感情を受信するサイドエフェクトや、未来が視えるサイドエフェクトが存在するのだから、某ネコ型ロボットのシークレットアイテムよろしく、感情が具現化された物が視えるサイドエフェクトが存在してもおかしくないのかもしれない。

そのサイドエフェクトを所持する人には、今私の頭上にいっぱいのクエスチョンマークが視えていたりして、「あの女なんか猛烈に悩んでんなぁ…」なんて、いらん心配をかけさせてしまったりするのだろう。それは申し訳ない。是非とも人の心がない非道徳的な人間が所持していてくれたら、と願う。

……いやいやいやおかしいだろ。何考えてんだ私。意味わかんなすぎてトリップしてたわ戻ってこい私。


「…辻が私を振ってない?」
「振ってない」


こて、と勢いよく首を傾げながら聞くと、真正面にある辻の顔が、こくん、と揺れる。嘘を言っている顔ではない。私のことを馬鹿にしている顔でもない。真剣そのものな辻の顔だ、が、わからん。全然分からん。


「ホームランてきな?」
「野球のバットじゃない」
「カラオケのムードメーカー」
「マスカラじゃない」
「無くなりかけの歯磨き粉」
「さっきから何言ってるの」
「だよね?何言ってんだろ私」


いやほんと何言ってんだろ私。とりあえず頭に浮かんだ"振る"を数個口に出してみたが、辻の反応を見るにどれも正解ではないらしい。

それなら他に何があるのか。双六?仕事を押し付ける?読み仮名をつける?どれもこれもが違う気がする。いやだって話の流れに沿って無さすぎるもんな?急に双六の話とかされても私困るしな?日本語って本当に難しいな?

じゃあどの"振る"が話の流れに沿っているのか。数学と英語以外は赤点と運命共同体な私でも、なんとなく分かる。でも、言いたいことは分かるけど、意味はわからん。


「…いやいやいや、振ったじゃん」
「振ってない」
「ごめんって言ったじゃん」
「ごめんとは言ったけど続きがあった。それなのに話聞かずに帰ったのはなまえちゃんだし」
「……えぇ?」


意味がわからなくて首を傾げると、辻の眉間にぐぐっと皺が寄った。なんで辻が怒るのさ…。
ていうか、ごめんの後に続く言葉ってなんなん?ごめん生理的に無理。とか?確かにそれなら振ってないな?拒絶だな?でもそれを今から改めて言われるとなると、流石の私でも立ち直れないというか。


「…あの日」
「どの日?」
「かげうらで遠征組の慰労会してた日」
「あぁ、トーマと国近先輩の」
「うん。あの日、犬飼先輩に叱られた」
「なんで?」
「『ならなんで気まずそうな顔するの!ほんっとにお馬鹿さんだね辻ちゃんは!』」
「えっめっちゃ似てるウケる」


ふすっ、と鼻息を荒くして犬の真似をする辻が、思ってた以上に犬で驚いた。部隊組んでる人ってどこか表情が似てるなぁとは思ってたけど、これは似てるとかの次元じゃない、辻の顔をした犬だ。怒ってるのに困ってるみたいに眉毛を八の字に垂らす感じが本当に犬だ。
それをぐにぐにと触りながら凄い凄いと褒めていると、今はそこじゃないでしょ。と手をパシりと払いの蹴られる。そうでしたごめんなさい。続けてください。


「あの時のごめんは、逃げてごめんって意味で」
「あ、そうだったんだ…」
「うん。俺だって、なまえちゃんのことは家族みたいに思ってて」
「うん」
「だから、あー…えっと…もう、お前、本当に馬鹿なんじゃないの…」


ごてん、辻の頭が倒れてきて私の肩に埋まる。ぐりぐりと頭を押し付けられて痛いし擽ったいし、急に馬鹿って言われるし。
なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。引き剥がそうと辻の背中に手を回すと、何を勘違いしたのか辻の腕が腰に回ってきて、そのままぎゅうっと抱き寄せられた。待って。


「…烏丸くん」
「カラスマ?あ、京介?」
「うん」
「京介が何?」
「キスしてた」
「………は?」


誰と誰が?えっ、私と京介が?してないけど?辻がなんの話しをしているのか全く分からなくて、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
どうしよう…頭がパンクしそう…そんなことを思っている私を放って、辻は私の肩に向かってぺらぺらと好き勝手に喋り続ける。ちょっと待ってってば、


