怒ると叱るは、同じように見えて全く意味が違うらしい。
"怒る''は感情的に自分の怒りを他人にぶつけることで。"叱る"は相手のことを思って注意をしたりすることで。つまり怒るは自分のためで、叱るは相手のためで。

なら、京介のこれは どっちだ。


「あんたは、自分が死ぬのを迅さんのせいにするんですか」


答えは多分、どっちもだ。


「そんなこと言ってないじゃん」
「言ってましたよ。あんたは迅さんに『おまえ死ぬからよろしく』って言われたから死ぬんですよね」
「お前は凄く嫌な言い方をするね」
「あんたが言った事を纏めてあげただけです」
「ありがた迷惑にも程があんだよ」


あぁもう、お前ちょっと落ち着けよ。そんな顔してちゃせっかくの男前が台無しだぜ。
ぽふぽふ、宥めるように京介の手を緩く叩く。空気を読まない私に腹を立てたのか、京介の眉間の皺がぐぐっと深くなった。イケメンの激おこクソ怖い。


「ふざけてるんですか」
「ふざけてないよ。話がしたいし、お前の話も聞いてやりたい」


今は戦争の真っ只中でのんびり話してる暇はないんだけどね。でも私の言い方のせいで巻き込まれた可哀想な迅悠一のためにも 少し私の話を聞いてくれやしないかね。幾らでも口挟んでくれていいからさ。

ぽふぽふ。京介の手を緩く叩きながら、なるべく丁寧に言葉を並べる。
ふざけているわけじゃない。分かって欲しいのだ。これは私達にとって、とても大事な事だから。


「私ね、未来が視えるって聞いた時『なんでこいつなんともない顔してんの?そんな能力持ってたら普通はメンタルぶっ壊れるだろ』って思った」
「…それで?」
「風刃を手放した時も『最善最善うるせーよ。師匠奪われたんだぞ、普通はもっと駄々こねたり泣き喚いたりすんだろ』って」
「そうすね」
「それで私気付いちゃったんだ。そもそも迅悠一は普通の人間じゃなかった。ってことに」
「迅さんは普通の人間です」
「ならお前未来視えんの?」


数字で埋め尽くされた世界は知ってる?気配は消せる?向けられた感情が肌に突き刺さって痛かったことはある?悲しかった事もなにもかもを忘れられず記憶に残ってる?私は知らないけど、異様に耳がいいウサギちゃんとか オーラが見える占い師とかもいるらしいね。で、それでも京介は


「これが普通だって言える?」


普通なわけない。どう考えたって異質だ。
まあそれでも京介は優しいから、こんな明らかに他とは性質の違う私達を『普通の人間』だと、そう言ってくれるんだろうけど。


「普通の人間です」


ほらね。当たり前みたいに、自分は何も間違ってないって顔をして。本当に京介は優しいやつだよ。


「見えてる世界や感じるものが違うとしても、あんたらにだって感情があるだろ。パニックになったり癇癪を起こしたりする普通の人間です」
「今私の事ちょっと馬鹿にした?」
「自分は普通じゃないと否み拒んだはずの能力を、仲間のためにと受け入れ駆使してくれる。あんたらは強くて優しい。誰よりも人間らしい人間だ」
「恥ずか死ぬからやめろ」


そんな褒めたって今の私は月経痛用の鎮痛剤と絆創膏しか出せないぞ。しかもこれは三雲くんに使う予定のものだから京介にはあげられないんだ。後でアイス買ってあげるからこれ以上恥ずかしいこと言わないでくれ頼む。


「あんたらには感謝してる」
「うん」
「ただ、やりすぎなんです」
「うん」
「あんたらが仲間のために犠牲になることを、仲間は誰一人として望んでないんです」
「うん、そうだよね」


怒ると叱るは、同じように見えて全く意味が違うらしい。
怒るは自分のためで、叱るは相手のためで。
ならばそのどちらもの感情がごちゃごちゃに混ぜ合わされて一緒くたになってしまったら。その感情の名前を何と言うのか。


「心配してくれてありがとう」


不安にさせてごめんね。腹が立つくらい大事に思ってくれてありがとう。不器用で真っ直ぐで、人間臭くて、優しいね。


「別に私はね、世界を守るとか犠牲になるとか、そんな立派なことを思って生きてるわけじゃないよ。それは多分、迅悠一も同じで」


私がボーダーに入隊した理由教えてあげようか?辻泣かせたやつぶっ殺す!だぜ。どう考えたって世界守りたいやつの思考じゃねぇじゃん?どちらかといえば世界を滅ぼす側の思考じゃん?


