「ーーもしもしお母さん?うん無事、そっちは?…そっか、ちゃんと消毒してね、かすり傷でも油断は禁物だよ。うん…あーそっか、分かった。すぐ帰るね。はぁい」


ぷつり。液晶を親指で撫でて通話を終える。
通話終了の文字を見た瞬間に 体がずっしりと重くなったのは、お母さんの声を聞いた安心感か、それとも私に べっとり…と張り付いたままビクともしないポカリ先輩のせいなのか。恐らく、後者。


「師匠」
「おう」
「ポカリ先輩起きてる?」
「ガッツリな」


そうか、ガッツリ起きてんのか。何度声をかけても返事がない理由はシンプルに無視をされていたかららしい。腹は立つが、まあ寝ているよりマシだ。それにポカリ先輩が屍になったのは私のせいでもあるから、仕方ない。重くて苦しくて潰れそうでも、仕方ない。


「師匠」
「おう」
「どうしようね」
「どうしような」


ぺちぺち、ポカリ先輩の大きな背中を緩く叩く。が、ポカリ先輩はうんともすんとも言わない。師匠も知らんぷりでスマホ弄ってるし、加賀美先輩はオペレーター室に籠って粘土こねてるらしいし。さあどうしよう、本格的に困ったぞ。

因みに私とポカリ先輩の間には、小さな半崎くんがギュッと小さく圧縮されて小さく収納されているのだが、苦しくは無いのだろうか。筋肉鶏冠による圧迫で小さな半崎くんがこれ以上小さくなってしまったらそれはもう可愛…大変だ。早急にポカリ先輩に退いてもらわねばと思う、の、だが。


「……ポカリ先輩、半崎くん。さっきも言ったけどね。この血は私の血じゃないよ」


ぺちぺち、ぎゅっぎゅ。ポカリ先輩の背中を緩く叩きながら、お腹に回された半崎くんの腕を強く握っては離すを繰り返す。
もぞ、とお腹の小さいのが動いた。お、やっと喋ってくれるのかい半崎くんよ。


「…あんたの血じゃなくて良かった、とは、思ってる」
「うん」
「けど、そうじゃないんすよ」
「うん」
「それだけじゃあないんすよ」
「うん」


半崎くんの腕に力が籠って、先程よりも強くお腹を締め付けられる。苦しい、けど、我慢は出来る。だって私はお昼ご飯を食べ損ねてるから。吐くものがないからダイジョーブ ダイジョーブ。


「怖かったけど一人じゃなかったから、大丈夫だよ」


ポカリ先輩に学ランを捲られ血塗れセーラー服がバレた後、師匠と加賀美先輩は驚いてはいたけど凄く冷静だった。
この二人は優しくて情に厚いけれど、俯瞰的と言うには冷た過ぎる何かがある。とにかく警戒心が強いのだ。人見知りともいうが、その分とにかく素直。動物に近いような、まあ例えるなら珍獣だ。

対してポカリ先輩と半崎くんは、俯瞰的と言うには優し過ぎるところがある。一度懐に入れた相手にはとことん尽くす、どちらかと言わなくても人間らしいタイプだ。
だから血塗れセーラーを見た瞬間の卒倒と大泣きは仕方ないっちゃ仕方ないんだけど、それは多分、恐怖とかパニックとか、きっとそんなんじゃなくて


「…名字先輩が可哀想でしょ、」


私が危険な場所にいたことが、血を見て怖い思いをしたことが、可哀想で仕方ないんだろう。
ポカリ先輩なんて特に優しいから、喋るのも動くのもしんどいくらい私が可哀想なんだろう。もしかしたら緊急脱出してしまった責任を感じてるのかもしれない。

あーほんと、優しいなぁ。ここの人達はバケモンみたいに強いくせに、馬鹿みたいに優しい。お前ら私の母ちゃんかよって言ってやりたい時がいっぱいあるくらい、みんな優しい。


「うん、私めっちゃ可哀想だったよね。すっごい怖かったし」
「…うん」
「だからココに帰って来れて本当に良かった〜」

ここが私の居場所だよ〜荒船隊世界一!世界一大好き!一生一緒にいたい!添い遂げさせて!


ポカリ先輩の背中に腕を回して、ぎゅぎゅぎゅうぅぅぅっと、強く抱きしめる。半崎くんのぐぇって苦しそうな声は聞こえんフリだ。圧迫こそ愛、愛こそ圧迫だ、知らんけど。


「…名字」
「なんだいポカリ先輩」
「苦しい」
「あんたが言うんかい」


それ多分10分くらいあんたに締め付けられてた私の台詞…いや半崎くんの台詞だろ。半崎くんの腕を見てごらんよ、だらんと垂れているだろう?多分これ死んでるぜ。


「心配した」
「ごめんネ」
「サラダでいい。詫びは」
「分かった。私は肉まんでいい。ご褒美」
「分かった。」


もう力尽きた半崎くんは手遅れなので無視をして、ポカリ先輩を強く抱きしめる。ぎゅっぎゅっ、と強く抱きしめたら、ぎゅっと強く抱きしめ返されて、ありえん程苦しかったけど幸せで笑いが零れた。


「…終わったか?」
「半崎くんの生涯がね」
「何やってんだお前ら」


眉間に皺を寄せた師匠がスマホを放り投げて駆け寄ってくる。
ベリッ、とポカリ先輩を引っ剥がしたら、圧縮され小さくなった半崎くんを抱え上げる。どうやら師匠は今から半崎くんの蘇生作業に入るらしい。私も手伝おう。二つ分の重い温もりが消えてちょっと寂しい。


