「米屋、身ぐるみ剥いで私に寄越せ」
「女子高生のセリフとは思えない」


三雲メガネちょー怖くね?事件のその後。B級フロアに設置された自販機の影で、私は今 生まれて初めての追い剥ぎをしている。
制服が血塗れなのだ。このまま本部内を歩いて心優しい誰かを気絶させるわけにはいかない。


「まぁいいけど。ちゃんと返してネ」
「ありがとネ。ファブって返すから」
「出来れば洗って?」


米屋に貸してもらった学ランをいそいそと着込む。大きくて余ってしまった腕の裾部分を捲るのに格闘していると、見兼ねた米屋がボタンを閉めるのを手伝ってくれた。米屋は優しくて良い男だ。


「米屋はこの後どうすんの?」
「どうすんのかねぇ」
「…米屋?」
「んー。まあオレらの事はお気になさらず。ほれ さっさと行ってこい」


べしり、押し出すように背中を強く叩かれて、数歩飛び出す。痛いと文句を言おうと振り返った時にはもう 米屋は私に背を向けて歩き出していた。
私は米屋のことを聞いたのに。オレらってどういうこと?なんでお前そんな寂しそうな顔してんの。ヒラヒラと振られる筋張った後ろ手をぼうっ、と眺めて、気付く。


「三輪…」


三輪が風刃を持ったから。三輪が黒トリガーを持ったから。三輪はS級に上がるんだ。
それはつまり、三輪隊の解散ってことで


「そうかぁ…」


三輪が風刃を起動させた時、三輪隊はみんな屋上にいたんだよね。
三輪の苦しそうな顔。米屋の寂しそうな表情。古寺くんの優しい声。いつも通りだった奈良坂くんは一体どんな思いを隠してたんだろう。みんな、どんな気持ちでいたんだろう。それを考えると、胸の辺りがぎゅ、と苦しくなった。

たった数時間で変わってしまったことが沢山ある。死んでしまった人もいる。連れ去られた人もいる。
"今あるもので十分過ぎんだから"とトーマは言ってた。私もそうだよねって納得した。今傍にあってくれるものを大事にしなきゃ。当たり前が無くなってしまう前に、後悔しないように。
早く師匠に、みんなに会いたい。


「名字」


ここはB級フロアに設置された自販機の影、から、数歩飛び出したところ。
振り向く前に、涙が出たのは仕方ない。


「師匠」


B-11と彫られた扉の前に、制服姿の師匠が立っていた。
無事でよかった、見たところ怪我もなさそう。立ってるだけなのに相変わらず顔が怖い、悪のラスボスだってしっぽ巻いて逃げ出しちゃうくらい怖い顔なのに、私はそれが大好きで、安心して、


「ししょ、ぐぅ!!」


駆け出そうとした瞬間。ドッ、と腹部に物凄い衝撃を食らって、耐えられず後ろに倒れ後頭部を強打した。
い、一体何が起きた?ミサイルか?太一か?一瞬 視界の端に映った黄色いミサイルの正体を確認しようと体を起こしたら、


「なまえちゃんのばかぁぁぁ!!!」
「ッギャー!!!」
「心配したんだから!ばかばかばか!」
「ちょ待っ、彫刻刀はアウトだから!」


彫刻刀(版木刀)を握った加賀美先輩に、殺されそうになった。
ボタボタと涙を流しながら彫刻刀(版木刀)を振り回す加賀美先輩。なまえちゃんの身に何かあったら私は…!と鼻水も垂らし始めた加賀美先輩。今まさに貴方の手でなまえちゃんの身に何かが起きそうです加賀美先輩。彫刻刀はやめて!版木刀って彫刻刀の中でも特に危ないやつだから特にやめて!!


「アンタなんか一回刺されちゃばいいんすよ!」
「半崎くぅん?!何言っちゃってんのかな?!」
「やっちゃえ加賀美先輩!」
「任せて半崎くん!!」
「メンヘラしかいねぇのかよ!!!」


私のお腹にがっちりとしがみついた半崎くんが 鼻を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと喚いている。やだ半泣きの半崎くん めっちゃ可愛い…。なにこれ母性が…てかミサイルの正体って半崎くんかよ!


「加賀美、やめろ」
「師匠…!」
「荒船くん…!」
「気持ちはわかるが、ウチから犯罪者を出したくねぇ」
「そこなの?」


私が刺されるのはどうでもいいの?ていうか私を刺したい気持ちわかっちゃうの?理解しちゃうの?師匠って実はメンヘラなの?


「名字」
「は、はいっ」
「歯ァ食いしばれ」
「なんっで?!!」


今助けてくれる流れだったじゃん!師匠この前『何があっても女に手を挙げるのはダメだろ。気持ちはわかるが。』とか映画見ながら言ってたじゃん!それなのになんで加勢しようとしてんの!てか師匠 暴力に訴えかける人間の気持ち大体わかってんのなんで?!


