この世界は美しいもので溢れている。

カーテンの隙間から差し込む光の筋、苔に塗れたお地蔵様、ぐちゃぐちゃにズレた机の列、私の椅子の背もたれに彫られているのは卒業した誰かのイニシャル、あの子は靴を履く時に流れた髪が綺麗、今日の夕焼けは何色だろう、私は月の中にウサギが見えない。

この世界は美しいもので溢れている。
私はそれを見て、描いて、見て、作って、見て、見て、見て、見て


「加賀美先輩、私綺麗?」

「………口裂け女?」
「ほんとだ。私今めっちゃ口裂け女だった」


この子は美人。この子の長い下まつげを一本一本丁寧に描くのが好き。この子は綺麗。自分がちゃんとあって、自分らしく一生懸命に生きてる強さをこの手で上手く表現してみたい。


「おい名字、加賀美先生の邪魔すんな」
「邪魔はしてないですぅ」
「加賀美先生、綺麗か。オレは。」
「ちょっと穂刈先輩、加賀美先輩の邪魔しちゃダメっすよ」


荒船くんは美しい。穂刈くんも、半崎くんも、なまえちゃんも、この人達の強さは眩しいくらいに美しい。
この人達を描くとしたら、何を使おう。しっかりとした線が描けるけど柔らかさもある4Bの鉛筆、もしくは


「ほらやっぱり私達描いてた!」
「まじかよ。描くなら一声かけろよ」
「直さなきゃ、お化粧」
「オレお尻向けて寝転んでたんすけど」
「なんかこれ私も荒船隊の一員みたいでめっちゃ嬉しいなあ」
「でも加賀美先輩がいないっすよ」
「オレらが描くか。加賀美を」
「ポカリ先輩天才かよ」


この世界は美しいもので溢れている。
私はそれを見て、描いて、見て、作って。私の作品の中に私はいない。私は必要ない。


「私を描くの?みんなが?」
「期待はしないでくださいね」
「苦手だからな、美術は。」
「一番下手くそだった人が今日の買い食い奢りにしましょうよ!師匠ゴチです!」
「なんで俺が負ける事になってんだよ!」


この世界は美しいもので溢れている。
変な角度に垂れた目の似顔絵、道路に伸びる5つの影。遠慮のない真っ黒のレシート。ピザまんのチーズは意外にも長く伸びた。みんなと分けたキャラメルの包み紙。私のいる、私の世界。ここが世界で一番美しい場所


私の一番好きな世界


マエ モドル ツギ

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