「異質な私を普通だって受け入れてくれた、この居心地がいい場所にずっと居たいだけなんだよ」


優しくて温かくて居心地がいいこの場所で、アイス食べたりゲームしたり、たまに喧嘩とかしたりしていたいだけで。その場所が守れるっていうならこの否み拒んだクソ能力だって喜んで利用してやるよ、なんて思ったりしちゃったり。
ーーまあつまりは、全部自分のためなのさ。


「だからそんな顔しないでよ。好きにやってるだけだから」


大事にして貰ったから大事にする。
物を借りたら返すのと同じで。私達がやってるのって、所詮その程度のことで。
最初に与えてくれたのはお前らの方なんだから、感謝なんかしなくていいんだよ。お前らは私達が満足するまで黙って返されててくれたら、それでいいんだよ。


「感謝なんかしなくていいから、誰かのせいにもしないでよ」


私が死ぬのは迅悠一のせいでもないし、仲間の…京介のせいでもないよ。

ぽふぽふ、骨が軋む音がしそうなくらい強く握りしめられた京介の手を緩く叩き続ける。換装体になっていて良かったと心の底から思う。生身だったら私の手の指 絶対折れてたから。


「…そうだったとしても、あんたが死んだら意味無いだろ」
「そんなことないよ。私が一回死ぬ事で三雲くんにレスキュー出来たりするんだから」
「一回死ぬ?」
「一回死ぬ。えっ?」


辛そうに歪められていた京介の顔が、ゆるゆると無表情に戻っていく。いやただの無表情ならまだマシだ。氷のように冷たい目が、私を見下ろしている。

…もしかして私、とんでもない誤解、させちゃってない?


「あの、死ぬって本当に死ぬわけじゃなくて、緊急脱出みたいな、いや、緊急脱出でもないらしいんだけど、なんかよくわからんやつで」
「……」
「それで迅悠一が"私は敵の攻撃を受けて一瞬戦えなくなるよ〜"っていうのをね?比喩でね?おまえは一回死ぬよ〜って大袈裟に言ってきたから、え〜私死ぬの〜?ってなっちゃって」
「……」
「あの、だから…」
「………」
「そ、そう!!全ては伝え方が悪い迅悠一が悪い!迅悠一のせい!!これは迅悠一のせいにしちゃってオッケーなやつ!!」


だからその、振り上げてらっしゃる手を下ろしては頂けませんか…?

じりじり、踵をずらして小さく一歩後退りすると、京介が長い足を広げて ずいっと一歩近寄ってくる。…勿論、手は振り上げられたまま。
じりじり、じりじり。一歩下がっては大きく距離を詰められを繰り返して数回目。遂に、数字がぶわりと揺れた。


「ごめんなさーー、え?」


殴られる…!ぎゅっと体に力を入れて衝撃に備えていると、頭の上に温かい何かが乗って、同時にぽふんっ。と間抜けな音がした。


「殴るわけないじゃないですか」


きつく閉じていた目を開けて、顔を上げる。
そこにはいつも通り表情筋が死んでいるけど、今までで一番優しい顔をした京介がいて、


「きょ、京介ぇぇ!」
「離れて」
「ごべんねぇぇ!!」
「離れて」


誤解させちゃってごめんねぇえ!!心配させてごべんんん!!飛び付くように京介に抱きつくと、離れろと結構な力で頭を掴まれ押し返された。だが全く痛くないし押し負ける気もしない。何故なら私は換装体だからだ。


「京介のことだいっすきだから!」
「そうですか」
「京介は私の親友その3だから!」
「大好きなのに3番目なんですか」
「先着順だからね!!」


親友その1が万年赤点女のオサノで、親友その2が特に仲良しじゃない奈良坂くん。3番目がお前!
ぐりぐり、京介の割りと硬めな胸元に頭を押し付けながら力いっぱい抱きしめる。頭の上でクソデカいため息が聞こえたが別に良い。喧嘩しても最後は必ず笑って許してくれる、それが親友ってもんだ。


「先着順ならどう足掻いても敵わないですね」
「奈良坂くんなら親友から除外してもいいけど」
「親友枠の方じゃないんで奈良坂先輩はそのままで大丈夫です」
「じゃあ何枠?」
「それは内緒っすね」
「ほう。」


まあ人間誰しも隠し事の一つや二つくらいあるもんな、深くは聞かねぇよ。そう言って京介から離れると、そうしてくれると嬉しいです。と無表情で返されて。いつも通り京介で、それが何だか凄く嬉しくて、うへへって馬鹿みたいな声が出た。


「俺もなまえ先輩が好きですよ」
「うん。今度一緒にアイス食べようね」
「いいっすね。ゴチです」

「…なんで私が奢る事になってんの?」


賠償金はダッツ5個


マエ モドル ツギ

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