師匠にいちごの飴を貰った。元気が出る飴らしい。その元気が出るいちごの飴は意外にも優しい甘さで邪魔にならなかった。ポケットの中に手を突っ込む。笑えるくらい丁寧に畳んだいちごの飴の包み紙。捨てるには惜しい気もするがあっても邪魔なので家に帰って捨てた。すぐ捨てた。
包み紙は捨てたけど、師匠の優しさに胸がほんわかする。あの忌まわしい出来事なんて忘れてしまえそうだ。


「なまえ〜。新ちゃん来たよ」
「……ですよね〜」


まあ、来ると思ってたけどね。だってあのクソアシメはクールを装ったクソガキだから。頑固者なのだ。男兄弟は喧嘩したらママに怒られない限り勝つまで戦う。幼い頃は家族同然だった私達の喧嘩に『なんとなく仲直り』は存在しないのだ。


「ちょっと、閉めるな。開けろ」
「嫌だ。お前の顔なんて見たくない」
「じゃあドア越しに話す。ボーダーやめろ」
「…あのさあ、まじでさあ、お前何様なわけ?!」


バァン!!壊れるくらいの勢いでドアを開ける。頭強打したらいいんだ!!そう思ったけど流石攻撃手。すんなり避けられてしまった。

お前の顔なんて見たくないとか言っときながら一瞬でドア開けちまったじゃねーか。私の馬鹿。単細胞。


「なんでボーダー入ったの」
「なんで言わなきゃいけないの」
「…ボーダーやめてよ」


ドアノブを力強く握っていた手に、辻の手が重なる。冷たい。辻の顔は涼やかで綺麗だから、手が冷たいのがちょっと似合う。現実逃避だ。私は、辻にお願いされるのに弱い。多分辻も分かってやってる。だから私は


「ぜっったい、やめねーーよばぁぁか!!」
「な、」


お願いされた位で辞めるわけねーだろ!お前の思い通りになってやるかってんだ!
重ねられた手を思いっきり振り払ってついでに中指を立ててやる。


「お、まえ!」
「ていうか辻ぃ!お前私がサイドエフェクト持ってる事知ってたろ!!」
「、は、何、検査したの」
「しました!視覚数値化ですって!まんまだろ!」
「まんまだね」
「教えてくれたら良かったのに!意地悪!」
「教える必要なんてないだろ、お前はボーダーに入る必要なんてないんだから」
「そんなの私が決めることであってお前が決めることじゃない!」


がるがる、と2人で睨み合う。美人な辻の睨みは割と恐ろしいけど私には目付きの悪さトップクラスの師匠がいるんだ、お前なんか全然怖くない。寧ろ私の顔面派手だから私の方が恐ろしいはずだ!!


「〜〜〜っ!あー、もう」
「い、たたたたた!!!」


未だに立てままだった中指を握られ反対方向に逸らされる。いや折れる!折れる折れる!
けれども体を全く動かせなかったアームロックの時とは違う。反撃の仕様はいくらでもあるのだ。


「っだ!」
「はーなーせええええ」
「足、どけろ!」


辻の足を思いっきり踏んづけてやる。目には目を歯には歯を、暴力には暴力を。これが、視覚数値化というサイドエフェクトを持っている私と、それを昔から知っている辻の喧嘩の仕方だ。
きっとこの喧嘩も、私の指から変な音がするか辻の足の指から変な音がするまで終わらないだろう。それならば手っ取り早く強いダメージを与えた方の勝ちだ。

さてどうするか。踏んづけた足をちらりと見やる。他所に攻撃をするよりも、もう一発同じところにダメージを与える方が良さそうだ。私のサイドエフェクトがそう言っている。


「先に地獄で待ってな辻ぃ!」
「く、」


思いっきり足を振り上げだその瞬間


「あんた達うるさいわよ!!高校生にもなって喧嘩ばかり!いい加減にしなさい!!!」


この世でいちばん強いもの。母親の登場だ。目をこれでもかと釣り上げて仁王立ちしている。しゃもじを持っているのが何とも間抜けではあるが、今の私達からすればしゃもじすら弧月と同じくらいの殺傷能力がある武器に見える。