「俺だってずっと、なまえちゃんと結婚するつもりだったし」
「ぅえっ」
「かげうらで逃げたのは俺が悪かったけど、気まずかったし、見世物じゃないし、それ言ったら犬飼先輩に『女の子に恥をかかせるなんて』『名字ちゃん傷ついてるだろうね』って怒られるし」
「あ、うん、確かに傷付いたけど…」
「『名字ちゃんは辻ちゃんのこと大好きなんだから』って言われて、それは俺もですって言ったら『名字ちゃんのはそういうのじゃない』って」
「うん」
「…そういうのではないって、つまりなまえちゃんが俺に抱いてる気持ちは家族愛じゃないんだ。って思ったらなんか、急に恥ずかしくなって」
「えぇ…」


ぐりぐり、辻の頭が肩にめり込んで痛い。腰なんかもう折れそうなくらい締め付けられてて、なんかもう声を出すのも辛い。


「謝らないとって思ってたら、なまえちゃんが来て。ごめんって言ったら、なまえちゃんどっか行くし、俺の話全く聞かないし」


うん、それはごめん。でもその時は振られたと思ってて、そんなこと考えてくれてたなんて私なんにも知らなくて。…これは逃げた言い訳だな。言わないでおこう。


「きちんと話しなきゃって思って待ってたら、烏丸くんとキスしてるし」
「ん?」
「俺のこと好きなんじゃないのって思ったら、腹が立って」
「ま、待っ、」
「烏丸くんに取られたくないって思った。俺だって家族愛なんかじゃなかった」


私の腰を締め付けていた辻の腕が、背中に回ってくる。あの時は酷いことしてすいませんでした。って、申し訳なさそうに、でも少しだけ拗ねている様な、掠れた声が耳元で聞こえた。

振られたと思っていたのに、急に色んな事実が頭の中に無理やり詰め込まれて、どうしよう、正直めちゃくちゃ困惑している。私は辻に何を言えばいいんだろう。苦しい?肩が痛い?謝らなくていいよ?いや違う、まずは誤解を解かないと。


「私、京介とキスしてない」
「してた」
「してない。あの日は送って貰って、マフラー褒めて貰ってた」
「なにそれ」
「そのマフラーよく似合ってますって。辻のマフラーだよって話してた。京介とキスしてない」


本当にしてない、本当だよ、誤解だからね。何度も何度も念を押して誤解を解く。私があまりにも必死だったので辻も渋々だが納得をしたようだ。分かったからもういい。と不機嫌そうな声がする。


「私が好きなのは新ちゃんだから」
「うん、知ってる」
「新ちゃんが好きなのは?」
「…ずっと言ってるでしょ」
「言われてない」


言われてないよ。ずっとぺらぺら喋ってたけど、一番大事なことが言われてないよ。
喉の奥がぎゅう、って痛くなった。震える声で、根性無しと辻を罵る。私、話も聞かないしすぐ勘違いするしすぐ暴走するから、ちゃんと言ってくんなきゃわかんないんだよ。ちゃんと言ってよ。

ずずっ、と鼻を鳴らすと、新ちゃんがゆっくりと顔を上げた。涙がギリギリ零れていない瞼をゆっくりと撫でられる。もどかしくておかしくなりそうな頭に、新ちゃんが息を吸った音がやけに大きく響いた。


「なまえちゃんのことが大好きなので、俺と結婚してください」


なんだそれ。おかしくて馬鹿みたいで、100点満点じゃないか。頭がいい癖に、まるで私みたいな事を真っ赤な顔で告げる新ちゃんが、愛しくて愛しくて堪らない。


「〜〜はい!喜んで!!」


恥ずかしくて気まずくてどこに置いていたらいいか分からなかった両腕を限界まで広げる。そうしたら新ちゃんが安心したように、居酒屋なの?なんて笑うから、胸がぶわぁっていっぱいいっぱいになって。でももっと満たされたくて。笑ってる新ちゃんの頭を取り込むように胸に抱きしめた。


「…くるしい」
「私も苦しい!」


大丈夫、新ちゃんの馬鹿力で私の背骨が折れることはあっても、私の貧相なお胸で新ちゃんが窒息することは無いからね!ちょっと悲しくなるけれど、まぁその貧相な胸は今ぱんっぱんに満たされているから。破裂しそうなくらい幸せでいっぱいだから。


「新ちゃん」
「なに」
「私まだ、いいよ。って言ってないよ」


でも、こんなに幸せでも、もっともっと!と欲張ってしまうのが人間というもので。顔を上げた新ちゃんを挑発するようにニヨリと笑う。顔が怖いって言われたけど新ちゃんの手が私の頬に触れたから、怒るのはやめておいてやろう。


「早く、やり直しして」
「わかったから。ちょっと黙ってて」


新ちゃんの肩に腕を乗せて、そのままゆっくりと引き寄せる。
今度は唇が切れてしまわないように、とびきり優しくして。そしたら私は「もういいよ」って、笑って許してあげるから。


辻ちゃんの婚約者


マエ モドル ツギ

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