらにせよまだずっと先の話だ。オレは生涯現役でいるつもりだからね。オレより優れた後継者が現れない限り、リーダーの座を譲るつもりはない」
「いいよ。要は父さんみたいに……いや、父さん以上の男になればいいって話だろ。目標がわかりやすくて助かるよ」
「ははは! じゃあ、今はひとまず寝なさい。しっかり休息をとることも商人として大切だからね」
「はーい」

 父と息子の密やかな語らいから、そう遠くない未来。彼らは様々な地方から人が集まるコトブキムラに拠点を置くことになる。そして、少年は湿地に住まう集落へ、片割れの少女は雪に隠れる集落へと独り立ちして、新しい世界を広げることになる。様々な経験を経た少年が父親から帽子を譲り受けることになるのは、それよりもさらに先の未来の話である。
 こうして、イチョウの名前に込められた願いは、海の音色が聞こえる太陽に照らされた場所で百年以上未来まで繋がっていくのだ。



2022.09.10

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