『ーーもしもしなまえ?良かった連絡がとれて、怪我はない?…そっか、良かった。お父さんとお兄ちゃんも無事だって。お母さんも掌を切ったくらいで…ハイハイ分かったから、早く帰ってきなさい。来てるわよ、あんたの部屋に』


崩れた建物の瓦礫を避けて、大きな破片は道路の隅に寄せて。いつもの帰り道をいつもの何倍も時間をかけて歩く。
みんなを待たせてるのにごめんね。と隣を歩く師匠に謝ると、たまには清掃活動も悪かねぇよ。と緩く頭を叩かれた。うーん、やっぱり笑顔が怖くて最強にカッコイイな私の師匠は。


「ほらよ」
「おぉう?」


ここの角を曲がればもう直ぐに私の家。ここまででいいよ、ありがとう。と伝えようとすると、頭上からあめ。雨じゃなくて、薄ピンクの可愛い、いちごの飴。

ぽてぽてんっ、と 頭に跳ねて落ちてくる飴を片手でぱしりと掴み取る。両手じゃないのは格好付けでも何でもなくて、左手に加賀美先輩から貰った呪…オブジェを持っているからだ。
掴んで握り締めた手をゆっくり開く。掌にいちごの飴が、いち、に。二個。


「今はそれしかねぇからな」
「もしやこれは…ご褒美?」
「おう」
「〜〜師匠大好き!一生ついていかせて!」


バッと腕を広げて師匠の体に纒わり付く。いつもだったら離れろ!と頭を鷲掴みにされるのだが、今日くらいは抱き締め返してくれたり…、


「だぁ!鬱陶しい離れろ!」
「ですよね!!」


しなかった。

ドケチ野郎…。と文句を零しながら師匠から離れ、乱れた髪を直すために頭を振る。お前は犬か。と なんだか嫌なものを見る目で言われたが、仕方ないじゃないか。飴とオブジェ持ってるから手が使えないんだよ。


「今日くらい良いじゃないですか。私頑張ったのに。割り込みポカリもいないのに」
「痴話喧嘩に巻き込まれたくねぇんだよ」
「大丈夫ですよ。ここ死角なんで!」
「不倫か」
「いてっ」


だから存分に私のこと締め上げてどうぞ!と腕を広げると、べしっ、と 割と強く頭を叩かれた。痛い酷い。唇を突き出しながら師匠を睨むと、至極楽しそうな師匠の顔。えっなに怖い。


「明日、狙撃場」
「えっ明日はゆっくり休みた、」
「あ?」
「ハイまた明日。ビシバシ扱いて下さい」


いや こっわ。あ?って言ったよこの人。自分の顔面の恐ろしさ忘れてんじゃないの。見慣れてる私じゃなかったらトラウマもんだぞ。子供が見たら絶対泣くぞ。
ビシリと姿勢を正して勢い良く頭を下げると、満足そうに笑った師匠が私の頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「じゃあな」
「うん。送ってくれてありがとう」
「おう」


来た道を戻っていく師匠の後ろ姿を見送ったりはしない。あの人は別れを名残惜しく思って振り返ったりするタイプじゃない。さっさと帰る。それはもうこっちが虚しくなるくらいさっさと帰る。まあそこが師匠の良いところでもあるのだが。

ぶんぶん、頭を振って乱れた髪を直す。ぎゅっと右手の飴を握りしめて一歩踏み出すと、瓦礫の破片と地面が擦れてジャリッと嫌な音がした。


「………ったでーまァ!!!!」
「うるさい!!おかえり!!!」


玄関の扉をバァン!!と開けて、靴を乱暴に脱ぎ捨てる。今日は脱いだ靴を揃えない。揃えるより先に、やることがある。


「おかぁさあああ!!!!」
「なまえ!!」


リビングへの扉を開けようと手を伸ばしたら、ドバァンッと激しい音がして扉が消えた。さっきまで扉があった場所に、お母さんが立っている。なんでお母さんいつもしゃもじ持ってんの。あっ絆創膏貼ってある、ちゃんと消毒したんだね


「無事でよかった…」


ぺとぺと。私の顔にお母さんの手が触れては離れて、涙を流して笑うお母さんの手はいつもより熱くて。なんかもう意味わかんないくらい鼻の頭がツンってなって、喉なんて裂けたんじゃないかってくらい痛くて。


「おかっ、」
「何ソレ怖い」
「空気読も?」


今私『お母さん…ッ!』ってやるところだったじゃん。母子の感動シーンだったじゃん。なんでお母さんがそれをぶち壊…ちょっと待ってなんで離れるの。なんでそんなドン引きしてんの。


「貸しなさい。お母さんが燃やします」
「先輩から貰ったやつだからやめて」


顔を真っ青にしながらも娘を呪…オブジェから守ろうと覚悟を決めた母の逞しさに、零れ落ちる予定だったはずの涙が枯れた。
なんというか、なんというか。


「気が抜ける…」


ガクリと肩の力を抜くと、ふへ、と空気が漏れたみたいな音が口から出た。ゆるゆると口角が上がっていくのが分かる。あぁどうしよう。私今めっちゃ幸せ。


「お父さんとお兄ちゃんは?」
「お父さんは今帰ってるって。お兄ちゃんは大学のボランティアで街に出てる」
「そっか。動けるなら安心だね」
「うん。晩ご飯食べるでしょ?」
「うん」
「二つ作ってるから。下りておいで」
「うん」


今日の晩御飯はなんだろう。今日の晩御飯を予想するのは一日で最も楽しい時間だ。くぅ、とお腹が鳴って、そう言えばお昼から何も食べてなかったことを思い出した。
お腹空いた、早くご飯食べたい。とたとたっ、と階段を駆け上がって


「たでーま」


真っ暗な自室に声を落とす。


「新ちゃん」


こんもりと膨らんだ私のベット。声をかけるとその膨らみが、もぞっ、と大きく揺れる。


「…おかえり」
「うんただいま。出てこいよ」
「無理」


そうか無理なのか。無理なら仕方ないな。
ベットに腰掛けて、ぼふぼふと布団の塊を殴る。割と強めにしっかりグーで殴る。ほら私って今いちごの飴持ってるから。殴るしか出来んのよ。わざと殴ってるじゃないよ。さあ出て来い、痛いって怒りながら出て来い塊の本体。


「痛い」
「出てきたらやめる」
「顔見たら殴りそう」
「私も今殴ってるし。おあいこじゃん」


そういうことじゃないでしょ。と言う声は聞こえないフリをして、ぼふぼふと塊を殴り続ける。
おあいこって言ってやってんのに頑固な男だな。別に今更お前に殴られたってなんとも思わないのに…って、あれ。そう言えば私、こいつに殴られたことあったっけ?…まあどうでもいいか。


「新ちゃん」
「うん」
「話がしたい」
「うん」
「出てきて」
「無理」
「お願い」


殴るのをやめて、そっと塊に手を添える。塊が大きく動いた。蹴飛ばされた布団の風圧で前髪が乱れる。

なんだか随分と久々に顔を合わせた気がする。こいつこんなにイケメンだったっけ?もうちょっと子供っぽかった気が…いや今は惚れたナントカなんてどうでも良くて!話をするの!ちゃんと目を見て!話を、


「新ちゃ、」
「何ソレ怖い」
「お前もかい」


気持ちは分かるけど


マエ モドル ツギ

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