「半崎くん無事かい?」
「…オレはダッツでいいっす、」
「あくどいほど欲が張ってる今際だね」


ぽすぽす、今日も今日とて爆発した半崎くんの硬い髪の毛を緩く撫でる。京介にも半崎くんにもダッツ買わないとだし、私今月ピンチだなぁ。大規模侵攻あったし今月給料上がんねぇかなあ…。


「…オレ、余計なこと言いました?」
「なにが?」
「ちゃんとやれって。…キューブ、」
「そんなわけないじゃん。半崎くんが喝入れてくれたお陰で、私頑張れたよ」

まあ結果キューブになっちゃったけどね。それは私が弱いからだし、明日から訓練頑張んなきゃねぇ。ありがとねぇ。お礼にダッツ二個にしてあげようね。


人差し指と中指を立てて半崎くんの前に突き出す。何味がいい?と聞くと、半崎くんは真っ赤に腫れた目をゆるゆると垂らして、バニラとクッキー、と笑ってくれた。かわいっ!


「…わかってると思うが、今日はコンビニ開いてねーぞ」
「………まじで?!」
「どこの店も避難してるに決まってんだろ」

開いてるとしたら『かげうら』くらいだろ、カゲも無事らしいし。


師匠が放り投げたスマホを拾って画面を見せてくれる。見慣れたトーク画面、一番上に綴られている名前は影浦雅人、内容はたった一文『全員無事。』
ぽこん、と音がして画面上に新着メッセージが表示された。送り主は当真勇、表示されたのは一瞬だったが、目に入ってしまった。…なんか私の名前書いてなかったか?


「師匠」
「おう」
「キューブになっちゃったね、私」
「そうだな」
「ごめんね」

いっぱい指導してくれたのに、結果残せなくてごめんね。


完璧万能手目指してるくらいだから自分の為に訓練したいだろうに、私に時間いっぱい使ってくれて。それなのに私キューブにされちゃって、後輩に怒られるなんて。しかも心配かけて泣かせちゃったし。本当に申し訳ない。
師匠の顔が見れなくて、もう真っ黒になったスマホの画面を見ながら謝る。情けない自分の顔が映っていて嫌になった。


「何言ってんだ」


ぽふり、頭の上に何かが乗せられて視界が真っ暗になる。驚いて身動ぎをすると、衝撃でするりと落ちてきたのは師匠の普段使いの帽子だった。


「自慢の弟子だっつったろーが」


優しい声に顔を上げて、師匠を見る。優しい声なのに顔が怖い。笑ってるのに怖い。なんでこんなに怖いんだこの人の顔。


「俺は嘘はつかねぇぞ」
「ししょぉ…ッ」
「荒船…ッ」
「だからなんでポカリ先輩入ってくんの?」


口元抑えてトゥンク…してるポカリ先輩の硬い腹を一発殴る。なんでお前はいつもいつも師弟の感動シーンに割り込んでくるんだよ。出しゃばり鶏冠野郎め。


「お前もかげうら行くか?」
「お好み焼き食べに行くの?」
「おう。今日は帰れってよ」


キューブ化した人は後日検査、隊長各位も今日の報告はメールで良し、残るのはA級隊長と成人済みの隊員と、異常を感じる人達だけ。未成年はさっさと帰って体を休めろ。というのが、上からの指示らしい。

上の人達は随分と優しいんだな。タヌキさんと入隊式の時に挨拶してくれた忍田さんって人しか知らないけど、確かに優しそうな人達だったもんな。そりゃそうか、世界を守りたい人達が優しくないわけないもんね。


「私は行かない」
「なら送るか、オレが。」
「まだ明るいし一人で帰れるよ」
「ダメに決まってんだろ。俺が送るからお前らは先に行っとけ」


学生鞄を肩にかけて帽子を被った師匠が、私の言葉を無視してオペレーター室に向かっていく。
加賀美先輩も帰るのだろうか?と首を傾げていたら、加賀美も行くぞ、一緒に。とポカリ先輩が教えてくれた。なるほど、では挨拶をしなければ。
とととっ、と師匠の後を追うようにオペレーター室に駆けたら


「はいコレ!」
「なにコレ?」


…いや本当になにコレ。怖い。えっ怖い。腕が八つあるんだけど…なにコレ怖い…。


「上手くオペレート出来なくてごめん!」
「え?」
「悔しくて。でもなまえちゃん一人で頑張ってて凄かった!感動したよ!だから悔しさとなまえちゃんの成長を表現してみました!」
「……アリガトウゴザイマス」


多分この全体の禍々しいのが悔しさで…えっと、私の成長どこ?
加賀美先輩に貰ったオブジェをジッと見る。ひぇっ目が合った怖っ!目ェ3つあるじゃん怖っ!まだ固まってなくてヌトヌトしてるのが禍々しさを増して怖い。ヌトヌトしてるから鞄にも入れれないし、手に持って帰らなきゃ…えっそれめっちゃ怖くない?


「さっさと帰んぞ」
「あっはい!」


加賀美先輩にもう一度お礼を言って、ポカリ先輩と半崎くんにバイバイと手を振る。本当に行かないんすか?とどこか寂しそうな顔をした半崎くんに、少しだけ申し訳なく思いながらうん。と返して、師匠の元に駆ける。


「ごめんね。待ってる人がいるんだ」


悲劇によく似た


マエ モドル ツギ

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