「紅茶でいいかな。温かいの?冷たいの?」
「ぬくいの」
「はあい」


へらりと笑った犬飼澄晴が給湯室へ消える。
胡散臭いイメージだったけど人が良いというか、なんだか凄く面倒見が良さそうな人だ。優しそうだな。先程痛めつけられた首を擦りながらそんな事を考える。目線は給湯室へ消えた犬飼澄晴を追ったままだ。
何故かって?対面に座るよく知った男が、ありえんくらい睨んでくるからだよ。


「…お前私に親でも殺されたんか」
「は?何言ってんの」
「じゃあなんでそんな睨んでくるの」
「だからなんでお前がここにいるの」


ガタン。辻が勢い良く立ち上がったせいで椅子が倒れて大きな音がした。
変な前髪のお陰で顔が良く見える。眉間に皺。くしゃって歪んだ、泣きそうな顔。あ、あの時と一緒の顔だ

なんで。そんな顔すんの
なんで、おまえが



「なんっっでお前がそんな顔すんの?!被害者こっちなんですけど!お前は!加害者!!」
「は?」
「出会い頭にアームロックキメられて首根っこ掴かんできた野郎のアジトに拉致されて現在進行形でアホほど睨まれてんだよ!被害者はどう考えても私だろうが!!」


があ!!威嚇するように手を上げると辻が ぐ、と一歩後ろに下がる。知っているぞ。お前が恐竜に弱い事はな。
この無駄に洒落たテーブルさえなければ、今すぐにでも噛み付いてボコボコにしてやるのに。邪魔だなテーブル。


「はいはい、二人とも落ち着いて」
「いぬ」
「かい。犬飼ね。犬飼澄晴。よろしくね。君は?」
「…名字、なまえです」
「名字ちゃん、辻ちゃん、とりあえず座って」


コトン、テーブルの上にシンプルな緑色のマグカップと来客用のティーカップが置かれる。下になんかよくわからんお皿があるティーカップだ。雑貨屋さんでしか見た事ねぇぞこんなお洒落なの。


「二人のお話が聞きたいんだけど、辻ちゃん今興奮状態だから名字ちゃんの話から聞いてもいいかな?」
「私被害者なんで何も分からない」
「確かに。じゃあおれが辻ちゃんの代わりに聞こうかな」


よいしょ。そう言って犬飼澄晴が私の隣に座る。
は?なんで私の隣に座る?


「辻ちゃん、何が聞きたいの?」
「なんでお前がここにいるのか。」
「なんで名字ちゃんはここにいるの?」
「いや犬飼さん要らなくね?」
「おれがいないとお前らまた喧嘩しちゃうから」
「ほう」


犬飼澄晴は私と辻を何歳だと思っているんだろうか。
そもそもこの状況が普通に意味わかんないんだけど、とりあえず犬飼澄晴を挟んで会話することになんの疑問も抱いてなさそうな辻がヤバいって事だけは分かる。

こいつもしや、普段から犬飼澄晴挟んで誰かと会話してるな?主に女子と。


「…私もボーダー隊員だからです」
「ボーダー隊員だからだって。辻ちゃん」
「そんなの分かってる。なんでボーダーに入ったの」
「なんでボーダーに入ったの?だって。名字ちゃん」
「いや犬飼さん要らないよね?」


私はきっと何も間違っていないと思う。間違っていないはずなのに犬飼先輩は肩を竦めてヘラりと笑うだけだし、辻に至っては素知らぬ振りで紅茶飲んでるし。
スンッて顔して紅茶飲んでんだけどクソ腹立つな。お前が家で恐竜のマグカップ使ってる事バラすぞ。育ちがいい子ぶってるけど所詮男三人兄弟の真ん中っ子。お前が風呂上がりパンツ一枚で牛乳直飲みしてんの知ってんだからな?それをママに怒られてるのだって私知ってんだからな?


「もういい。いつからいたの」
「いつからボーダーに居たの?だって。名字ちゃん」


もういい。ってなんだよ。なんで私が聞き分けない子みたいな感じで話し続けてんだよ。あーそーですか。なら私だってもういいよ。化石の玩具散らかしてママに怒られてる事バラすからな。


「6月に入隊した。お前の部屋汚い」
「6月だって。後部屋が汚いって。辻ちゃん」
「死ね」


はいはい、バラされたからって睨むなよ。お、この紅茶美味しい。ピーチティーだ。


「美味しい?」
「美味しい」
「美味しいって、辻ちゃん」
「………」


無言。え?なんでそれ辻に伝えた?もしかして辻が作ったの?