「いけいけやっちまえあらふねさん!」
「オサノはどっから出てきたんだよ!」
「騒ぎを聞きつけまして。お隣さんなので」
「んなら自分の足でこいや!!」


なんで諏訪さんに抱っこされて来てんだよ!親友がリンチされてる野次馬に怠惰してんじゃねぇよ!後オサノお前顔クソ汚ねぇな!鼻水くらい拭いてこいや!


「喋ってると舌噛むぞ」
「ひょえっ」


無理無理無理無理クソ怖い。師匠の顔面ってただでさえ怖いのに増して怖い。どんだけ怖いかって言ったら 夢に出てきたらいい年こいてお漏らししちゃうくらい怖い。
加賀美先輩「ここ殴って!人間の体の構造上ここがいちばん痛いから!」とか言わないで。半崎くん離れて、後でいっぱいアイス買ってあげるから離れて、


「〜〜ポカリ先輩助けてぇぇ!!!」
「ぐっ」


師匠の拳が頭に落ちてくる。目を瞑って衝撃に備えていると、ごちん。痛みの代わりに降ってきたのは、骨と骨がぶつかり合った鈍い音と、低い呻き声。


「……ポカリせんぱぁぁっ」


ポカリ先輩が私の上に覆い被って、私を守ってくれていた。
痛みに悶えるポカリ先輩の顔がすぐ傍にあって、恐怖で壊れていた涙腺から、ぶわわっ、と涙が溢れ出す。


「…殴るのは良くないだろ。いくらなんでも」
「でも名字先輩が…」
「口で言え。心配したと」


私の上から退けたポカリ先輩が、半崎くんのぐしゃぐしゃの顔をぐにぐにと捏ねる。その後に加賀美先輩の涙を親指で拭って、最後に私の頭をぽふりと撫でた。


「荒船」
「…わーってるよ」


ポカリ先輩に視線だけで叱られた師匠が、バツの悪そうな顔をしながら私の頭の横に座る。顔と座り方のせいでヤンキーみたいだと思ったが、私は空気の読める女なのでそれは言わないでおく。


「……ししょ、」
「無事でよかった」


こんくらいは許せよ。と抓られた頬の窪みに涙が溜まっていくのが分かった。
師匠の極悪面が滲んで見えない。半崎くんの腕に力が篭ってお腹が締め付けられて苦しい。加賀美先輩の腕が首を締めて、ついでに髪の毛と泣き声が耳に掠れて擽ったい。


「とりあえず起きろ。余るだろ、オレ達が」
「ん、」


差し出されたポカリ先輩の手を取って 力強く引っ張ってもらう。半崎くんの背骨が折れないか心配したが、ぐにゃんと曲がってモゾモゾとしてる内にベストポジションを見つけたらしく それ以降はしがみついたままピクリともしなくなった。猫みたいで可愛い


「師匠、どうぞ」


腕を広げて師匠を誘う。出会ったばかりの時は手を繋ごうとしてもの凄い勢いで叩き落とされたっけ。今回はどうでしょうか、来ていただけますでしょうか。なんて心配は別に、最初からしてないけど。


「ポカリ先輩、サンド」


お腹に半崎くん。左側に加賀美先輩で、右側に師匠。もう余ってるところは背中くらいしかないけど、背中側はそこの汚い顔した親友の分だから。


「分かった」
「ぐえっ」


ぎゅううっと、強く、どこもかしこも潰れるくらい強く抱きしめられて。お腹と左肩が濡れてるのは予想通りだけど、まさか右肩も濡れるとは。じわじわと染み込んで熱い。米屋ごめん、ちゃんと洗って返すから、もうちょっとだけ汚させて。


「オサノ、私の背中 がら空きだぜ」
「…すわさん、」
「ハイハイ分かりましたよ」


しょうがねーなーと笑う諏訪さんがオサノを抱っこしたまま私の背後に座る。恐る恐る、ぴとり、と背中にオサノの手が触れて、そのすぐ後にぐずぐずと鼻の鳴る音と、諏訪さんの優しい笑い声。


「心配かけてごめんなさい」


日常に戻ってこれた。私の"当たり前"に戻ってこれた。あったかくて大切で絶対に失いたくない、私の場所、私の居場所。
精一杯腕を伸ばして、ぎゅ、とみんなを抱きしめると、唯一ぐずぐずしてなかったポカリ先輩が、ふと、何かに気付いたように顔を上げた。


「…いいのか。これは」
「なにが?」
「人のだろう。この学ラン…あ。」
「あー米屋のなんだけど、クリーニング出して返すから大丈、あっ。」


誰のだ?と、ポカリ先輩が学ランの襟元を捲って、固まる。慌てて隠したところで時 既に遅し。ポカリ先輩の顔が真っ青になって、


「……、」
「ポカリ先ぱぁあぁぁ!!!!」


ふらり。頭を抱えて背後に倒れていくポカリ先輩に伸ばした手は、虚しくも空を切るだけだった。


当たり前であったかい


マエ モドル ツギ

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