「「ご、ごめんなさい」」


母親のお叱り。喧嘩はとりあえず一旦休止である。辻家と名字家の暗黙のルールだ。母親が出てきたらとりあえず謝る。そして仲直りのおやつを食べるのだ。どうしても怒りが収まらない場合は母親がいなくなればもう一戦するのだが。
とりあえず今、私がすべき事は、辻とおやつを食べる事だ。


「お母さん、おやつ」
「おやつが何なの?」
「おやつ、ください。新ちゃんと、たべる」
「なまえちゃんと、たべます」


未だに握られている中指がふるふると震える。震えているのは私の手か、それとも辻の手か。恐らく両方である。


「新ちゃん、どら焼きが戸棚に入ってるから食べない。なまえは新ちゃんの分の飲み物用意しなさい。新ちゃんはなまえの分のどら焼きもとってあげるのよ。」

「「はい」」


とたとたと、母親が階段をおりていく音が聞こえる。私と辻は何も言わず、とりあえず中指だけではなく両手を握りあってお互いの震えを止めることに専念した。


「どら焼き、バターのやつかな」
「バターのやつじゃないかな、多分」
「バターのやつがいい」
「違っても機嫌悪くなんないでよ」
「うん」


お互いに握りあった手をぼーっと見つめながら話をする。辻の手は冬島さんの手と違うなあ。少し薄っぺらくて指が長くて綺麗な手だ。でも私の手より大きいし、硬い。昔は、手を繋いで走り回ってた時は、全く同じだったのになぁ。男の子すげーなぁ。


「怒ってごめん」
「いいよ、こっちこそ踏んづけてごめん」


辻の薄っぺらい手を握ったまま親指でさする。サラサラしてる。私の手はモチモチしてるのに。これは男女の差か?それとも私がデブ、いやそんなわけない。デブならばもう少しお胸にお肉があるはずだ。


「ボーダー、辞めないの?」
「辞める気は無いよ」
「…サイドエフェクト、誰が知ってる?」
「今のところは、師匠と、トーマと、冬島さん」
「なんでそのメンバー?」


今度は辻が私の手を摩ってきた。お、カサカサしてる。私のはモチモチだから私の勝ちだな。

私サイドエフェクトって知らなくて、師匠が気付いてくれて、師匠がトーマを連れてきて、トーマが冬島さんを紹介してくれて。そっか、ところで師匠って誰?荒船さん、辻の先輩だって言ってた。え、荒船先輩なの。うん。

ぽつりぽつり、これまであった事を零すように話す。喧嘩腰ではない、ちゃんとした会話。目を見てないけど、代わりに見てた辻の手が段々温かくなっていって、ああ ぬくいのも似合う。なんてさっきと真逆の事を思った。


「任務も何回かした」
「そう」
「これからも頑張るよ」
「分かった。もう辞めろって言わないよ」


せっかく温かくなってきた辻の手を離すのは少し惜しい気がしたけど、いつまでも廊下で話をするのも変だろう。早く温かいリビングに行こう。私が辻のコーヒーをいれて、そして仲直りのどら焼きを食べよう。バターのやつだったらいいな。それでコーヒーが熱すぎるって文句を言われたら、もう一試合したらいい。だって私は、辻と喧嘩するの嫌いじゃないから。


「なまえちゃん」
「なに」
「お前のサイドエフェクトは確かに凄いけど、強いわけじゃないから」
「うん、分かってる」
「危なくなったらちゃんと逃げてよ」
「分かってるよ、分かってる」


ぎゅ。一回だけ強く握って、手を離す。せっかく温まった指が冷える前にリビングへ行こう。


バターのヤツでした


マエ モドル ツギ

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