「作ってないから」
「なんで分かるの?」
「顔に出てる、顔がうるさい」


顔がうるさいってなんだよ。確かに私はお前の様なスンッとした顔は持ち合わせておりませんけど。ちょっと派手な顔付きだって言われるけど。顔付きが派手ってなんだよ。


「よし、話も落ち着いたところで。おれから2人に質問してもいいよね?」


いいよね?って何。質問してもいい?なら分かるけど、いいよね?はもう質問する気満々だよね?これ返事しなくても勝手に喋り出すぞ。そう思うだろう辻よ。


「2人はどういう関係なの?」


ほら喋った!私も辻もいいよ。って言ってないのに!
さっきの優しい顔はどこにいったの?めちゃくちゃニヤニヤしてるんですけど。お宝を見付けた海賊みたいな顔してるんですけど?ねえそう思うでしょ辻!!


「「……」」
「なんで無言?もしかして恋人とか?」
「「違います」」


何言ってんの。出会い頭に関節技キメてくる彼氏なんか死んでも要らんわ。来世も要らんわ。


「わあ、ハモってる〜」


ぱちぱち。子供がするみたいな音の拍手が、悪役みたいなニヤニヤ顔に似合わなくて喉がひくついた。


「恋人じゃないならなぁに?
女の子が苦手な辻ちゃんが、出会い頭にアームロック仕掛けるなんて、おれ驚いちゃったんだから」
「やばいですよね犬さん。こいつ頭おかしいですよね」
「犬飼ね。名字ちゃん、おれ助けてあげたよね?」
「ぐう」
「辻ちゃんも、普段から盾になってあげてるよね?」
「うっ」
「ねえ、2人はどんな関係なの?」


こいつやりおる。優しいフリして弱いとこ突いて脅してきやがる。悪徳業者のやり方だ。やっぱり犬飼澄晴は胡散臭い!私間違ってなかった!!


「隣人です」
「隣の家の他人です」
「幼なじみってこと?」
「「……」」
「いつから一緒なの?子供の時から?」
「「………」」
「赤ちゃん?」
「「…………」」
「あ、もしかして、お腹の中にいる時から一緒とか?」
「「、」」
「まじ?そんなことあるんだねー。漫画みたーい」
「「ぅっ」」


怖い!犬飼澄晴まじで怖い!フルスピードで触れてほしくないところ触れてくるんだけど!傷口見つけた瞬間に笑顔で塩塗り込むタイプの人だよ絶対に!!


「恋愛とかに発展する流れだね〜」
「「ぜっったい有り得ません!!」」
「さっきから2人とも息ピッタリだね」


によによ。もう面白くて仕方がないという顔をしている犬飼澄晴に耐えられなくなって勢い良く席を立つ。
ガタン!と思った以上の音が出て驚いたけど、それは辻も同じタイミングで立ち上がったからだ。2人分のガタン!だ。私がガサツなわけじゃない。


「帰る!」


ギロリと悪意と怒りをたっぷり込めて辻と犬飼澄晴を睨む。私は顔面が派手なのだ。睨まれたらさぞ怖いだろう。だからさっさと道を開けろ。そんな意味を込めて、があ!と腕を上げる。
退け!私は最高にカッコイイ師匠のところに行くんだ!そして褒めてもらうんだ!!

ドカドカとガサツな音を立てながら出口へ向かうと、なんと珍しい事に辻が開けてくれた。
レディファーストとかそんな顔じゃなかったけど。今すぐ去らねば地獄へ落とす。みたいな顔してたけど。
けれど開けてくれたのは助かった。やっぱり先輩相手に勝手に帰るのは失礼だもんね。


「名字ちゃん」
「なんですか!」
「また、遊びにおいでね」


へらり。
ドアが閉まる直前に見えたのは、作戦室に入ったばかりの時と同じ、優しい顔をした犬飼澄晴。

と、相変わらず地獄へ落とすみたいな顔した辻だった。


私は被害者です


マエ モドル ツギ

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